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善き吸血鬼は血を求める  作者: 岬 葉


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17 古き吸血鬼はおつかいに出かける

「――テネリス、ここの暮らしには慣れたか?」


「ああ」


 治療院の営業が終わった後、ユウジがふと声を掛けてくる。


 この治療院に潜り込んでからというもの、テネリスは実に穏やかな日々を過ごしていた。


「何せ、寝て起きるだけだからな。慣れるも何もない」


 そう、先日患者の顔を机に叩きつけて以来、テネリスの力が必要となる場面は一度たりとも発生しなかったのである。


「だが、手伝いはしてくれているだろ?」


「何もしていないからと、報酬が貰えないのは困るからな」


「そんなことを考えていたのか……」


 ユウジの手伝いというのは、患者の呼び出しや見送りなどの実に細々としたものだ。ある時は、注射を頑張った子供に飴をあげたりもしたか。


 慣れないことをしている自覚はあったが、報酬を得るための点数稼ぎと思えば何の苦も無かった。テネリスは世間的にかなりズレているが、少し愛想をよくする程度であればボロが出ることも無い。


「言い方は悪いが、お前は武器みたいなものだ。その力を使う場面が無いに越したことは無いし、恐ろしいヴァンパイアだろうがぐうたら娘だろうが、約束は守る」


「本当か?」


「勿論だ。ほら、今週分だ」


「……感謝する」


 ユウジはそういうと、おもむろに冷蔵庫から血液製剤を取り出した。医療関係者が見たら卒倒しそうな管理の杜撰さだが、それを咎める者はこの場には居ない。


 テネリスは血液製剤を受け取ると、両手で抱きしめた。冷蔵庫で冷えたパックがとても愛おしい。


「それに、お前はすっかりここの看板娘だ。患者からの評判もいいんだぞ?『会えた日はラッキーな気分になれる』ってな」


「半ば気まぐれだったが、好評ならいい……のか?いまいち反応に困るな」


 テネリスは首を傾げた。


 これが人気商売や商店の類だったらよかったのだろうが、ここは怪我や病を患って初めて用事ができる施設である。テネリス目当てに来るような患者が現れることがあれば……脳か精神辺りの検査を薦めるべきか。


「素直に喜んでおけばいい。それに顔見知りがいれば、ここ以外の別の拠り所を探す足がかりにもなる」


「なんだ?私を放逐する予定でもあるのか」


「そういう意味じゃないが」


 目を細めたテネリスに対し、ユウジが即座に否定する。


「万が一この治療院がダメになったりしたときのことを考えろ。またこの間みたいに血眼になって街を彷徨うことになるなんて、御免だろ?」


「それは……そうだな。理性を失うのは、私にとって一番の屈辱だ」


「それは結構。さて、そんなお前に一つおつかいを頼もう」


「む、何だ?」


 テネリスが首を傾げると、ユウジがおもむろに冷蔵庫を開き、中を指し示す。


「冷蔵庫の中身が殆ど無いんだ。後でリストを送るから、近所のコンビニで買ってきてくれ。この間、買い物のやり方は見せただろ?」


「なるほど、街に溶け込む練習の一環というわけだな。いいだろう」


 二つ返事でユウジの頼みを引き受けたテネリスは、手早く服のポケットに「すまほ」を入れ、上着に帽子、サングラスを身に着け、治療院を発った。




「やはり夜の空気はいいな。気分が落ち着く」


 ユウジと会ってからは殆ど治療院に引き籠っていたので、一人で行動することはおろか、夜に外を歩くという行為すら久しかった。


 テネリスは何とも言えない感慨を覚えながら深夜の街を歩き、「こんびに」に到着した。


「それで、何を買えばよいのだったか……」


 テネリスが「すまほ」を取り出してぽちぽちと操作すると、いつの間にかユウジから連絡が来ていることに気が付いた。内容は勿論、彼が買ってきて欲しいもの一覧である。


「親分ブランドの缶コーヒー、適当な水、適当なサンドイッチ、適当なカップ麺、レトルト米、その他諸々……結構多い上に適当だな。というか親分ブランドって何だ……」


 早速げんなりしつつリストの最後まで目を通すと末尾に「何か欲しいものがあれば好きに買っていい。ただし値段は見ること。不審者に遭ったら躊躇わずに殴り倒せ」と添え書きがあった。


「欲しいものか……中々難しいな」


 思考を巡らせるテネリスだが、どうあがいても終着点には「血」という単語が待っている。


 もう少し人間に寄り添った欲を用意せねばならない。これまでの独り暮らしでは暇潰しのためによく本を読んだりしていたし、やはり書籍を買うのが無難だろうか。


「まあ、見ていれば何かしら見つかるか」


 テネリスは籠を手に取って店内を見回し、あちこち回っていく。


 ――が、全然見つからない。


「参ったな……」


 残念なことに、このコンビニは無人の施設だ。一緒にリストを見て品物の在処を教えてくれる店員はどこにもいない。それに時間が時間なので、客も居ない。


 面倒だが、時間をかけてユウジにメッセージを送るべきか。テネリスが籠を片手に右往左往していると、入口が開き、来客を知らせる音楽が店内に響く。


 仕方がないので、ここは恥を忍んで教えを請おう――そう思って客の方に目をやると、そこにいたのはテネリスと外見年齢がほぼ同じくらいの少女だった。


「こんな時間に子供が外を歩いていていいのか?」


「えっ?な、何ですか?……誰ですか?」


 思わず口にしたテネリスを見て、客の少女は表情を強張らせ、困惑の声を上げた。


 そう、今のテネリスは、帽子・サングラス・体型が分からない上着の三点セットで身を固めているので、不審者以外の何者でもないのである。


「待て、警戒する必要はないぞ。私も似たようなものだからな」


 ――少なくとも外見年齢は。


 そう内心付け加えながら、テネリスはサングラスと帽子を取り、警戒する必要が無いことを示す。と、今度の少女は惚けた表情になる。


「き、綺麗……」


「どうした。まだ私が怪しいか?」


「え?あ、す、すみません!何でもないです!」


 少女は手をわたわたと振るが、ひとまず逃げられることは無くなったようだ。安堵したテネリスは再び帽子とサングラスを着け直し、少女に向きなおる。


「ならよかった。悪いのだが、少し助けて欲しいのだ」


「どうしたんですか?」


「買い物を頼まれたのだが、生憎とどこに何があるのか全然わからないのだ……」


 テネリスは少女に向けて「すまほ」を見せた。


「わ、大変ですね……あの、外国人の方ですよね?日本語、上手ですね!」


「ん?ああ……」


 この国で過ごした期間で言ったら、その辺の大人よりよほど長い可能性もあるが。まあ、世間知らずを誤魔化す上で、外国人だと主張するのは良い方便になりそうだ。


「そうなのだ。一緒に探してくれないか?」


「いいですよ!」


 きっと面倒だろうに、少女は柔らかな笑みを浮かべてテネリスの頼みを快諾した。偶々居合わせた客がこの少女でよかったと、テネリスは内心安堵した。

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