29 透明な吸血鬼は「魔物」を切り裂く
「……怪物?」
突如として現れたテネリスに対し、「魔物」は素っ頓狂な声を上げると……すぐに納得した。
「あ、そうイウのに憧れテる子か。ダメでしょ、魔法少女のジャマしたラ――こウなっちゃうカラネェ!」
厭らしい笑みを浮かべながらテネリスを痛い子扱いした「魔物」は、近くにあったベンチを持ち上げ、テネリスに向けて勢いよく振り下ろした。
わざわざ目の前で血操術による武器の変形を見せ、自己紹介までしてやったというのに、理性なき化物にはテネリスの親切心は伝わらなかったようである。そうしてテネリスの頭に振り下ろされたベンチは、大きな音を立てて真っ二つに折れた。
そして当のテネリスは潰されるでも吹き飛ばされるでもなく、ただ微動だにせず立っていた。
鈍器として利用されたベンチの片割れが地面に落ちる音だけが、ショッピングモールに虚しく響く。
「……で、どうなるのというのだ?」
「な、何ダ、お前……?」
痛がる素振りすら見せず、わざとらしく首を傾げたテネリスを見てようやくその異常性を理解したのだろう。「魔物」は大きく動揺する。
「よくわからんが、私は歓迎されておらぬようだ。ならば、さっさと終わらせてやろう」
「――ま、待テ。同ジ怪物なら、特別に僕ノ仲間にして――」
「黙れ」
テネリスは律儀に降ろしていた鎌を再び構え、まず正面から「魔物」の巨体を深く切り裂くと、その勢いで前後左右から何度も切り付けていった。
そのたび「魔物」が痛みに声を上げ、「話と違う」「こんなはずじゃ」などと零しながらジタバタと暴れていたが、首のあたりに傷を入れたら泡を吹くような音だけが鳴り、やがて動かなくなった。
「誰がお前みたいなのの仲間になるか。寝言は寝て言うがよい」
テネリスは鎌を軽く振って付着した液体を振り払った。力に溺れ、理性を失った存在にかける慈悲など一切無用である。
さて、あとは軽く白い魔法少女とお話して、ICOに良い印象を与えるための土産話を持ち帰ってもらうだけだ――そう思ったのだが。
「――こ、殺して、しまったんですか?」
一連の過程を全て目撃していた白い魔法少女が発した言葉は、茫然とした問いかけであった。そこにはどこかテネリスを責めるような雰囲気が滲み出ている。
「何か問題があったか?」
「ぁ……あります!この『魔物』は人間だったんですよ!?」
「そうだったのか」
確かに、典型的な魔物像である動物型や立体型と比べると、随分と人間寄りだし、魔物っぽくないと不思議には思っていたが……実際、ベースが人間であったというのであれば納得である。
ただ、逃げまどう人々も館内アナウンスも、皆一様に「魔物が出た」と言っていたし、現にこの白い魔法少女ですらこれを魔物として扱っていた。しかもこの「魔物」は実際の魔物に遜色ない被害を生んでいたわけだ。一体、魔法少女が日常的に行っている魔物狩りと何が違うのだろうか。
「……ああ、もしかして生け捕りにする必要があったのか?」
魔物になってしまった人間を救う手立てがあって、そのためには一度生け捕りにする必要がある――そういう理由であれば、些か理不尽ではあるが、責められるのも納得できなくもない。
そう思って尋ねたテネリスだったが、白い魔法少女は首を横に振る。
「そういうわけじゃ、ないですけど。とにかく、少しでも人間の部分があるなら、討伐はしない方が……」
「それでは、被害は増える一方ではないか?」
「そ、それでも……」
テネリスが白い魔法少女の言葉を遮れば、白い魔法少女は返す言葉を無くしてしまった。
無理もないだろう。テネリス達の周囲は、何度も投げられてベコベコに変形した商品棚、散乱する商品、捲れたタイル、鉄筋が剝き出しになった柱……争いの爪痕がそこら中に刻まれてしまっている。
まさかとは思うが、この魔法少女はテネリスが介入しなければ、今もずっと防戦一方で凌いでいたのだろうか。
「まったく理解できぬ。こんなののどこに人間の部分を見出しているのだ?」
テネリスは鎌の先端で「魔物」の亡骸を示した。
ブクブクと醜く太った巨体に、それを支えるだけの力。テネリスが切り付けた傷は夜空のように青黒く輝く「魔痕」となっていて、そこから溢れている青の絵の具にドブを混ぜたような色の液体が、テネリスの足元まで届いている。
同じ血でも、色が汚いだけでこうもヴァンパイア的本能に刺さらないのかと感心してしまうほどであった。
「ほれ。こんな青い血を流すやつが、まだ人間だと……うん?」
テネリスは白い魔法少女に向けて呟いた自分の言葉に強い違和感を覚えた。
続けて思い浮かぶのは、「魔痕」に関するユウジの説明だ。
――『魔痕』とは何だ?
――魔法少女以外が魔物に噛まれたり、刺されたりしてつく傷のことだ。
――別に人間じゃなくなったり、血まで青くなったりするわけではない。そこは安心してくれ。
「……『魔痕』なのに、血が青い?」
テネリスが呟いた直後、青い血が突如として意思を持ったかのように動き始め、スライムのような粘性を伴ってテネリスの脚に絡みつく。
「ッ!」
テネリスは絡みついてきた液体を足で払い、跳躍して魔法少女の隣に移動した。……靴が犠牲になってしまったが、あのグロテスクな液体に腕を突っ込んでまで回収する気は湧かなかった。
突然の事態に、白い魔法少女は慌てた様子でテネリスに声を掛けてくる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ、問題ない」
少し前までテネリスをよく思っていなかっただろうに、何というか……純粋である。フミもそうだが、今時の若者は皆こんな感じなのだろうか。
「それより……」
靴のことは諦めて粘液の挙動を観察してみると、何やら「魔物」の亡骸や周辺に転がっている物――テネリスが履いていた靴もその一部だが――を包みこんで吸収し、粘土の塊のようなものになった。
それはふわりと宙に浮くと、何回か半分に分裂して八つの塊に別れ、三秒ほどかけて赤紫色の球体へと変化していく。テネリスはそれに見覚えがあった。
「アレは……自爆するやつだな?」
霧が丘街でテネリスが戦った、死の間際に大爆発する傍迷惑な魔物である。そんなものがこのショッピングモールで爆発すればどうなるかなど、説明するまでもないだろう。
「ど、どうしてあんな魔物が……?」
白い魔法少女の反応からして、それなりに厄介な魔物だというのは共通認識のようだ。脅威度の区分なども調べたらわかるのだろうか。
ともあれ、テネリスがすべきことは依然として変わらない。
この魔物からショッピングモールを守り、正義の道の第一歩を踏み出すことである。……が、如何せん、その目的を達成する上で自爆型の魔物は厄介と言わざるを得ない。
テネリスは白い魔法少女に尋ねる。
「白いの。防御に自信はあるか?」
「わ、私ですか?は、はい。本来は防御と支援の方が、得意です。でも、私だって戦えます!」
「ん?いや、最初からそのつもりだったのだが……」
この様子、どうやら向こうはテネリスが「足手まといだから引っ込んでろ」とでも言うと思ったのだろう。まったく心外である。
「聞こえたかもしれんが、アレは倒すと爆発する厄介な魔物での。私が攻撃を加えた後、爆破の衝撃を抑え込んでほしいのだが、やれそうか?」
「は、はい。できます!」
「うむ、良い返事だ。では……頼むぞ」
テネリスは白い魔法少女に笑みを浮かべると、八体の魔物に向けて向き直った。




