19 古き吸血鬼はおつかいをこなす
不審者に襲われたあと、私はすぐに警察とICOに連絡しました。すぐに警察やICOの人たちが来てくれて、夜中だというのにあっという間に現場の調査が始まりました。
「――フミちゃん、大丈夫!?」
「あ、マネージャーさん!」
「あなたが襲われたって聞いて、慌てて駆け付けたの……詳しいこと、聞かせてくれる?」
「は、はい。ええと――」
私は順を追って、これまでの出来事を説明しました。
「――つまり、帰宅中に突然襲い掛かられたということね?」
「はい。それで、一緒に居た子が助けてくれたんです」
「一応だけど、不審者と面識は?」
「ないと思います。暗かったですけど、知り合いにあんな人は居なかったはずです」
私が首を振ると、マネージャーさんは手元のメモにペンを走らせました。きっと、あとで警察やICOの皆さんにもこの情報が伝わるのでしょう。
「じゃあ一緒に居た子について、詳しいことはわかる?」
「いえ、コンビニで会って、買い物を手伝ったお礼に家まで送ってくれただけなので、詳しいことは」
「魔法少女でもないの?」
「……わかりません」
その質問の意図は聞かずとも理解できます。
あの不審者は、明らかに人間を辞めたような力を見せていました。そんな力に対抗できる手段は、普通に考えて魔法少女以外にありえません。……が、私はあの子の事を知りません。そもそも、魔法少女に変身する様子もありませんでしたし。
もちろん、私は魔法少女全員の名前を知っているわけではありませんが――綺麗な銀色の髪、吸い込まれるような紅い瞳、独特な口調。もし彼女が魔法少女なら、知らないはずがないのではないでしょうか。
「もしかしたら、野良の可能性もあるかしら……」
マネージャーさんが一つの可能性を口にします。
ICOに属していない魔法少女――通称、野良。そういった魔法少女はわかりやすく例えるなら「不良」とでも言いましょうか。力を行使するための適切な教育を受けておらず、危険な存在として扱われます。
昔はそういった魔法少女も多かったようですが、最近はICOの待遇が良くなったこともあり、ほとんど居なくなったはずですが……。
「確か、外国人の子って言っていたわよね?一応、海外の魔法少女のデータベースも調べてみるわ」
「すみません、お願いします」
魔法少女も魔物も、どういうわけか日本以外では滅多に出現しません。ただ、本当にごくごく稀に海外でも魔法少女や魔物が出現する事例はあるらしく、ICOが各国の政府と提携して魔法少女を管理しているのです。
なので、その名簿に顔写真があれば悩みは解決するのですが……。
「それにしても、よかったわ」
「え?」
「あなたが人に向かって魔法を撃たなかったことよ。よく我慢したわね」
――魔法少女は人に向けて魔法で攻撃してはいけない。
これは、魔法少女が厳守するべきルールとして必ず教わることです。これは、人を守るためでもあり、私達が「殺人者」にならないようにするための大切なルールです。
今回もきっと、魔法を使って不審者を撃退していたら大変なことになっていたに違いありません。それがたとえ、正当防衛であっても。でも、私には少し引っ掛かることがあります。
「……結果的に私は何もしていません。でも、あの不審者は魔物のような力を使っているように見えました。もし私だけで対処するなら、どうするのが正解だったんですか?」
「それは……わからないけれど。もし世間がフミちゃんの敵になりそうな時は、私が最大限働きかけるわ」
「あ、ありがとうございます」
唐突に難しい質問をしても、マネージャーさんは柔らかな笑みを浮かべて返してくれました。明らかに誤魔化されていますが……。
「ともかく……しばらくは安全第一で動くことにしましょう。一人での行動はもちろん、フミちゃんを守ってくれたって子にも、接触しようとするのは控えてくれるかしら」
「え?」
「相手が野良の可能性がある以上、安易な接触は危険よ」
マネージャーさんは淡々と私に指示を出しながらスケジュール表を取り出しました。
「それと、明日の仕事はキャンセルしておくし、今後、夜までかかる仕事の予定は入れないようにするわ」
「そ、そんな」
明日が休みになるのはちょっと嬉しいけど、仕事が減るのは困る……!
「大丈夫、ご両親やフミちゃんのファンには私の方から説明しておくし、それを理由にお給料が減ったりもしないから。貴方は魔法少女である前に、一人の女の子なの。今日はもう休みなさい」
「え、あ、はい……」
マネージャーさんが部屋を出て、また一人になりました。私はベッドに身を投げるように横になり、天井を見つめます。静かな部屋に、外で調査をしている人たちの話し声が薄らと聞こえてきます。
あの時、多少強引にでも連絡先の交換だけでもできていたら……いや、それ以前に名前を聞くだけでもよかった。どこかで私が一歩踏み込むだけで、こんなに悩むことは無かったかもしれないのに。
そしたら、きっとまたあの子に色々なことを教えてあげて、もっと仲良くなれて――。
「……あれ?もしかして、ICOを知らなかったりするのかな……」
そんなわけはないと一蹴したい。でも、スマホの使い方もおぼつかない、レジ前で立ち尽くすあの子なら「ICOとは何だ?」と言うところが簡単に脳内再生できてしまう……!
「はぁ……せめてお礼だけでも、言いたいなあ……」
まぶたを閉じると、一瞬だけ見ることができたあの子の素顔がフラッシュバックして、眠れなくなってしまいました。
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「……誰かが私の噂をしていた気がする」
「どうした、風邪か?」
「まさか。真祖が風邪をひくなどあり得ない」
「そうかい」
「それよりも見ろ。私は無事におつかいをこなしたぞ!」
早朝に起きてきたユウジに、テネリスは「こんびに」で買ったものが入った袋を広げ、得意げに示した。
「そうみたいだな……今後は、お前に色々頼んでいいかもしれないな」
「ほう。真祖たる私を使い走りにするとは、随分といい度胸をしているな」
「場合によっては、報酬の上乗せも検討するが」
「明日の買い物リストはあるか?」
「……お前、真祖としてそれでいいのか……?」
ユウジはテネリスに白い目を向けた。
だがテネリスは、治療院の環境とヴァンパイアの真祖の矜持を天秤にかけ、冷静に思考を巡らせただけ――これは極めて理性的な判断の末の返答であり、責められる謂れはない。
「それはそうと、よく一発で親分コーヒーが分かったな。俺が頼んでいて何だが、別の変なコーヒーを買ってくる覚悟もしていた」
「ああそれなら、偶然居合わせた少女に買い物を手伝ってもらったのだ」
「なるほど、通りで」
「その礼に、家まで送り届けたりもしたな」
「ヴァンパイアが家に着いて行ったって……洒落にならんな」
「勿論、襲い掛かったりはしていないぞ。私は、理性ある真祖だからな」
「はいはい」
胸に手を当てて誇るテネリスを後目に、ユウジは興味無さそうな声を上げながらサンドイッチの包装を剥がし、ボトルに入った水に口をつけた。
「ああただ、襲われはしたな」
「ゴフッ……」
事もなげに呟いたテネリスの言葉に、ユウジがむせて咳き込む。
「おま、どうしてっ、それを最初に言わない……っ」
「む?いやな、治安が悪化したというのはお前が言っていたことだろう。この程度、日常なのであろう?」
「そんなわけねえだろ!」
魔物や魔法少女がいる世界で、その辺の人間も護身用に銃を持っている時代だ。だからこそ大したことでもないのかと思っていたのだが、ユウジの反応からしてそういうことではないらしい。
「どうして襲われたんだ。お前の姿を見られたか?」
「いや。よくわからんイチャモンをつけられて、憎いだ何だと喚きながら暴れたから殴り倒した。ついでに武器らしき触手ももいでおいた。不審者を殴り倒していいと言ったのは、ユウジだろう?」
「それはそうだが……触手?」
「ああ。もいだら静かになったぞ」
「即座にその判断を下せるお前が恐ろしいな」
「まあ、真祖だからな」
取って付けたようなテネリスの真祖アピールに、ユウジは乾いた笑いを零した。




