6 飢えた吸血鬼は魔法少女と出会う
「おい、何だその恰好は。ふざけているのか?」
「ふぇっ!?」
テネリスが声を掛けると、ドアスコープから見える少女の肩が跳ね、玄関扉の方へと体を向ける。
「ええと、この部屋の中にいらっしゃるんですか?」
この少女が一体何者か軽く探って、人間なら招き入れ、化物だったら始末すればいい。そう結論付けたテネリスは、相手の問いかけを無視して言葉を返す。
「まずは名を名乗れ」
「えっ?……お、女の子?」
「名を名乗れと言っておるのが、聞こえぬか?」
テネリスの声に妙な反応を示されたので、若干圧を強めて誰何する。
「あ、すみません!私、祥雲ユキといいます!魔物に襲われた男性の救助のために派遣された、魔法少女です!」
「魔法……なんだ?」
テネリスは首を傾げた。会話は成立しているが、言葉は通じていない、そんな奇妙な感覚である。
「魔法少女です!知らないですか?」
「知らん」
「えぇっ!?」
テネリスの返事に、ユキは信じられないと言わんばかりに声を上げた。テネリスは世間に疎いヴァンパイアではあるが、それでも異常なのは向こう側だと確信している。だからこそ、その反応は不服であった。
よりによってようやく出会った二人目の人間が「コレ」か、とテネリスは頭を抱えたかった。だが、怯え切って会話ができない男を地道に手なずけるよりかは、このユキと名乗った少女から話を聞くほうが手っ取り早くはありそうだ。
「まあいい。外は危険だろう。まずは中に――」
テネリスが渋々と扉を開き、ユキを招き入れようと――そう思った直後、居間の方からドタドタと駆け寄ってくる足音があった。
一体何かと思って振り返った瞬間、男が必死の形相で叫ぶ。
「――魔法少女さん、そいつは敵です!入って来たら襲われます!」
「おい、何を言っている?」
「そうなんですか!?確かに聞き覚えがある気はしましたけど……ええと、映像ログ、映像ログ……」
「早く、こいつを倒してくだッ――うぐッ!」
「おい、変な事を言うな!」
テネリスはパニックに陥っている男を羽交い絞めにして、手で口を塞ぐ。それでも抵抗するので、仕方なく床に組み伏せ、両腕を押さえつける。
魔物にも苦戦しないテネリスに掛かれば、男の制圧は極めて容易だ。ただ、最大限手加減しないと簡単に相手を傷つけてしまうので、完全に沈黙させることが逆に難しくなってしまっていた。
テネリス達が玄関扉の前でドタドタと音を鳴らしていると、今度はユキが声を上げる。
「大丈夫ですか!?今開けますから伏せてください!……『ピュアスノー・インパクト』!!!」
その言葉が紡がれた直後、玄関扉が外側から吹き飛ばされ、テネリスの上半身に激突する。まさかそんなことが起こるとは予想していなかったテネリスは、もろにそれを体で受けとめて仰け反った。
男はそれを好機と言わんばかりにテネリスの傍から離れ、ユキの背後に逃げる。
「……これは、どういうつもりだ?」
突然の暴挙に対する苛立ちを抑えつつ、テネリスは体で受けとめた扉を脇に投げ捨て、何とか状況把握に努める。
「どうもこうも、襲われている人がいたら助けるのは当然の事です!」
「……ならば、私がこのような仕打ちを受ける道理は無いはずであろう。私は、その男を助けたのだぞ?」
「それだったら、こんなに怖がるはずがありませんっ!」
「そ、そうだ!それに、僕は確かにこいつに襲われたんです、血を寄越せって!」
「それは……そうだが……」
ユキと男の非難に、テネリスは言い淀む。
実際、最初に襲ったのは事実であるだけに、あまりに分が悪い。これさえ無ければもう少し言いようはあったのだが。
どう釈明すべきかテネリスが途方に暮れているうちに、ユキはテネリスに向けて杖を向けた。
「人を魔物に襲わせて、助けたふりをして監禁する――その悪辣な手口、新たな幹部級としか思えません!ここで仕留めますっ!」
「幹部?何を言っているのか全く理解が――」
「問答無用ですっ!『エターナルフロスト・ブリザード』!」
「おい、話を――ッ!」
テネリスの抗弁も空しく、ユキが振るった杖の先からとんでもない質量の吹雪が飛び出す。それはマンションの壁を破壊し、テネリスの背後に大きな穴を開けるほどの威力を持っていた。
刹那、テネリスはその身をもって理解する。この街の破壊痕の一部は、この魔法少女なる存在によって引き起こされたものだと。
現状ではここから勝つのはあまりに分が悪い勝負だと悟ったテネリスは、ユキ達に背を向けて翼を生やし、氷塊を避けながら逃亡することにした。
「一体何なんだ!?まるで私を、誰彼構わず襲い掛かる理性の無い化物のように、扱いやがってッ……!」
テネリスは吹雪の中、やり場のない苛立ちを吐露する。
この怒りは、己を「幹部」などという謎のレッテルを張って悪と断じ、意味不明な力を行使したユキに対するものだ。
この怒りは、魔物から助けてやった恩を仇で返した男に対するものだ。
そして何より、一瞬とはいえ理性を失ったことで、自分自身の首を絞めた過去のテネリスに対するものだ。
「ぐッ、くぅ……っ!」
ユキが発動した技の影響範囲はあまりにも広く、いくら人外の反射神経を持つテネリスであっても、飛来する氷の粒一つ一つを全て避けることは困難であった。体に衝突する氷の粒は確実にテネリスの体力を削り、貴重な血を奪っていく。
「次は絶対、こんな、ことには……」
体力を失い翼での飛行が困難だと悟ったテネリスは、吹雪で殆ど見えない視界の中、街を分断するように流れている川の存在に気が付いた。
「……可能性に、賭ける、か……」
この街で倒れるよりかは、川に流された方がユキに見つかる可能性は低いだろう。トドメさえ刺されなければ、再起の余地はあるはずだ。
そう判断したテネリスは最後の力を振り絞って己の軌道を川に向かって修正し、墜落して気を失った。




