11話 「あなたを救う力」
城下の広場では、聖王の来訪を知った民がそわついていた。
マルセルはリシェルの前を歩きながら振り返る。
「リシェル、歩き慣れてきた? 昨日より顔が明るいよ。」
「はい、マルセル様のおかげです。」
明るい声に、陛下はリシェルの横でゆっくり歩きつつ眉をわずかにひそめる。
「随分と……楽しそうだな。」
低く落ちた声に、リシェルは慌てて向き直る。
「え、あ、陛下。そんなつもりでは……!」
「構わない。」
言葉とは裏腹に歩く速度がほんの少し速くなる。
マルセルは小さく肩をすくめた。
三人は古い石造りの礼拝堂へ向かった。
ここには──リシェルの“力”を測る神具が置かれている。
扉をくぐると、ひんやりとした空気が肌を刺す。
中央には透明な水晶が置かれ、静かに光を反射していた。
陛下はリシェルの隣に立ち、背にそっと手を添える。
「緊張しているのか?」
「えっと……少しだけ。」
「大丈夫だ。何があっても、私がそばにいる。」
その一言だけで胸の奥がほどけた。
水晶に触れた瞬間、柔らかな光が広がり、礼拝堂全体がかすかに揺れる。
マルセルが驚いた声を上げる。
「やっぱり……リシェルの力は“祝福”じゃなくて“庇護”。
誰かを守り癒す力だ。王を救う存在というのも納得だよ。」
陛下はその言葉にゆっくりと歩み寄る。
「私を救う存在……。
あの時、そう言ったのは本気だ。」
リシェルは小さく息を呑んだ。
「はい……。」
「だが君の力に頼りきるつもりはない。
私自身変わらなければ、意味がないからな。」
その言葉には、陛下が抱えてきた孤独や責任が滲んでいた。
リシェルは思わず言葉を返す。
「陛下は……一人で抱えすぎています。
もっと……頼ってほしいです。」
陛下は驚いたように瞬きをし、そして微笑んだ。
「君にそう言われるとはな。
だが……悪くない。」
柔らかく、優しい笑みだった。
胸の奥がじんと熱くなる。
マルセルが咳払いをして二人の空気を切る。
「まあ、いいけどね。
リシェルの力は“想い”に左右される。
強く想うほど強くなるし──
自分の気持ちをごまかすと弱くなる。」
リシェルは思わず陛下を見る。
陛下は静かに、逃がさないような瞳で向き合ってくる。
「……嘘などついていないな?」
「えっ……!」
耳まで赤くなるリシェル。
陛下はその反応ひとつで満足したように微笑む。
「なら、いい。」
礼拝堂を出た瞬間、風が髪を揺らした。
陛下は自然な動作でリシェルの髪を整える。
「これから先、危険もある。
だが……君となら進める。」
その言葉に胸が温かく満たされる。
マルセルは二人を見ながらぽつりと呟く。
「やっぱり、そうなるよね。」
リシェルは小さく微笑み、二人の後ろを静かに歩いた。




