25 透明な吸血鬼は電車に揺られる
そして約束の日。
「あっ、テネリスさん!」
テネリスが時間ピッタリに集合場所へ赴くと、既に到着していたフミがぱっと笑みを浮かべて手を振ってくる。
「テネリスさん、おはようございますっ!」
「ああ、おはよう」
フミは緑のカーディガンを基調とした、落ち着いていて柔らかみのある装いに身を包んでいた。
一方のテネリスは、サングラスこそ控えることにしたものの、諸々の事情からサイズが大きいフード付きのパーカーに黒いズボンといった、自然な範疇で肌が露出しない服に身を包んでいるので――例えるなら優等生と不良娘のような組み合わせになっている。もちろんだが、フードも被っている。
「それじゃ、早速行きましょうか!」
「ショッピングモール、だったか」
「はい。電車ですぐの距離です!」
先導してフミが歩き始めたので、テネリスも後に続く。
電車というのは確か、汽車の進化形のようなものだったか。こういう、テネリスが触れたことがあるものの延長線にあるようなものならば、比較的すんなりと理解できるのだが。
さて、目的地の駅は歩いて数分程度の場所であった。現代的なガラス張りの駅舎には「こんびに」や喫茶店が入っていて、そこそこの賑わいを見せている。
「これが駅か。私が知っているものより随分と立派だが」
「ここはコンビニといくつか店がありますけど、もっと都会に行くと駅ビルって言って、迷宮みたいになってるところもあるんですよ」
「それは気になるな」
テネリスの知る駅は、木造の駅舎の「列車が止まるところ」でしかないのだが、現代では色々な要素と複合しているらしい。迷宮というのは些か誇張が過ぎるだろうが、いつかその駅ビルとやらにも足を運んでみたいものだ。
「それで、切符はどこで買うのだ?」
「切符って……あの、昔使われたっていう紙のやつですか?」
「……今は無いのか?」
テネリスは指で長方形を作って聞いてきたフミを見て、切符の概念も失せたのだと察した。
「田舎だとあるところもあるって聞いたことがありますが、私は使ったことないですねー。今はこうやって、スマホをかざして改札を通るだけですよ」
そう説明しながらフミが改札の光っている場所に「すまほ」をかざすと、「ピロリン」と電子音が鳴った。
「あっ、でもこれお金がないと通れないんです!お金はありますか?」
「所持金の問題はないが……不思議なものだ」
今回のためにユウジから小遣いを貰っているので、よほど変な事をしない限りは金銭周りの心配はない。テネリスはフミに倣って改札を通過すると、そのままホームへと移動する。
「なんだかテネリスさんって、過去からタイムスリップしてきた人みたいですよね」
「実際、それに近いようなものではあるな。私は色々と目立つから、社会から距離を置いて過ごしていたのだ」
「苦労されてたんですね……ええと、今は用心棒でしたっけ。もしかして、ヘッドハンティングみたいな感じですか?」
「うむ、そんな感じだ」
紆余曲折をすべて省いて結果だけを見るなら、という注釈付きだが。説明も困難だし嘘を言っている訳でもないので、今後似たような質問をされたらこのように答えれば良さそうだ。
そんな会話をしていると、機械的な音声が駅構内に響く。
『――間もなく電車がまいります。危ないですので、黄色い線の内側までお下がりください』
「む、あれは私達が乗る電車ではないか?」
「そうですね!三駅で着くので、あっという間ですよ」
話しているうちに電車が目の前で停車し、ピロピロと音を鳴らしながら扉が開く。中に入ると柔らかいクッションが敷かれた座席が並んでいるほか、壁には広告を表示する液晶が並んでいる。
「……私が知る電車と違いすぎる」
「ふふっ、そんなに歳は離れていないのにこんなにジェネレーションギャップがあるって、何だか不思議な感じですね」
「……そのようだな」
外見年齢で言えばそうだが、実年齢で言えば、フミの先祖の家系図を何世代遡ったらいいかわからないくらいには年齢差がある。
そんな実情を知らないフミはくすくすと笑いながら電車に乗り込み、流れで隣同士、適当な座席に座る。すると間もなく電車が動き始め、一定のリズムを刻んで揺られる。
バスの時もそうだが、人類に恐れられていたヴァンパイアが公共の場に堂々と存在していると思うと、何だか不思議な感覚だ。もちろん、誰もヴァンパイアなど存在しないと思っているからこそなのだろうが。
きっとヴァンパイアが――テネリスが世に受け入れられた暁には、不審者一歩手前の様相でコソコソせずとも、穏やかに暮らせる日が来るのかもしれない。……まあ、公共交通機関を利用するくらいなら、走るなり飛ぶなりすればいいのは変わらないのだが。
そう思いつつふと広告を眺めていると、そこにICOの広告が流れ始めた。最近の功績をアピールして支援を呼びかけ、最後にはお決まりの一言、魔法少女による「私達が皆さんを守ります!」の言葉で締める――もはや常套句である。
「ICOは本当にどこにでもいるのだな」
テネリスがぽつりとつぶやくと、フミがどこか不安げな表情で問いかけてくる。
「……テネリスさんは、魔法少女はお好きですか?」
「好きかどうか?……あまりそういう尺度で考えたことがないな」
確かにテネリスの「すまほ」の検索履歴や視聴履歴には魔法少女がしばしば登場するが、それは己の身を護るための情報収集の一環としてである。世間的には魔物退治を頑張る魔法少女を応援するのが普通の楽しみ方なのだろうが、テネリスはそういう目で魔法少女を見たことは一度たりともない。
「嫌いではないが、好きでもない、といったところか」
「そ、そうですか……」
テネリスの返答を聞いたフミは目に見えてしゅんとしてしまった。彼女は魔法少女のファンなのだろうか。だとしたら少し配慮に欠けていたかもしれない。
テネリスがそう自省していると、フミは自分を指さしてまた尋ねてくる。
「わ、私のことはどう思います?」
「……フミのこと?」
どうして今の流れでフミについて聞く流れになるのか理解できず、テネリスは首を傾げた。するとフミは手をじたばたさせ、弁明するように声を上げる。
「ああいやえっと、私も魔法少女の子達と同じくらいの歳じゃないですか!だからその、もしかしたら私のことも迷惑だったかなあとか――」
「ああ、そういうことなら気にせずともよい」
折角誘い出してくれた相手にそんなことを思わせてはいけない。テネリスはフミの言葉を遮る。
「私は今日を楽しみにしていた。それは紛れもなく事実だ」
「ほ、本当ですか!?よかったぁ……」
「雇い主も、今日友人と出かけると言ったらとても喜んでいたぞ。『現代っ子の常識をしっかり教えてもらえ』とな。まるで私が世間知らずのような扱いだ。酷いと思わぬか?」
「え?あぁ、はい、まあ……」
この反応からして、ユウジの言葉は極めて妥当だったようである。まあ、テネリスも内心薄らとそんな気はしていた。まだ今日は始まったばかりだと言うのに、既に色々と驚いてばかりだったし。
テネリスの心境をよそに、フミはふにふにとした笑みを浮かべる。
「でもそっか、友人……えへへ!」
フミはテネリスと友人になったことが本当に嬉しいようである。そこまで喜んでもらえると嬉しい反面、他に友達がいないのかと訝しみたくもなるが……その辺は後々わかることだろう。
「そういうわけだ。今日は世間知らずな私に、色々と教えてくれると助かる」
「はいっ!色んなところを見て回りましょう!実は色々と行きたいところは考えてたんですけど、まずお洋服を見て、それから――」
テネリスは心地よい電車の揺れに身を委ねつつ、フミの計画に耳を傾けた。




