4 飢えた吸血鬼は化物と戦う
「食べられるもの、食べられるもの……うぐっ、腐っているな……」
テネリスは、気絶させてしまった男を空き家のベッドに寝かせて毛布を積み、部屋中の食品を漁っていた。冷蔵庫を開けたらテネリスでもえずくようなとんでもない世界が広がっていたので、慌てて閉め、別の棚を漁る。
相手の同意があったかはさておくとして、相手が人間であろうと、血を恵んで貰った恩には報いてやるのがテネリスの流儀である。血を採りすぎて殺めてしまっては、テネリスが散々忌避してきた理性を失った化物達と同類に他ならない。
「缶詰ならいけるか?賞味期限、消費期限……書き間違いか?まあいいか……」
そもそも、今日の日付を知らないテネリスがどれだけ期限を気にしたところでどうにもならない。結局食べるか決めるのは人間なのだし、適当に缶詰を積んでおけば、あとは勝手に解決するだろう。
「しかし、一体あれは何だったのだろうな」
テネリスが山に引き篭もっている間に、この街に――もしくは世界に何が起こったのか。
先日は飢餓でそれどころでなく投げ出していたこの問題も、血を補給できた今であれば調査する価値がある。
「人間社会が変容しているなら、また立ち振る舞いを考え直さねばならんな」
テネリスの知る限り、この国では武器の類の所有は厳しく制限されていたはずだ。
しかし男の所持品の中には拳銃やナイフなど、一般人が所有するには過ぎた装備が見受けられる。これが軍人や兵士などの類であればまだわかるが、この男は明らかにそういった身分にはなさそうだ。
それに、装備に銀の銃弾や十字架などが含まれていない辺り、ヴァンパイアハンター等の類でもない。まあ、そんな職業は何百年前にはお役御免になっているだろうが――とにかく、この男がテネリスを目的にここに来たわけではないことは確かと言えよう。
となれば、あの化物に対抗するために武器を所有していたということになるわけだが……これがこの世界の常識になったのか、それが問題である。
世界の半分以上があのような化物に制圧され、人間が暮らす地域が大幅に減ったとなれば、テネリスも住処を変えたり、身の振り方を再考しなくてはならない。
それこそ、化物が当然のように闊歩する世界になったのであれば、同じく人間からすれば化物に括られるであろうテネリスも、幾らか堂々と振る舞える余地があるのだから。
あるいは、全人類が重武装に身を包むようになって、血を得るのが非常に困難になっているとか、この男が世界に残った、ごく僅かな人類の生き残りである可能性もあるが……そういったヴァンパイア的に喜べない可能性はできれば御免被りたいところだ。
「差し当たっては、こいつの仲間がいるかどうか調べるべきか」
この男が、目覚めるのを待ってもいいが、他に仲間が居るのであれば、そちらに接触しておいた方がいいだろう。それでもし危機に瀕しているのなら救助してやって、あわよくば、対価として少しだけ血を拝借するのだ。
そんな打算ありきに、テネリスは部屋を後にした。
誰も居ない街の中を、その辺の家屋から拝借したゴシックなデザインの日傘を差して歩く影が一つ。
言わずもがな、それはテネリスである。
「日中に出歩くなど、何時以来だろうな?」
日光に弱いとされているヴァンパイアだが、その程度には種族差がある。
日光に掠るだけで全身が燃えてしまう最下級クラスから、触れたところが灰になる程度で済む中位クラス、日陰ならほぼ夜と同様の活動ができる上位クラスまで様々だ。
当然、真祖であるテネリスは上位である。何なら、元気な時ならば日光に晒されていても多少の活動だってできる。
尤も、エネルギーの消費が凄まじいので基本的にアテにはならないし、本能的に太陽を好きになることは一生ないが。実際、先ほど「保護」した人間の仲間を探すという目的が無ければ、絶対に外には出ていないと断言できる。
「……む、化物の気配」
静かな街中なだけあって、近く何かが動けば集中せずともすぐに気がつける。勿論、それが人間か動物か、未知の化物であるかも。
日傘を差して優雅に立つテネリスを、六体の化物が取り囲む。
今度はいずれも浮遊していて、黒い鳥型が二体、謎の紫色の立方体が一体、赤紫色の球体型が三体――計六体との接敵だ。
「これまた随分な歓迎だ。もはや生物と呼べるかすら怪しいが」
鳥はいいとして、ほかは何なのだろうか。
どういう仕組みで動いているのか推測すらできないので、当然何を仕掛けてくるのかも未知数だ。薄々察していたが、これはいよいよ常識的な理屈は通用しないと考えたほうがよさそうだ。
「先ほどは止めを刺して終わってしまったからの。この私の力がどの程度通用するか、練習台となってもらうぞ」
テネリスは日傘を畳んで足元に置くと、また血結晶の鎌を作り出して構え、その小さな体に見合わぬ速度で球体型の化物に迫った。
「まずは一体ッ!」
テネリスが回転を伴って振った鎌は、球体型の化物を綺麗に両断した。例えるなら巨大なゴムを切ったような感触だろうか。見た目が変なら感触も変である。
「……むっ」
切り付けて真っ二つになった球体は輝きを放って膨張し始めた。
テネリスがその様子に危機感を察知した直後、退路を塞ぐように立方体の化物が現れた。
「邪魔だッ!」
横薙ぎに切り裂き、離れた位置の車の後ろに隠れた。
それから一秒ほど数えたところで、風船のように膨張した二つの半球は轟音と共に爆発し、周辺の建物や車を吹き飛ばした。よく見ると、別の球体型の化物の一体に誘爆し、さらに被害が拡大している。
「中に火薬でも詰めてあるのか?自爆前提の生物とは、これまた随分と摩訶不思議な――おっと」
テネリスが一歩下がると、遥か上空から鳥型の化物が落下し、テネリスが立っていた地面に穴を空けた。
まるで銃弾のような勢いだと感心していると、空けた穴から再び突きあげるように鳥型の化物が帰ってきた。
「どういう挙動なのだ、それは?」
普通の人間であれば顎から脳天を貫かれていたかもしれないが、真祖たるテネリスにかかれば回避も容易だ。
上を見上げると、二体の鳥がテネリスを貫かんとタイミングを窺っている。獲物が隙を晒したところを串刺しにするのが、彼らの狩りの形なのだろう。
よほど酷い当たり方さえしなければ大体の傷は血の力で再生できるが、当たり所が悪いとそうともいかなくなる。慢心はしない方がよさそうだ。
周囲を見回すと、もう一体の球体型の化物と、「二体の」立方体の化物。
「……増えた?」
つい先ほど立方体の化物を切り裂いたはずだが、他所から流れてきたのだろうか――そう思ったのも束の間、どこにもテネリスが倒したはずの立方体が居ないことに気が付く。
「まさかとは思うが――」
テネリスは鎌を握り直し、再び立方体の化物を両断する。
すると、両断されて直方体となったそれは、うごうごと粘土のように変形し、やや小さくなった二つの立方体へと変化する。
「やはり分裂しているな……細切れにするまでやれと言うことか?病み上がりの身には些か酷だな」
接敵した化物はどれもこれも、何らかの奇妙な特性を持っているようだ。
「肩慣らしとはいえ、長引かせるのも得策ではないか」
ふと上を見ると、鳥の化物が二体、テネリス目がけて弾丸のような速度で落下してきていた。
テネリスはそのうちの一体を掴んで受け止め、握りつぶした。ゴリっと鈍い音が響き、鳥の化物は塵となって消える。
もう一体、テネリスを射止め損ねた鳥は、また地面に深く穴を開けた。
と思ったのも束の間、間髪入れずに折り返して打ち上がってきたので、血結晶を圧縮した板で受けとめる。そして鈍い音と共に板にめり込んで潰れた鳥を、板ごと地面に捨て、踏み潰した。
残りは球体と立方体だけだ。テネリスの逃げ場を狭めるように取り囲む化物を一瞥すると、血結晶の鎌を液状に戻し、続けて紐のように変形させる。
「ふふふ。私の能力は、こんなこともできるぞ?」
テネリスは紐を操り、分裂して三体になった立方体の化物を纏めるように縛り上げ、一か所にまとめた。
そして、我関せずとばかりにふよふよ浮いている球体を掴んで刺激する。そして自爆の前兆である光を放ち始めたところで、先ほどまとめた立方体の化物に向けて放る。
「分裂する敵は一網打尽にしたいからの、悪く思うでないぞ」
轟音とともに爆発した後には、化物の姿は消え失せていた。
「……しかしこれ、人類は大丈夫なのか?」
テネリスは苦戦こそしないが、それなりに面倒な手合いではある。ヴァンパイアですらそう思うのに、人類が善戦できているとは到底思えなかった。
「それに、他に誰かいるなら物音がしてもいいものだが……この様子、誰も居ないのだろうな。徒労に終わったか」
もしテネリス以外に誰かがこの街を彷徨っているのなら、その辺りが化物のおかげで騒がしくなるはずだ。逆説的に、街が静かということは他に人間がいないと考えていいだろう。
こうなると、いよいよ人類が滅びかけている最悪のシナリオも想定したほうがいいだろうか。テネリスはそんなことを考えつつ、地面に置いていたゴシック傘を回収する。
「むう、折角良いデザインだったのに……修復できればいいのだが」
徒労だったと嘆くようにテネリスは呟くと、男を匿っているビルに戻ることにした。




