21 古き吸血鬼は連絡先を交換する
「――テネリス、あれから何かいい考えは浮かんだか?」
「何の話だ?」
部屋に現れるなり唐突に問いかけてくるユウジの言葉に、テネリスは眉を顰めつつ返した。
「ここがダメになったときのことだよ。前に話したろ?」
「ああ……全然考えておらんかった。もう私が護るから、考えなくてもよくないか?」
テネリスはベッドの上で寝転がり、気怠そうな声で返す。真祖としての威厳は、現代技術が詰まった快適な暮らしを通じてすっかり消え失せてしまった。
「あのなぁ……たとえば、俺が血液製剤を入手する伝手が無くなったらどうする?」
「む。そうか、そういうパターンがあるのか」
テネリスは、治療院を外敵から守ってさえいれば今の暮らしは担保されると思っていた。しかし、ユウジもいわば闇医者だ。それなりに危ない橋を渡っている以上、契約が履行できなくなる可能性もあるということだ。
「……患者の血を貰うとか、ダメか?」
「ダメに決まってんだろ。せめて俺の血とかにしろ」
「え、それはなんか嫌だ……」
「別に本気で言ったわけじゃねえが、素で言われると普通にキツイな」
ユウジが勝手に傷ついているが、それはさておき。
とにかく、この治療院以外に生きるためのアテを見つけろといいたいのだろう。究極的にはまた山に帰ればいいのだが、すっかり現代に染まってしまった今、それは最終手段だ。
「まあ、言わんとすることは理解した。本腰を入れて考えてみるとしよう――この漫画を読み終わったらな!」
「……」
白い目を向けてくるユウジをよそに、テネリスは寝返りを打った。
治療院の休業日、テネリスは不審者スタイルに身を固め、日傘を片手に「こんびに」で出会った少女の家に訪れていた。道中で職質されずに済んだのは運がよかったと言う他ない。
「――というわけで、連絡先とやらを交換しに来た」
「わ、わざわざそのために?」
「うむ。面倒をかけるが、頼めるか?」
「は、はい!大丈夫ですよ!」
テネリスが「すまほ」を差し出すと、困惑の表情を見せていた少女はぱっと笑みを浮かべて頷いた。
「……あと、今度からインターホン鳴らしてください。玄関を直接叩かれると、普通に怖いです」
「いんたーほん……?」
「ここのボタンです」
少女はインターホンの位置を指し示してから、玄関先でテネリスの「すまほ」を操作する。
「ええと……あの、『レイン』のアカウント名『鈴木太郎』なんですけど、絶対嘘ですよね、これ?」
「ん?……ああ、その『すまほ』は雇い主から貰ったのでな。もしかしたら色々と変な部分があるかもしれぬ」
「あ、あぁ。雇い主さん、結構独特なセンスされてるんですね。……よし、できました!」
少女は苦笑しつつ、テネリスに「すまほ」を返した。その画面にはユウジに加え、新たに「白鷺フミ」の名前が追加されている。
「これでいつでもお互いに連絡できます!ええっと……」
少女改めフミは、テネリスを見て言い淀む。そういえば、現状フミの中ではテネリスは「鈴木太郎」なのだったか。
「テネリス。私の名前はテネリスだ」
「テネリスさん、ですね。よろしくお願いします!」
「ああ。これからよろしく頼む、フミ」
テネリスが名前を呼んで微笑み返すと、彼女は僅かに顔を赤らめた。
「と、とりあえず折角来てもらったんですし!少し上がっていきませんか?」
「ああ、是非そうさせてもらおう」
テネリスは招かれるままにフミの自宅に足を踏み入れた。その時ふと、ヴァンパイアは家に招かれないと入れないなんて迷信もあったなあ、などとどうでもいい思考が脳裏によぎった。
閑話休題。フミの自宅はややこぢんまりとした一戸建てだ。本来なら家族も住んでいそうなものだが、見た限りその姿は見えない。清掃も行き届いている様子だが、フミの年に見合った生活感はないように思える。
「フミは一人で暮らしているのか?」
「はい。両親や弟が地元で暮らしてるんですけど、私は……ええと、出稼ぎ、みたいな?」
「その年で両親に代わって働いているのか。何の仕事をしているのだ?」
「えっ?あー……その、皆に夢を届ける仕事、ですかね?」
「なるほど」
露骨に言い淀む辺り、フミの仕事は説明が難しいか、あまり大っぴらには言えないものなのかもしれない。それはテネリスも同様なので、追及しないでおくのが賢明だろう。
雑談に興じつつテネリスは上着やサングラスを脱ぎ、椅子に座る。間もなく、フミが台所から飲み物を入れたコップを持ってきた。当然だが、トマトジュースやワインではない。
「それにしても、やっぱりテネリスさんってすごい綺麗ですよね。普段隠してるのがもったいないです!やっぱり、モデルさんとかされてるんですか?」
「いや、ただの用心棒だ」
「用心棒……テネリスさん、すごい強かったですもんね。かっこよかったです!」
フミは手を組んで羨望の眼差しを向けてきた。テネリスはそれを受け流すように、コップに口をつける。
「怖いとは思わなかったのか?」
「びっくりはしましたけど、助けてくれた人を怖がるなんて失礼ですし……むしろ、憧れるなあ、なんて」
「憧れる?」
「はい。守りたいものを守れる、そんな力があるのって、すごいと思います!私もいつか、そんな風になれたらなって」
「見知らぬ私を助けてくれたフミなら、きっとなれるだろう。力を得るには、それに見合った精神力も必要だからな」
「そ、それは褒めて貰えてるんですかね、えへへ……」
フミは照れを誤魔化すようにジュースをくぴくぴと飲み、一呼吸置く。
「ずっと、お礼が言いたかったんです。あの時は助けてくれてありがとうございました」
「なに、別に構わない。その後は大丈夫だったか?」
「はい、全然大丈夫です!……流石に、夜中は外出禁止になっちゃいましたけど」
なるほど、あんな事件があっては外出禁止令が出るのも止むなしだろう。「こんびに」で出会えないのも納得である。
得心するテネリスをよそに、フミが俯きがちに続ける。
「それと、実を言うと……テネリスさんとも接触しないようにって言われてたんです。素性が分からないからと」
「極めて妥当だな」
もしかしたら、フミが己の仕事を誤魔化したのは万が一の時の予防線だったのかもしれない。
だが、そうだとしても気を悪くしたりはしない。むしろ、出会ってからまだ延べ数時間そこらの間柄で何もかも話されたら、そっちの方が心配である。
「でも、私はテネリスさんのこと、悪い人じゃないと思ってます。連絡先も交換しましたし、もう知らない人じゃないです!」
「そ、そうか?」
かなり強引な論理を展開するフミにテネリスは気圧されつつ返した。この信用のハードルの低さは、雛鳥のような危うさを彷彿とさせる。
「余計なお世話だとは思うが、一応言っておこう。信用する相手はよく考えるべきだ」
「勿論、誰にでもこんな風には接しませんよ!……あっそれと、バレたら怒られちゃうので、私達の関係はこっそりとしましょう。こっそりです」
「ああ。別に言いふらす相手も居ないし、それは構わない」
「じゃあ、私達は友達です!よろしくお願いしますね、テネリスさん!」
フミは、喜色を浮かべながらテネリスの冷えた両手を掴んで上下に振った。まさかその手が、真祖のヴァンパイアのものだなんて夢にも思わないだろう。
……こんな純粋な娘が「こっそり」できるのか、テネリスは些か不安を覚えた。




