30 透明な吸血鬼はドローンに憤る
テネリスの認識が正しければ、この球体型の自爆魔物は真っ二つにしたりすると即爆発、殴ったりして衝撃を加えると、わずかに猶予時間を置いて爆発するという仕組み、もしくは行動原理になっている。
実を言うと、当初は殴って刺激を加えて全力で空に向けて投擲する案なども考えていたのだが……生憎、このショッピングモールにはそこそこ分厚そうなガラスの天井がある。テネリスの全力投球が直撃すれば、それは綺麗な花火が見られることだろう。……このショッピングモールを犠牲に。
しかも前回と違い、今回は同じ魔物が八体もいる。誘爆を起こした時の被害も、前の比ではないだろう。そういった諸々を考えた結果、防戦一方でも安定して立ち回っていた白い魔法少女の力を借りることにしたのだ。
「まずは試しに一体処理する。爆破の衝撃が抑えきれないようなら、別の方法を試すとしよう」
「わかりました!」
テネリスは手に握っていた鎌を液体状に戻して自身の周囲に纏わせると、魔物の注意を惹くために前に出て誘導しつつ、魔物のうち一体に血を付着させた。
「白いの!私が血をつけたやつが見えるな?三つ数えたら起爆する!」
「はい!」
「三、二、一――」
「『フェザーカバー・スフィア』!」
三つ数えたテネリスは、血を遠隔で操って、魔物に付着させた血液を中心を貫く鋭い針へと変化させる。それと同時に白い魔法少女が技名を叫び、起爆直前の魔物の周囲を包むように白い羽が現れた。
そして狙い通り、ボンという大きな音がショッピングモール中に響き、周辺に羽が散乱し――幸い、それ以上の被害はなかった。
「ふむ、成功したな。余力はあるか?」
「問題ありません!次もいつでも大丈夫です!」
「よし」
白い魔法少女の無事を確かめたところ、その後方にテネリスの誘導に釣られず彷徨っている魔物の姿を認めた。テネリスはすぐにその背後に駆け寄り、球体を掴んで遠ざける。
「次だ!三、二――」
テネリスのカウントダウンに合わせて再び白い羽が魔物を包み込み、魔物の自爆を抑え込むことに成功する。後ろを見れば、残りの魔物は全て、早歩きくらいの速度でテネリスの後をついてきている。
「わ、私、邪魔にならないように浮いておきますね!」
白い魔法少女はそう言うと、背中に天使のような翼を生やし、地上から三メートルくらいの高さに浮き上がった。そういえば、この魔法少女はテネリスの頭上を通過してここに駆け付けていたのだったか。
律儀に地上を駆けまわって魔物を誘導しているテネリスも飛んでいいなら飛びたいのだが、がっつりコウモリっぽい翼が出て変な疑いを持たれそうだし、姿隠しのローブがめくれあがってしまうしと、色々考えた末に今回は封印することにした。
実際それで上手く事が進んでいるし、あと六回同じことを繰り返せば、つつがなく魔物の処理も完了できるだろう――そう思った直後、その場にテネリスでも白い魔法少女でもない、無機質な音声が遠くから接近してきていた。
「――要救護者の反応を発見。直ちに救助を行います」
「な、何だ?」
音声の主は、水色と紫の中間のような色をしたドローンだった。下には銃口と思しき無機質な筒が提げられていて、何とも物騒な雰囲気を醸している。
「それ、ここの警備用ドローンです!警備員の方が置いて行ってくれたものかと!」
「ドローンか。なるほど」
確かに白い魔法少女の言う通り、複数個所に「警備用ドローン」と掲示されているので、敵の類でないことはすぐに理解できたが……勘違いでなければ、ちょうどテネリスの進行方向と正面からぶつかるような形で移動しているように見受けられる。
「まさか私に反応したのか?おい、私は要救護者などではないぞ」
「――直ちに救助を行います。直ちに救助を行います。直ちに――」
ドローンというのは随分と融通が利かないらしい。テネリスはドローンを避けるべく、進路を横に逸らして魔物の誘導を続ける。
これでドローンがテネリスを追尾してくるようなら、ドローンを破壊することも視野に入れる必要があったが……幸いというべきか、ドローンはテネリスの存在など初めから認識していなかったかのように、そのまま直進してどこかへと消えていった。
よくよく考えれば、ドローンは原理上、カメラを利用して周囲を把握しているのだ。カメラに映れない、映ったところで服を着た透明人間でしかないテネリスが救助対象になるわけもないのである。
「いったい何だったのだ?まあどこかへ行ったみたいだし、よいか……」
テネリスは一つ息をついて仕切り直すと、再び球体たちとの鬼ごっこを再開した。
こうして、また半分ほどの魔物を処理して残り三体になったとき――問題が発生した。
先ほど空気を読まずに仕事を始めた警備用ドローンが、子供を伴って戻ってきたのだ。
「ぐす、うぅ……ママ、パパ、どこぉ……?」
「――保護対象を安全地帯まで護送中。保護対象を安全地帯まで護送中――」
「どうしてこんなところを歩かせておるのだ!?」
察するに、店かどこかで隠れていたところを、警備用ドローンが迎えに行ったのだろう。ドローンは子供を安全地帯へ護送しているらしいが、皮肉なことにここは今、ショッピングモール中で一番の危険地帯である。
魔物や化物の処理は得意だが、子供の扱いなんてわかったものではない。テネリスは魔物が子供に近づかないように離れながら、白い魔法少女に向けて声を掛けた。
「白いの、どうしたらいい?」
「ええと、大体こういうのは緊急避難先が設定されているので!しばらく待てば大丈夫です!」
「しばらく……?」
あんなノロノロしているドローンと、モタモタ歩いている子供を、爆弾魔物に追われている状態でしばらく待つだって?
「……まあわかった。いいだろう」
普通ならば感情的に怒鳴り散らしてもおかしくない場面だが、理性的なテネリスはグッと言葉を飲み込んだ。真祖たるもの、いついかなる時も落ち着いて、優雅に、そして理性的に振舞わねばならない。
色々な意味でテネリスが耐える傍ら、白い魔法少女も見ていられないのか、宙からふわりと降りて子供の傍に駆け寄り、やや崩した口調で話しかける。
「そこの君!このドローンさんが安全なところに連れて行ってくれるよ。そこでパパとママも待ってるから!」
「うぅ……ほんと?」
「うん。こわい怪獣さんは、魔法少女がやっつけちゃいます!」
……実際のところ「こわい怪獣さん」は、魔法少女とこわい吸血鬼さんが倒しているわけだが。
「あの、真っ黒な服のひとも?」
「あの人?あの人は、えーっと……はは……うん……」
確かに向こうからすれば謎の少女であることに違いはないのだが、仮にも共闘しているというのに随分な扱いである。
ともあれ、白い魔法少女の言葉を聞いたテネリスは一つ学習した。なるほど、ああいうのが「正義」の立ち振る舞いというものか。となるといつぞやの、討伐した魔物の死骸を見せつけて己の強さを誇示することは「正義」の立ち振る舞いとしてはかなり……アレだったのかもしれない。
「そ、それより。君、お名前は何ていうの?」
「か、かずひこ……」
「カズヒコ君。早くパパとママのところに行って、皆を安心させてあげて。カズヒコ君は強いから、できるよね?」
「うん……」
「よし。じゃあ、急いで――」
「――射程圏内に脅威を察知。敵対反応アリ。護送対象の安全を確保するため、迎撃を開始します」
「――え?」
白い魔法少女が子供を急かした直後、ドローンの下部から生えている銃口がガチャリと音を立てて持ち上がった。その先端が向いているのは――テネリスが誘導していた魔物たちである。
「ふざけるなよ!!!!」
ここ最近で一番の大声でテネリスは吠えながら、体の周囲に纏わせていた血を板状に固めて盾を作り、魔物を守る形で割って入った。直後、ダダダと連射された銃弾が盾に当たり、衝撃が伝わる。
一発でも銃弾が当たれば、間違いなく魔物は自爆することだろう。これから倒す魔物を守る羽目になるなど、何の冗談だろうか。
しかも厄介なのは、自爆することが仕事な魔物たちは、現在進行形でテネリスに迫ってきているということだ。故にテネリスは盾を構え続けながらドローンの方へ前進しなくてはならず、このままだとこの場にいる全員を巻き込んで大爆発する最悪の結末を迎えることになる。
「白いの!どうにかするのだ!」
「えっ、ど、どうにかって……え、ええっと……えいっ!」
白い魔法少女の間の抜けた掛け声とともに「ドカッ」と鈍い音が響き、同時に銃声が鳴り止んだ。
テネリスが盾を下げて白い魔法少女の方を見れば、ドローンの下部がひしゃげて煙を上げていた。
「……ええと、どうにかしました!」
「機タタ体ィニチ命ィ的ナダメメメージをけケケ検出。あアアアアルゴリリリズムを再計ササ算しシシます」
親指を立てる白い魔法少女の隣で、ドローンがプスプスと音を出しながら悲鳴を上げていた。
魔法少女というのは、魔法だけが全てではないのかもしれない。テネリスは一つ認識を改めることにした。




