16 古き吸血鬼は一仕事やり遂げる
「――ICOと私達魔法少女が、皆を守ります!」
「…………」
静かな待合室に魔法少女……厳密にはICOの広報映像が流れる。
彼らの言うところの「皆」に入らないテネリスは、椅子にぐでっと座り、死んだ目でそれを眺めていた。
片目でぽつぽつとやってくる患者の様子を眺めつつ、ぼうっとテレビを眺めているだけで夕方になってしまった。人間的感覚で言うなら、特に理由もなく夜更かししたようなものだろうか。
とはいえ、テレビを通して現代社会をある程度知ることが出来たので、収穫全く無いわけではない。
例えば、ニュース番組で魔物の出現予報がされていたことなんかはその典型だろう。図書館で収集した情報の中に、ICOが魔物の出現予測をできるといった話があったが、かなり具体的な予想が可能になっているようである。
あるいは、魔物討伐数ランキングだとか、新人魔法少女の体力比較競争だとか、密着取材だとか。どこの番組に切り替えても、必ずどこかに魔法少女が存在している。
既にこの世界は「魔物」と「魔法少女」という存在を受け入れているのだ。置いて行かれているのは、テネリスだけなのだ。
「よくもまあ、今までこんな世界を知らずにいられたものだな」
散々人間の事を警戒していたツケがこんな形で回ってくるとは。テネリスは自嘲した。
その様子を見てか、客足が途絶えて暇になったのだろう、ユウジが受付から声を掛けてきた。
「お前がずっと山に籠ってたのは、何か理由でもあったのか?」
「理由?ああ、そうだな――」
テネリスはだらけた姿勢を正し、神妙な表情をつくる。
――正直言うと、ない。本当にない。
今まではどんなに変な場所に住んでいても年に数回は人間に会えていた。だから今回も、ひたすら待てば会えるだろう――そう思っているうちに三年、五年、七年と時が経っていっただけなのだ。
その間、雨にも負けず、風にも負けず、ボロボロの小屋を補修しながらまだ見ぬ人間を待ち続けていたのだ。
つまり一言で言うなら、テネリスを極限状態に追いやったのは、しょうもないサンクコスト効果のせいである。
が、何が悲しくてそんなことを正直に言う必要があるだろうか。
「……私が暮らしていた小屋には、忘れてはならない思い出があったのだ」
決して嘘ではない。そこには確かに、必死にログハウスを補修して人間を待ち続けた、とても苦い思い出があったのだから。
「そうか。悪い、余計なことを思い出させちまったな」
「別に構わぬ」
きっと「思い出のログハウス」は、次に台風でも来たらバラバラになることだろう。その前に、一度帰ってなけなしの私物を回収するくらいはしてもいいかもしれない。
「ところでユウジ、一ついいか」
「何かあったか?」
「いや、大した話ではないのだが」
テネリスはテレビに映った、魔物に向けて「必殺技」を繰り出す魔法少女の姿を指さす。
「魔物はいいとして、魔法少女も大概街を破壊している気がするのだが……誰も気にしないのか?」
それこそテネリスを追い込んだユキの魔法もその一つだ。マンションを破壊する吹雪など、都市の真ん中で発動したら何が起こるか分かったものではない。
そんな疑問に対し、ユウジはああ、と相槌を打つ。
「勿論、皆気にしてるさ。だが魔物を放置しておくわけにもいかないし、被害の補償はICOが受け持っているってことで、皆割り切っているんだ」
「中々にやるせない話だな」
「まあな。汚い話、ICOが率先して魔法少女をテレビやら何やらで活躍させるのは、世間からの支持を得るための戦略なんだ」
「……ふむ?」
「ヴァンパイアには難しい話だ。そのうち分かる日が来る」
「面倒になって投げたな」
まあ、詳しく話されてもややこしそうだし、掘り下げる気もなかったが。テネリスは再びテレビを眺める時間に戻ることにした。
「おい、話が違うじゃないか!」
待合室で居眠りしていたテネリスは、突然の叫び声に目を覚ました。
声がした方へ目をやると、ユウジの胸倉に掴みかかり、激昂している男がいた。その顔には、若干青みがかった不思議な色合いの傷跡がついている。
「おいおい落ち着け、処方前に注意はしたはずだぞ」
「知るか!この薬を飲めば『魔痕』が治ると言っただろう!」
「言ってないぞ。『動物実験で効果は確かめられたが、人間ではまだ検証が済んでいない』と説明した。他諸々の注意を全部話したうえで、アンタは確かに同意書に署名をしている」
「そんなものは捏造だ!」
「なら改めて説明をするから、この手を放してくれるか?」
ユウジは体を揺さぶられながら、興奮した男の手を抑えて気怠そうに告げた。その目はテネリスの方に向けられている。
「冷静になれないなら、こっちも相応の対応をさせてもらうぞ」
「相応の対応?それはこっちのセリフだ!所詮はヤブ医者、こっちだって強硬手段に――」
「忠告はしたからな。テネリス、頼めるか」
ユウジは、立ち上がって興奮する男の真後ろに控えていたテネリスに声を掛ける。
「わかった。何割ぐらいがいい?」
「……一割で」
「あ?何だこのガキ――」
テネリスは男の後頭部に手を置き、そのまま受付の机に押し倒した。ゴシャリという鈍い音と共に、男は机にめり込んで動かなくなった。
「静かになったぞ」
「……次からは、この半分の半分くらいの力でいいかもしれん」
「そうか?」
再び静寂を取り戻した待合室で、テネリスは首を傾げた。
幸いというべきかはわからないが、テネリスが「対処」した男は、応急処置を受けて帰宅させられた。
「いきなり出番が来るとは思わなかったが、ともあれ、助かった」
「契約だからな。ところでさっきの男が言っていた『魔痕』とは何だ?」
「魔法少女以外が魔物に噛まれたり、刺されたりしてつく傷のことだ。さっきの患者の顔に、青っぽい傷があっただろ?」
「確かにあったな。なるほど、あれが『魔痕』か」
「ああ。重傷だと、亀裂から見える肌が夜空みたいに光ったりする。これが中々治らなくてな……痛みを抑える形での治療法はあるんだが、傷を消す方法はまだ確立してないんだ」
ユウジはコーヒーを淹れながらテネリスの問いに答える。
「それと一応言っておくが、別に人間じゃなくなったり、血まで青くなったりするわけではない。そこは安心してくれ」
「ああ、一番の懸念が解消されて心底安心だ。ちなみに『魔痕』はヴァンパイアにもつくのか?」
「知らん」
テネリスの無茶振りに近い問いをユウジは一蹴した。
まあ、真祖の再生力を活かせば最悪どうとでもなるだろう。図書館で得た情報と合わせて、「魔痕」のことも頭の片隅に入れておくことにした。
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包帯が巻かれ、ズキズキと痛む頭を押さえながら俺は路地裏を歩いていた。やり場のない怒りと、惨めな自分に対する嫌悪感が胸中に渦巻く。
「――俺はただこの傷が治したかっただけなのに……!」
俺の平穏な暮らしを奪った魔物が憎い。
俺の故郷を更地にした魔法少女が憎い。
俺を騙したあのヤブ医者が憎い。
俺をこんな目に遭わせたあのガキが憎い。
世界が、全てが憎い。
増幅していく怒りに身を任せて歩いていると、向かいから歩いてきていた人影にぶつかって姿勢が崩れる。
「ッチ、どこ見て歩いてやがる!」
「あら、ごめんなさい」
その人影は、黒いフードに身を包んでいた。フードから覗いている口や体型、声から辛うじて女だと判断できたが、明らかに只者ではない。一般人の俺ですら一瞬でそう判断できる。
まさか、関わるべきでない人種に関わってしまったか――相手のあまりの怪しさに、怒りという酒の酔いが一瞬で醒めるかのような気分だった。
「貴方、いい目をしているわね」
「あ?」
あまりに唐突な言葉に、俺は思わず怪訝な声を上げた。
「私、貴方みたいな人を探していたの」
「……俺を?」
「そう。貴方、この世界が嫌いでしょ?今の自分が置かれている状況が、受け入れられない。違う?」
「……そうだ」
俺の口から自然と言葉が漏れていた。その返事に、女は両手を合わせ、喜色の笑みを浮かべる。
「もし貴方を苦しめた全てに復讐できるとしたら……どう思う?」
「そんなことが、できるのか?」
「ええ!私についてきてくれたら、貴方に最高の夢を見せてあげられるわ。どう、興味ない?」
「……」
女が手を差し出してくる。
この手を握れば、きっと何かが変わる――それも、破滅的な方向へ。きっと引き返すことはできないと、直感が告げている。
だが、俺にはもう大したものは残されていない。このまま帰って惨めに燻るくらいなら、この手を取ったほうがまだマシな思いができるかもしれない。
「……詳しい話を、聞かせてくれ」
俺は女の手を取って、街の暗闇に消えた。




