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善き吸血鬼は血を求める  作者: 岬 葉


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3 飢えた吸血鬼は(うっかり)血を得る

 テネリスはゴーストタウンを探索し終えて以降、腹感とやり場のない怒りが渦巻いて寝付くことも出来ず、悶々とした時間を過ごしていた。


 そんな地獄に終止符を打ったのは、ゴーストタウンの静寂を引き裂くような何かの爆発音だった。


「……何だ騒がしい。全く、こっちは眠れないというに――」


 テネリスはしばしもそもそとベッドの上で寝返りを打つ。


「――人の気配!?」


 そして、希望が降ってわいた事実を認識し、跳ねるように飛び起きた。そしてカーテンの隙間や部屋の玄関を開け、人影が無いかと部屋の中をしきりに往来する。


 これで人間が居ないなんてオチなら、死ぬ前にこの街を粉々に粉砕してやる。それくらいの気概であった。


 しかし、幸いなことにこの街が地図から消えることは無さそうだ。


「血の匂いが、近づいてくる!」


 いくら飢え切ったテネリスと言えど、部屋越しの遠方の血の臭いを察知する能力は無い。ここへ近づいてくる足音や人の気配が、テネリスに幻臭を与えているのである。


 居てもたっても居られなくなったテネリスは、衝動に身を任せて玄関を開けた。


 『血が欲しい』。それ以外の思考は、一切無かった。




「……やってしまったな」


 血を吸ったことで半分飛びかけていた理性を取り戻したテネリスは、口に付いた血を手で拭いながら呟いた。


 目の前には貧血で倒れた男。その傍には既に粉々になった謎の浮遊体――救援要請などと宣っていたので衝動的に破壊したが、果たしてこの判断は正しかったのやら。


 朧げな記憶が正しければ、この男は一人で何かに向かってぶつぶつと喋っていた変な奴だった。救援が必要なのは事実だったかもしれない。


「いや、まあ、なんだ。これは事故だな。あの変な化物を倒してやった礼だ。殺すつもりも無ければ、実際死んでるわけでもあるまいし。無罪だ、無罪!」


 テネリスは誰に向けるわけでもなく言い訳を並べ立てた。


 実際、テネリスも限界だったのだ。「ここしかない」と、そう思ったときには体が勝手に動いていたのだ。ギリギリ理性が働いて、干からびるまで血を飲み干さなかったことを感謝してほしいまである。


「しかし、あの化物は何だったのだ?」


 テネリスは廊下に倒れた男を跨いでビルから飛び降り、つい先ほど地面に叩き付けた化物を見に行く。


「随分な図体だな」


 先ほどテネリスが撃退したのは、全身が漆黒の豹のような生物であった。


 体格は近くに放置された自動車と同じくらいで、漆のようにツルツルとした皮膚や、触れるとゴムのような弾力を感じる肌、腹の辺りに薄らと赤紫色に輝く部位――様々な点で、この世界に存在する生命体とは思えない異質さを感じさせる。


 いや、その点で言えば、ヴァンパイアというがっつりファンタジー的存在のテネリスも大概であろうか。


「ガアァァ!」


「おっと危ない」


「ガフッ!?」


 豹の化物は死んだふりをしていたようで、テネリスが近づいた直後、口をがばりと広げて襲い掛かってきた。そして、テネリスが反射的に繰り出したパンチであっけなく吹き飛んだ。


「それなりに知恵もあると見える。これは人間には荷が重いだろうな」


 このまま殴り続ければいずれ倒れるかもしれないが、今のうちに体調の確認も兼ねて別の方法を試すとしよう。


「いやはや、この力を使うのも何時以来か」


 幸い、今は人間の血を摂取したおかげですこぶる調子がいい。これまで散々出し惜しみしていた力を使っても、体調に支障をきたすことは無いだろう。


 テネリスは吹き飛ばした化物の傍に歩み寄りながら両手を構え、手中に血液を生み出した。それらは少しずつ形を成し、結晶化して深紅の鎌へと姿を変える。


 テネリスはヴァンパイアとしての基本的な能力に加え、自身の血を体外で操る能力――血操術に長けている。


 しかしこれは、何もテネリスの専売特許ではない。過去に出会ったヴァンパイアの中でも同様の力を持つ者がちらほら居たくらいには、そこそこありふれた能力だ。


 だが、大半のヴァンパイアは理性が飛んでいるせいか碌に制御もできず、「こんなまどろっこしいことをするより殴ったほうが早い」という元も子もない結論に到達していた。


 そんな能力を実用レベルに昇華し、血さえあれば何でもできる程の次元に至ったのはテネリスくらいのものだ。血操術は、理性ある者の証とも言えよう。


 ……まあ、少し前までは血が無いので何もできなかったし、血を得た時の記憶が水に漬かってふやけた絵画のように朧気になるくらいには、テネリスの理性は飛びかけていたが。


「ふむ。久方ぶりにしては悪くない」


 柄の部分を何度か握り直して感触を確かめると、よろよろと起き上がろうとしている豹の頭を足で地面に押し付け、腹の辺り――先ほど仄かに光っていた場所を貫いた。


 すると、化物は苦しむような悲鳴を上げながら十秒ほど暴れた末、事切れた。


「硬度も十分そうだな。さて、貴様の身体を調べさせてもらおう――ん?」


 テネリスが満足げに鎌を眺め、液体に戻しているうちに、化物は鎌で貫いた部分を中心に亀裂が走り、塵となって消滅する。


「き、消えた……!?」


 死んだら塵に還るなど、誰が予想できただろうか。そんな、死んだら灰になるヴァンパイアじゃあるまいし。


 果たしてあの化物の正体が何なのかは不明なままだが、どうにも、テネリスがしばらく人里から離れている間に、この世界には大きな変化があったようだ。


「くっ、こんなことなら先に血の味を確かめておくべきだった……!」


 もしかしたら人間以外の栄養源になるかもしれなかったのに、などと、すっかり倹約家が板についてしまったテネリスはぼやいた。

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