第2話 『聖遺物の教え』
舞踏会の華やかな喧騒はまだ遠くで響いていたが、王宮の控室は静けさに包まれていた。
リシェル・ノートンは16歳、控えめで落ち着いた少女だ。
長兄のアラン・ノートンは18歳、妹を守ろうと緊張した表情で並んでいる。
父ハロルド・ノートン子爵と母クラリス夫人も、心配そうに二人を見守りつつ、控室の奥へと足を踏み入れた。
「リシェル殿、少し話をしよう」
黒衣に金の瞳を宿した聖王レオンハルト=グラディウスが静かに声をかける。
その威厳ある姿に、リシェルは自然と背筋を伸ばす。
「は、はい……聖王様、よろしくお願いいたします」
リシェルは敬意を込め、ゆっくりと頭を下げた。
父ハロルドは眉をひそめ、しかしその目には深い信頼が光る。
「しっかりと話を聞くんだぞ、リシェル」
兄アランも肩をそっと押し、妹を励ます。
「無理はするな、何があっても俺がいる」
母クラリスは微笑みながら、リシェルの手を握る。
「リシェル、落ち着いて。聖王様がそばにいらっしゃるから安心よ」
その言葉に、リシェルはわずかに頷いた。
聖王はゆっくりと指輪――聖遺物を手に取り、光を反射させながら話し始めた。
「君が触れたこの指輪は、単なる装飾品ではない」
光が壁や床に淡く反射し、控室全体を柔らかく包む。
「触れた者の心や感情、居場所までも映し出す力を持つ。時には痛みや苦しみまで、共有することもある」
リシェルは息を呑む。
「そ、そんな……私だけでなく、聖王様にも……?」
「そうだ」
聖王は静かに頷き、指輪を見つめながら続ける。
「君が指輪に触れた瞬間、光が放たれた。
それは指輪が君を主として選んだ証だ。
私が近くにいたのは、君を守るためだ。危険が及ぶ前に、助ける必要があった」
アランは少し顔をしかめ、妹の手元を見つめる。
「……本当に大丈夫なのか……」
父ハロルドも心配そうに腕を組む。
「慎重にならざるを得ないな、聖王様」
母クラリスは微笑み、リシェルに優しく語りかける。
「リシェル、焦らなくていいのよ。聖王様がそばにいらっしゃるわ」
リシェルは手元の指輪をそっと握り、震える声で尋ねる。
「……聖王様、この力を、私はどうすれば……」
「焦る必要はない」
聖王はゆっくり歩み寄り、肩に軽く手を置く。
「まずは君自身を守ることだ。君の心や体が第一優先だ」
控室の静寂が、二人の呼吸や指輪の淡い光を際立たせる。
リシェルは胸にわずかな安心を覚えながらも、心臓が高鳴るのを感じた。
舞踏会の華やかさから離れ、静かな空間で聖王の説明を受けることで、彼女は指輪の意味と責任を少しずつ理解し始める。
「これからは私がそばにいる」
聖王は指輪を見つめつつ、リシェルに向けて告げる。
「痛みも心も、共に感じながら、君を守る」
リシェルは小さく息を吸い込み、深く頷く。
「……わかりました。聖王様、どうぞよろしくお願いいたします」
控室の窓から差し込む光が、二人と指輪を柔らかく照らす。
父母、兄に見守られ、リシェルは静かに自分の決意を胸に刻む。
聖遺物の主として歩み出す、第一歩。
その日から、彼女と聖王の新たな生活が始まったのだった。




