26 透明な吸血鬼は鏡を避ける
電車から降りて改札を出ると、すぐにショッピングモールに到着した。構造からして駅と繋がっているような形なのだろう。
「ふむ、ここがショッピングモールか」
左右どこを見ても何らかの店が並んでいて、吹き抜けを見上げれば三階層建てになっていることがわかる。きっと、どこを見ても何かしらの店が目に留まるようにできているのだろう。
それに、街で暮らしはじめてから見た中で一番と言っていいほどに賑わっている。思えば、テネリスは人混みの中に混ざった経験はかつて無かった。老若男女あらゆる世代の人間が居るこの場所は、色々な意味でテネリスの理性を試す施設なのかもしれない。
「それじゃあさっそく、お洋服を見に行きましょう!」
「うむ」
フミに先導され、テネリスは早速洋服店に足を踏み入れ――そしてすぐに「それ」に気が付いた。
「鏡……!」
ふと周囲を見回せば、試着室をはじめ、あちこちに鏡が設置されていることがわかる。
テネリスが鏡に映ると、衣装はそのままにテネリスだけが消えてしまうのは以前確認した通りだ。映像なら編集だのなんだのと理由がつけられるかもしれないが、鏡でそんな言い訳は通用しない。
もし、フミにテネリスが普通でない、透明人間だとバレたらどうなるか――。
――私のこと騙してたんですか?ありえません、二度と連絡しません。ICOにも通報します。一生日陰でレアアースでも食べててください。さよなら。
「――テネリスさん!この服なんか似合うと思います。どうですか?」
「ん?あ、ああ。いいんじゃないか……?」
テネリスがイマジナリーフミに縁を切られる想像をしている間に、リアルフミが服を一着見繕っていた。それで上の空だったのがいけなかったのだろう。早速テネリスにとって鬼門となる一言がフミの口から発せられる。
「試しに着てくれませんか?」
「そ、そうだな……」
一度肯定してしまった手前、引くに引けなくなってしまったテネリスは、フミが選んだ服を片手に、顔を伏せながら試着室に入った。
しっかりカーテンも閉めたところで、テネリスはパーカーのフードを外して脱ぎ、フミに渡された服に着替えて鏡の前に立つ。
そこに映るテネリスはしっかり透明になっており、テネリスの体型を模した服だけが浮いている。どこからどう見ても立派な透明人間である。フードはないので、ごまかしも効かない。
「……どうにかするしかない」
テネリスは何度か脳内でシミュレーションをしてからカーテンを開け――即座に外に出てカーテンを閉めた。その間わずか一秒にも満たない早業である。
「テ、テネリスさん!?そんな急がなくても大丈夫ですよ?」
「いや……わ、私の故郷ではこういう風習があるのだ」
「その風習に何の意味が……?」
我ながら苦しすぎる言い訳だが、別に試着室を破壊したりしたわけでもないし、こういうものだと受け入れてもらう他ない。店員も作業の手を止めてすごい目でこちらを見ているが、それでも。
二、三店舗ほど店を巡ったところで気がついたことがある。それは、このショッピングモールという施設が、テネリスと非常に相性が悪いということである。
というのもこの施設、服屋の試着室はもちろん、ただの商品棚や壁や柱、階段の踊り場など、ありとあらゆる場所に鏡が設置されているのだ。
そのせいでいちいちフードを深くかぶり直したり、フミを盾にして鏡に映らないようにしたり、さりげない立ち位置調整をしたりと、本来なら不要なはずの努力を強いられることになる。
それにまだ使うことにはなっていないが、エレベーターと呼ばれる設備は、鏡に囲まれた密室に閉じ込められる超危険エリアだ。どうにかして階段などを使うように誘導する必要がある。
……きっと、この施設でこんな苦しみを味わうのはテネリスくらいのものだろう。その証拠に、フミはテネリスとの買い物を楽しみ、ニコニコと柔らかな笑みを浮かべている。
「テネリスさん、どんな服でもかっこよくてかわいくて、すごいです!」
「ふふ、そう褒めるでない。フミの服選びが上手いのだ」
テネリスは、フミが選んだ服が入った紙袋を掲げて返した。値段は正直全然わからないが、今のところは問題なく会計を通せているし、最悪ユウジに肩代わりしてもらえばいい。
そんな一幕もありつつ、テネリスが鏡を警戒しながら歩いていたところ、ふとある店が目に留まって足を止める。
「……撮影・配信機材専門店……」
「テネリスさん、もしかして配信に興味があるんですか!?」
小さな呟きだったというのに、フミは目を輝かせながらずいと詰め寄ってきた。
「……興味がないと言えば、嘘になるが」
テネリスは詰め寄ってきたフミをそっと押し返し、眩しい視線を避けるように目を逸らしながら、曖昧に返した。意気揚々と配信しようとして、映像に映らない己の身体を呪うことになったのはつい最近の話である。
「私、テネリスさんが配信したら毎日見ます!見たいです!行きましょう、行きましょう!!」
「ま、待て、別に配信をするとは――むう……」
興奮した様子のフミは、ヴァンパイアたるテネリスすら圧倒する勢いで手を引き、配信機材専門店へと乗り込む。
服屋とは全く違う商品の数々は、確かに面白くはある。だが、それはそれとして疑問もある。
「配信は『すまほ』だけで事足りるのではないのか?雇い主はそう言っていたぞ」
「あー、それは昔の話ですね。室内ならそれでも事足りますけど、今は撮影用ドローンを使うのが主流ですよ」
「どろーん……?」
「こういうのです!」
フミが指さした先には、三つのプロペラで浮遊する小さな機械があった。正面と思しき部分には大きなカメラのレンズが嵌められており、確かに撮影機能があることが窺える。
何となく、こういう浮遊物体を見るといつぞやの魔物を連想してしまうが――魔物と言えば、テネリスが襲ってしまった男の隣にもこんな感じの浮遊物体があったはずだ。あの時は碌に考えもせずに即破壊したが、あれも撮影用ドローンの一つだったのだろう。
「色々なモデルがあって、安いのだと小さいトラッカーを体につけて追従させる方式なんですけど、高いのになるとトラッカーが無くても人工知能で人を認識して映える画角に調整してくれたり、子機があって一カメ二カメの切り替えができたりします。もちろん、録画容量や画質、通信性能なんかも値段やモデルで変わってきて――」
「???」
呪文のような説明にテネリスは首を傾げた。
細かいところはさておき、とりあえず高ければ高いほど良いことは理解した。ここには多種多様な撮影用ドローンがあるようだし、ヴァンパイアでも映せる機能を持つものがあるかもしれない。
「――試しにテネリスさんを映してみましょうか。ほら――」
フミがドローンを操作してカメラを向けてきたので、テネリスは瞬時にドローンの背後に回り込んで機体を掴み、カメラを下に向けた。突然超人的な反応を見せたテネリスに、フミはぽかんと口を開いている。
「……え、えっと、どうしたんですか?」
「あ、あー……」
これまでずっと鏡を避けるために警戒し続けていたテネリスは、それと同じ要領で反射的に動いてしまった。
「わ、私の……私の故郷の習わしでな、心の準備ができていない状態でカメラに映ると、魂が吸われてしまうのだ」
「……そんなシビアな風習があるんですか?」
こうして、今日だけで少なくとも二つ、テネリスの故郷に意味不明な風習が生まれてしまった。真祖はアドリブに弱いのである。




