27 透明な吸血鬼は休日を楽しむ
「――フミは随分とドローンについて詳しいな。普段から使っているのか?」
「あっ……は、はい!お仕事関係でよく使ってます」
「仕事……ふむ」
以前フミは「皆に夢を届ける仕事」をしていると言っていたが、それはきっと配信の暗喩だったのだろう。随分と洒落た表現をするものである。
そう感心しつつ、カメラや鏡を警戒しつつ店内を物色していたテネリスは、ふとある撮影機材に添えられた小さな厚紙が目に留まった。
――幽霊も映せちゃう!? 超最新技術搭載高機能カメラ US-O-800
「こ、これは……!」
その文字を見た瞬間、テネリスの身体に電撃が走った。
ヴァンパイアはアンデット――つまり幽霊と同じカテゴリーに分類されるのだ。幽霊が映せるのなら、ヴァンパイアだって映し出せるはずだ。現代技術で都合よくテネリスを映せるカメラは、実在したのである。
テネリスが目を輝かせながら「超最新技術搭載高機能カメラ」を眺めていると、フミが横から顔を覗き込んでくる。
「テネリスさん、何か見つけたんですか?」
「ああ。フミ、これを見ろ!すごいぞ!」
「……あっこれ、誇大広告商品すぎて有名なやつじゃないですか!」
「え」
カメラを指さして告げたフミの言葉にテネリスは硬直した。
「一周まわってプレミア価格がついているって聞きましたけど、普通に店でも売ってるんですねー……これは貴重ですよ!」
「……ここに書いてある最新技術というのは?」
テネリスは厚紙を差して尋ねる。
「えっと、発売当時ですら型落ちスペックだったらしいですけど……テネリスさん、どうかされました?」
「いや、なんでもないぞ。うん、別に……何ともない……」
テネリスは失意とともにそっと「超誇大広告搭載低機能粗大ゴミ」を棚に戻した。何か貴重らしいが、テネリスを映せないのなら用はない。永遠にこの棚の奥で眠っていたらいい。
どうも配信が絡んだ話題になると、上げて叩き落されるのがお決まりの流れになりかけている。これは非常によろしくない。
「フミ。心霊映像が撮れる撮影機材はないか」
真剣な眼差しで問いかけると、フミは周囲を見回してからテネリスの耳元に顔を寄せ、囁きかける。
「そういうのって大体詐欺ですから、ないと思います……」
「…………」
世の中、そう都合よくはできていないのである。
「いいのだ。初めから、期待などしていなかった……」
「て、テネリスさん、元気を出してください。心霊映像なんてどんなカメラでも撮れますよ!」
「撮れないから探しているのだ……」
撮影・配信機材専門店を後にしたテネリス達は、フードコートへと出向いていた。
この短時間で、フミの中でのテネリス像は「かっこよくてかわいくて強い女の子」から「妙な風習が沢山ある謎の故郷から出てきた情弱心霊映像マニア」へと変わっていた。もしテネリスに時間を戻せる能力があったなら、今が使い時かもしれない。
「テネリスさんが落ち込んでいる理由はわかりませんが……こういうときは、美味しい物を食べてリセットです!午後はゲームセンターとかで、パーっと遊びましょう!」
「……ふふ、そうだな」
フミは何というか、本当に「いい子」である。ヴァンパイアが蔓延っていた時代ならば、間違いなく真っ先に標的として目をつけられていただろう。こんな娘に心配させ続けては真祖の名が廃ってしまうので、そろそろ切り替えねばならない。
「テネリスさんはステーキがお好きなんでしたよね。ここ、ちゃんと人が焼いてくれるステーキ屋がありますよ」
「ほう、それは楽しみだ」
フミの言い方からして、人が焼かないステーキ屋もあるのだろう。きっと「こんびに」のレジと同じように無人化が進んだ結果そんな概念が生まれたのだろうが、奇妙なものである。
二人でステーキ屋の前に立つと、肉の焼ける香りがテネリスの鼻に届く。ごくわずかに生肉の血の香りも仄かに感じられ、しばらく血液製剤しか摂っていなかったテネリスの食欲を促す。山で暮らしていた時は人以外の血はつなぎとしか思っていなかったが、案外動物の血も悪くないのかもしれない。
「私はカットステーキのSサイズにしようと思うんですが、テネリスさんはどうしますか?」
「そうだな……わからんから、フミと同じでかまわない」
「焼き加減はどうします?やっぱりレアですか?」
「焼かなくていい」
「さ、さすがに店側も生肉は出せないと思いますよ?」
フミの説得により、焼き加減はレアになった。
「――ステーキも、久々に食べると美味しいものだな」
「そうですね。普段は高いのであまり食べられませんが……今日はテネリスさんがいますし、特別です!」
フミがいたずらに笑みを浮かべる。
「それにしてもテネリスさん、食べ方が本当に綺麗でお嬢様みたいでした!ナイフとフォークの持ち方とか、座った時の姿勢とか……!」
「そうか。作法をある程度身に着けておいた甲斐があったな」
これには、真祖として理性ある振る舞いをすべく作法を学んだ経緯がある。しかし一般ヴァンパイアが礼儀作法など弁えるわけもなく、持て余していたのが実情だが。
「ところでテネリスさんって、ドレスとかは着られないんですか?」
「ああ、着る時もある」
実を言えば、霧が丘街を散策していた時なんかはまさにゴシック系のドレスを……厳密には、ドレスだったものを着ていた。なけなしの血を使った血操術で修繕しながら使い古していたので、ドレスの原型はかなり早い段階でなくなり、言うなればテセウスの船のような状態になっていたが。
ともかく、そんな裏事情を知らないフミは目を輝かせる。
「本当ですか!?今度着ているところが見たいです!」
「うむ、機会があればな」
今度、ゴシック系の服を扱っている店を探してみるとしよう。ついでに、以前霧が丘街で見つけたような日傘も調達したいものだ。
そんな会話を交わしている間に、テネリス達は大量の機械が並べられた、ネオン街のような場所に到着した。
「さあ、ここがゲームセンターです!クレーンゲームやアーケードもありますから、気晴らしに最適だと思います!」
「ほう、これは中々賑やかな場所だ。ゲームとはつまり遊戯だろう?チェスなら自信がある」
「チェスがあるかはわかりませんが……狭くてはぐれやすいので、気を付けて行きましょう!」
フミは苦笑いしつつ、テネリスの手を引いてゲームセンターへと踏み込んだ。
「――いやあ、楽しかったですね!」
「そうだな」
テネリスは、クレーンゲームで手に入れた景品のぬいぐるみや菓子を抱えて頷いた。他にも、コインでコインを増やす謎のゲームや、画面内の車を操作するゲームなどにも興じたが、どれもテネリスにとっては新鮮な体験であった。
これはまさに、フミと出かけたからこそできた体験だ。無人レジの操作よろしく、遊び方が全然わからないものばかりだったので、きっとテネリス一人で訪れたところで、ゲーム機の前で立ち尽くすことしかできなかっただろう。
「もう帰るのにちょうど良さそうな時間になってきましたね。私、ちょっとお手洗いに行ってきますので、ちょっと待っててください」
「わかった」
テネリスは近くにあったベンチに座り、フミの背中を眺めながら小さく呟く。
「今日は、楽しかったな」
人間が暮らす街の巨大施設で、人間の友人と仲を深めるための一日を過ごす――これまで「理性的に」立ち振る舞ってきたテネリスからは考えられない一日である。こういう細かいことの積み重ねが、もしかしたらヴァンパイアとしての地位を得るための足掛かりになるのかもしれない。
だがまあ、そんな細かいことは後で考えるとして、今はこの余韻に耽るとしよう――。
――などと思った直後、ショッピングモールのどこかからガラスが割れるようなけたたましい音が響く。
「――魔物だ!魔物が出た!!」
「――皆さん、慌てずに非常口へ!押さないでください!」
「――誰か、私の子供は見ませんでしたか!誰か!」
人々の悲鳴や叫び声で、先ほどまで和やかだった空間が一気に緊張感に満ちていく。それは疑うまでもなく、このショッピングモールに相応しくない存在が現れたことを示していた。
「……まったく。折角気分が良かったのに台無しではないか」
テネリスはゲームセンターの景品をベンチに並べると、そっと立ち上がって魔物がいるであろう場所へ向かって歩き始めた。
「今日という日に水を差したことを、後悔させてやろう」
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