第1話 『聖遺物の光 ―守られる少女―』
王都ルセリア――十年ぶりに王宮の大広間が貴族たちで賑わった。
十年前に発見され、王宮奥深くに封印されていた聖遺物――**神の指輪**が、ついに一般公開される。
安全性の確認が済み、祝賀を兼ねた舞踏会として催される今夜、王宮は華やかな光に包まれていた。
ノートン子爵家も招かれ、父、母、兄、妹の四人が会場に足を踏み入れる。
父、ハロルド・ノートン子爵は堂々とした姿で、誇り高く家族を見守る。
母、クラリス夫人は柔らかい微笑みを浮かべ、娘リシェルの肩にそっと手を置いた。
「リシェル、大丈夫よ。焦らず、ゆっくり見てごらんなさい」
その声にリシェルは少し安心し、深く息をついた。
長男、アラン・ノートンは妹の肩に手を置き、守るように歩いた。
「無理をするな、リシェル」
兄の声は優しくもあり、責任感と温かさに満ちていた。
リシェルは控えめな群青色のドレスを身に包み、栗色の髪をきちんとまとめている。
舞踏会の華やかさに圧倒されながらも、灰緑の瞳は壇上の聖遺物を見つめ離さなかった。
金色に淡く光る指輪――古代の神が人と交わした契約の証であり、触れた者の心を映すとされる聖遺物だ。
多くの貴族が祭壇の周囲でざわめく中、その光はリシェルを特別に呼んでいるかのように見えた。
その時――聖王レオンハルト=グラディウスが、祭壇の近くで静かに立っていた。
黒衣に金の瞳、威厳と孤高さを宿すその姿は、人々の目を引くが、彼の視線は常にリシェルに注がれていた。
聖王は聖遺物を監視する役目を持ち、万が一の危険に備えて近くにいたのだ。
リシェルが指輪に手を伸ばした瞬間――
眩い光が大広間を包み、音が消えた。
指輪は宙に浮かび、少女を呼ぶかのように彼女の掌へ吸い寄せられる。
「リシェル!」
アランが駆け寄り声を荒げるが、光は強く、近づくこともままならない。
周囲の貴族たちがざわめき、父ハロルドも眉をひそめた。
その瞬間、聖王レオンハルトが一歩前に出て、リシェルを抱き支えた。
淡い光が二人を包み込み、胸に走る痛みと熱が互いを貫く。
リシェルは目を見開き、背中を丸める。
聖王も眉をひそめ、腕で彼女を守りながら低く囁く。
「落ち着け、君は危険ではない――私がいる」
二人の心が直接触れ合う――
恐怖も動揺も、痛みも、聖王の孤独も、互いに伝わってくる。
光が収まると、リシェルの掌には指輪が輝き、彼女の手は震えていた。
周囲は騒然となり、家族は驚きと困惑で立ち尽くす。
しかしクラリス夫人は微笑みを崩さず、娘を優しく見守った。
聖王は静かに告げる。
「君は、この聖遺物の主となった。
神聖帝国へ、連れて行く」
こうして、慎ましい少女リシェル・ノートンは、
痛みと心を共有する聖王に守られながら、神聖帝国へ旅立つ運命を背負う――
その第一歩を踏み出したのだった。




