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善き吸血鬼は血を求める  作者: 岬 葉


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5 飢えた吸血鬼は対話を試みる

 部屋に戻って数時間経つと、テネリスが襲った男が目を覚ました。


「……あれ、俺は、どうなって……うわぁ!?」


「目が覚めたか」


 テネリスが声を掛けると、男は錯乱気味に声を上げながら部屋の隅に移動し、身構える。


「待て。別にお前に危害を加えるつもりは――」


「お、俺をどうするつもりだ!?」


「どうもしないと言っているだろう」


 こりゃだめだ、とテネリスは天を仰いだ。


 理性を失って血を啜るという最悪な第一印象のおかげで、信用を得ることはおろか、まともなコミュニケーションすら困難になってしまっているようだ。間違いなくテネリスの側に落ち度があるので、弁明の余地が無いのが苦しいところだ。


「本当は色々聞きたかったが、無理そうだな……」


 テネリスはため息を零し、部屋の一角に積まれた缶詰の山を指した。


「食料はそこに積んであるから、好きに食うといい。それと、この部屋から出たらただではすまない、大人しくしていろ。欲しいものがあれば言え。できる範囲で探す」


「ひ、ひぃ……」


 詫びも兼ねて食事と安全な場所を提供しているはずなのだが、到底心を開いてもらうことはできなさそうだ。


 テネリスはこれ以上男を刺激しないよう、居間から出ることにした。他に居られそうな場所は、玄関に風呂場、物置用と思しき狭い部屋にクローゼットくらいか。


「まあ、日に当たらずに済むならどこでもいいが……」


 悲しいことに、どこであれ、テネリスが長年過ごしたボロ小屋に比べれば豪邸だ。誇り高きヴァンパイアの真祖だというのに、そこらの人間よりも生活水準が低いな、などと自嘲しつつ、テネリスは放置されていた古着を積んで寝床を作った。




 それから、テネリスは男と一言も交わすことなく一夜を明かした。


 現状、男は大人しく部屋で過ごしている。それがテネリスの言葉を信じてのことか、選択肢がない故に甘んじて受け入れているのかは定かでないが……「逃げていい」と言えば、迷わず逃げることだろうという確信はあった。


 だがそれでは困る。


 何せ、最低限人類がどうなっているのかだけでも聞き出さないことには、テネリスの今後の身の振り方が定まらないのだ。そのためにも、あの男には少しだけ心を開いてもらう必要がある。


 幸い、テネリスはこれまで何度も人間と関わってきたことがある。それに、この男のような反応を示した者を見るのも初めてではない。だから、何をすれば信用が得られるかも理解している。


 それは、己が危害を与えるような存在ではないことを示す、ということだ。言葉だけでなく、行動が伴っていれば尚良しだ。


 丁度いいことに、テネリス達の気配を察知しているのか、数時間に一度のわずかな頻度で、化物が玄関の戸をカリカリと引っ掻きに来てはテネリスに撃退されている。これをうまく利用できないだろうか。


 何せ、彼にとってテネリスは敵か味方かわからない存在だが、あの化物は明確に敵である。


 つまり、テネリスがあの化物を退治して見せれば、テネリスはあの男の味方であることが容易に示せるというわけである。加えて、テネリスが一番強いことが強調できれば、それは安心材料に他ならない。


「ふむ、間違いないな」


 脳内で計算を済ませたテネリスは、外に出て近場の化物の命を刈り取り、亡骸が塵となって消滅する前に部屋に戻り、亡骸片手に男の前に立つ。怖がらせないよう、しっかり笑みを作るのも忘れない。


「どうだ、よく見るがいい。この街で一番強いのは、この私だ」


「ひ、ひぃ……もう許してください……!」


「……許すとは?」


 何故か懇願するように謝りながら蹲る男の姿に、テネリスは首を傾げた。己の想定が正しければ、今頃この男はテネリスの力に全幅の信頼を置き、心を開いていているはずなのだが。


「一体何を勘違いしているのだ?お前が謝る意味などないであろう。それを言うなら――おい、聞いているか?」


 手に付着した化物だった塵をはたきながら、テネリスは男へ歩み寄れば、その距離に伴って、男の顔色はみるみる青ざめていく。その血の気の失せ方はもはやヴァンパイアを自称しても通用しそうなほどだ。


「な、何故だ……」


 こうも怯えられてしまっては、テネリスの目論見は失敗したと判断せざるを得ない。


 ここまで派手に失敗する可能性を考慮していなかったテネリスは、そそくさと居間を後にした。床に散っているかつて化物だった塵は後で掃除するとしよう。


「ううむ、何がいけなかったのだ――うん?」


 呟いた直後、玄関前に何者かの気配を感じ取って言葉を止める。化物とは違う、この気配は――。


「人間、か?」


 それは静かな足音とともに少しずつ近づいてきて、部屋の前で止まる。


 そして十数秒ほど間を置いたかと思えば、呼び鈴が鳴らされ、この場に似つかわしくない、幼さの残る声が響く。


「――すみません、誰かいますかー?」


 それはまるで、子供が友達の家に遊びに来たかのような気軽さであった。その異様さに、テネリスもどう対応すべきか悩む。


 先日この街に来たテネリスではあるまいし、この街の異常性を認識していないはずが無い。あるいは、化物が人間に化けて潜り込もうとしているのかもしれない。


 テネリスは静かに玄関の前に歩み寄り、ドアスコープから外を覗く。


「あれぇ……?確か、映像だとここだったはずなんだけどなぁ……」


 そこにいたのは、光を放つ板を手に周囲を見回し、頭を抱える少女の姿があった。


 だが特に言及すべきは、その容貌だ。全身が明るくカラフルに彩られた、あまりにこの場に相応しくない衣装に身を包んでいる。

 それに、板を持っていない方の手にはおもちゃのようなデザインの杖が握られている。ここを遊園地か何かと思っているのか知らないが、どこを切り取っても正気を疑わざるを得ない容姿である。


 今からこんな得体の知れない奴と話さないといけないのかと、テネリスは一つ息をついた。

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