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善き吸血鬼は血を求める  作者: 岬 葉


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18 古き吸血鬼は少女を家に送る

「――コンビニって、ある程度どこの棚に何があるか決まってるんですよ」


「そうなのだな」


 テネリスは少女と共にコンビニ内を巡る。


 するとどうだろうか。テネリス一人で商品を探していた時間は何だったのやら、次々に目的のものが見つかり、あっという間に買い物カゴが満たされていく。


「親分コーヒーって言うのは、缶コーヒーのブランドの一つです。他にも色々あるんですよ」


「……そのようだな」


 多種多様な缶やボトルが並んだ冷蔵庫は壮観である。真祖たるテネリスをして、目的の物を探すのが面倒だと思う程度には。


 だから、早々に見切りをつけて少女に助けを求めたのは実に良い判断であった。変に真祖の矜持が何だと言って意気地になっていたら、テネリスは朝までコンビニという迷宮に閉じ込められていたに違いない。


「普通の人間は寝るような時間だろうに、わざわざ付き合わせてしまったな。おかげであっという間に欲しいものが見つかった。感謝しようぞ」


「いえいえ、困っている人を助けるのは当然のことですから!」


 テネリスが礼を告げると、少女は柔らかな笑みを浮かべた。最初に声を掛けた時の警戒が嘘かのようである。


「でも……欲しいものは買わなくていいんですか?」


「欲しいもの?」


「メッセージのお相手の方、好きな物を買っていいって言ってませんでした?」


 少女がテネリスの「すまほ」を指す。その画面にはユウジから送られてきた買い物リストのメッセージが映っている。


「ああ……いや、正直思いつくものが無くての。無理に買わなくてもいいだろう?」


「それはそうですけど……無駄遣いしないなんて偉いですね」


「そんな殊勝なことではあるまい」


 テネリスはにべもなく返すと、籠を持ってレジへと向かった。少女もテネリスの買い物に付き合うついでに目的の商品は手に取っていたので、自然と一緒に向かう形になる。


 慣れた手つきで無人レジを操作する少女とは対照的に、テネリスは未知の機械を前に呆然と立ち尽くしていた。


「……ええと、お会計も一緒にやりましょうか?」


 見かねた少女の言葉に、テネリスは恥を忍んで頷いた。




「――結局、何から何まで付き合わせてしまったな」


「いえいえ、初めてだとわからなくて難しいですよ、アレ」


 少女は手をワタワタと振って慰めるが、あの手の機械を操作できるのはもはや常識であることをテネリスは知っている。何故なら、以前ユウジと買い物をしたとき、どこに行っても当然のように無人レジが存在したからだ。


「流石に何か礼をしないと気が済まぬな。家まで送ってやろうぞ」


「え、そんな、悪いですよ!」


「私は恩は返す主義なのでな」


 例えば血を対価に遭難した人間を街へ届けるとか、そんなのが典型である。巷では血の契約などと表現されることもあるが、そんな大層なものではない。


「それに、こんな時間にお前のような子供が一人というのは危険だろう」


「そ、それは貴方もそうだと思いますけど……?」


「私は大丈夫だ。強いからな」


「そ、それを言ったら私も、強いですよ!……い、一応……」


 少女はテネリスに食って掛かるが、どう見ても小動物の威嚇のそれである。テネリスはふっと笑みを浮かべると、片手でサングラスを上げ、紅い瞳を覗かせながら少女に手を差し出した。


「強がらずとも、別に家に上がったり、襲ったりはせん。さあ、行こうぞ」


「え、は、はい……」


 少女は顔を赤らめながらテネリスの手を取った。




 真祖と人間という奇妙な二人組は、仄暗い街の中を歩いた。


 少女の家は治療院とは真逆の方角ではあるものの、コンビニからそう遠くない位置にあった。故に、互いに踏み込まない無難な雑談を数回交わした程度で目的地まで到着した。


「さて、無事送り届けたから私は失礼しよう。よき夜を過ごすがよい」


「あ、あのっ!」


 一仕事終えたテネリスが淡泊に別れの挨拶を告げると、少女がテネリスの腕を掴んで引き留める。


「も、もしよかったら連絡先を交換しませんか?」


「……連絡先、を、交換……??」


「……ええと、『レイン』ってわかります?チャットツールの一つなんですけど――」


「何を言っているのかサッパリだ」


 目が点になったテネリスを見て、少女は諦めたように説明を始めた。


 まだ出会ってから三十分そこらしか経っていないにもかかわらず、テネリスの常軌を逸した機械音痴はすっかりバレてしまっているようである。


 一抹の不甲斐なさを覚えつつ、少女に言われるがままに「すまほ」を取り出して操作していたテネリスだが、ふと不穏な空気を感じて顔を上げる。


 そして、マンションや住宅が立ち並ぶ中、十数メートルほど離れた街灯の下で、一人の男がこちらを見ていることに気が付いた。全身を覆うようなコートに身を包んだその男は、テネリスと目が合ってからも、その視線を動かさない。


「そしたら次はQRコードを――」


「待て」


「え、QRコードの説明も必要ですか?」


「ああ……いや、違う」


 QRコードのことがよくわからないテネリスは、困惑する少女を下がらせて前に立つ。


「妙な男に目をつけられているのだが、心当たりはあるか?」


「えっ……いえ。ないです、けど……」


 少女がテネリスの背後から顔を覗かせて困惑の声を上げる傍ら、男は一歩、また一歩とテネリス達との距離を詰めてきている。


「おい、そこの。それ以上近づくならこちらも相応の対応をせねばならん」


「……気に入らねえ」


「うん?」


 テネリスはぶつぶつと何やら呟いている男の言葉に耳を傾ける。


「俺の視界で仲良くしやがって、気に入らねえ。ぶち壊してやる……」


「なるほど、会話は通じないと見える。つまりお前は立派な不審者であり、これは正当防衛と言えるな。……とうっ」


 聞くだけ無駄だったとテネリスは腕を組んで頷くと、一切の躊躇もなく男を蹴り飛ばした。男は大きく吹き飛び、塀に体を埋める。


 そんなテネリスの暴挙に少女は声を上げる。


「えぇっ!?ちょ、ちょっと、何してるんですか!?やりすぎじゃないですか!?」


「何を言うか。向こうに害意があったのは明らかだったであろう?敵に情けを掛けたところで、付け入る隙を与えるだけだ」


「それはそうかもしれませんけど……って、何ですか、あれ……!」


 震える少女の言葉に再び男の方に目をやると、コートの中から何本もベルトのような触手を生やした男が立っていた。


 鞭のようにしなる触手が地面を叩くと、銃弾を撃ち込んだかのように亀裂が走る。その様子から、あの触手に当たったら只では済まないだろうことが窺えた。


 そんな触手の持ち主である男の表情は憤怒に染まっており、もはや一切の理性が残されていない。異形と化した男は人間の身体能力をはるかに超越した速度でテネリスに迫る。


「ウオオォォ!憎イ、オ前、許サナイ!!」


「喧しいな、大人しくしておれ」


「グハァ!?」


 が、元々人外のテネリスには何の問題もなかった。


 恐ろしい異形は、テネリスのげんこつ一つで道路に埋まった。


「まったく。唐突に得た力と感情に振り回され過ぎだ。この腕は没収する」


「ナ、ナニヲ、ヤメ……」


 どうせ、またテネリスの知らない新技術か何かで体を改造し、目をつけた少女を襲おうとしていたとか、そんなところだろう。


 テネリスは容赦なく男の触手をぶちぶちと奪い取り、その辺に放り捨てた。異形となった男はしばらく何か喘ぎ苦しむ声を上げていたが、そのうちすっかり静かになってしまった。


「まったく。治安が悪くなったとは聞いたが、ここまでとはな。……おい、大丈夫か?」


「え?あ、はい。えっと……えぇ……?」


 少女は困惑の声を上げていた。無理もないだろう、不審者が異形となって襲ってきたのだから、幼気な少女であれば恐怖を覚えるのも無理はない。


「私が一緒でよかったな。私が色々付き合わせたせいとはいえ、子供は本来寝ている時間なのだ。早く帰るといい。私も雇い主が心配するだろうから、そろそろ帰る。ではな」


「え?ちょ、ちょっと――」


 テネリスは言い残すと、少女の制止をよそにその場を立ち去った。




「――連絡先の交換とやら、忘れておったな……」


 テネリスがその事実に気が付いたのは、治療院に戻って「すまほ」を取り出した時のことだった。

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