第10話 二人だけの時間
午後の図書室は静寂に包まれ、外から差し込む光が長い机の上を柔らかく照らしていた。
リシェルはレオンハルトの横に座り、古い書物を覗き込む。
「この章は聖遺物の起源についてだ」
陛下の声は穏やかで、けれど力強さがある。
「光の現れ方や感情との関係を理解することは、君にとって重要だ」
リシェルは頷き、静かに聞き入る。
自然と肩が触れる距離に座っていることに、胸が少し高鳴る。
「陛下……私、触れられると少し緊張してしまいます」
思わず小さな声で打ち明けると、陛下は少し眉を寄せて見つめた。
「ふむ、当然だな」
そして、軽く手を差し伸べ、リシェルの手に指先を重ねる。
握るというより、手の位置を確かめるように添えられるだけなのに、リシェルの心臓は跳ねた。
「……大丈夫です。陛下と一緒だと、少し落ち着きます」
陛下は微かに笑みを浮かべる。
「私もだ。君といると、長年の孤独が少し和らぐ」
リシェルは手を少しずつ陛下の掌に重ね、そっと握り返す。
その瞬間、陛下の指先が自然にリシェルの手を包むように動いた。
「君の存在が、私にとって救いであることを、改めて感じる」
低く柔らかい声が、図書室の静けさに溶け込む。
リシェルは顔を上げて陛下を見つめる。
「陛下……私も、陛下の孤独を分かち合えることが嬉しいです」
視線が重なり、自然と二人の間に温かい空気が流れる。
言葉を交わすよりも、触れ合うだけで心が通じ合う感覚――
リシェルはそれを初めて感じた。
午後の光が二人の間に差し込む中、陛下はそっとリシェルの肩に手を置いた。
驚く間もなく、リシェルは小さく頷き、身体を少し近づける。
肩越しに感じる温かさに、心がじんわりとほどけていく。
「マルセルや他の者がいないこの時間は、貴重だ」
陛下の声には、普段の威厳とは違う、ほんの少し柔らかい響きがあった。
リシェルは微笑み、静かに応える。
「私もです、陛下。こうして陛下のそばにいられる時間が、嬉しいです」
午後のひととき、訓練や書物の学びを超えて、二人の距離は確実に近づいていった。
手と手を重ね、視線を交わすだけで、孤独を抱えた王と、選ばれた少女の絆が少しずつ強くなるのを、リシェルは感じた。
夕暮れが近づき、図書室の窓から橙色の光が差し込む。
陛下は手を離すことなく、そっとリシェルの肩に触れたまま立ち上がる。
「今日の君の進歩は、素晴らしかった」
その言葉には、ただの褒め言葉ではなく、深い信頼と親密さが込められていた。
リシェルは少し照れながらも、胸の奥に温かさを感じる。
「ありがとうございます、陛下。私……陛下と一緒にいると、強くなれる気がします」
その瞬間、陛下の瞳が柔らかく輝いた。
嫉妬も孤独も、もう恐れる必要はない。
二人だけの時間が、少しずつ、確実に未来を紡ぎ始めていた。




