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善き吸血鬼は血を求める  作者: 岬 葉


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15 古き吸血鬼は仕事を見学する

 この治療院の事を説明された後、テネリスはユウジの仕事を見学することにした。


 よほどのことが無ければ出番が無いとはいえ、ある程度護衛対象の仕事を知っておく必要はあるだろう。単純に、人間の営みを間近で見る機会が少なかったから物珍しさ、というのもあるが。


「先に説明しておくと、手術台を使うような治療は滅多にない。基本的には話して、薬渡して、それで終わりだ」


「先ほど聞いた通りだな。病床は使うのか?」


「それも、よほどの事がない限りは使わない。個人病院だから、十分に面倒を見る余裕もないしな。少なくとも、お前の部屋はお前の部屋として使っていい」


「それはありがたいな」


 要するに、テネリスの私物を置いたりしてもいいということだろう。今後私物が増える予定も無いが、貰えるものが多いに越したことはない。


「それと、職員用の制服も足りないから……そうだな、未使用の白衣を羽織っておけ。サイズはデカいが……まあ、大は小を兼ねるって言うしな。お前の妙な技で改造するのは禁止だ」


「わかった」


 テネリスは素直に言われた通り、ぶかぶかの白衣を纏ってユウジと共に待合室へ移動し、玄関の施錠を解除して営業開始だ。


 そうして少しすると、早速患者がやってくる。この治療院の特殊性も相まって距離感が近いのだろう、彼はテネリスを一瞥するなり、まるで友人のようにユウジに声を掛ける。


「やあ日隠先生。新しく人を雇ったのかい」


「ああ、と言っても警備員みたいなものだ。見学したいというから隣に控えさせているが、このまま診察に移っても大丈夫か?嫌なら下がらせるが」


「いや構わねえさ。不愛想な男を見ているよりよっぽどいい。お嬢さん、お名前を聞いてもいいかい?」


「テネリスだ」


「そうかぁ、そんな齢で働くなんて偉いなあ!」


「どうも」


 ――こちとら、お前の十倍以上年上なんだが。


 まるで孫に接する叔父のような声を上げる患者の男に、テネリスは冷めた視線で会釈した。


「盛り上がっているようだしこいつに診察を任せようか。何があっても、俺は絶対に責任を取らんが」


「おいおい、そりゃないぜ」


 それなりの齢の男が二人、テネリスを放って盛り上がる。疎外感などは感じないが、「何を見せられているんだろう」という気分にはなる。


 その間にもユウジは慣れた手つきで手元に資料を纏め、さっさと患者を診察室へ通す。


「処方しているのは心臓病の薬だったな。前回から体調に変わりは?」


「少し楽になった気がするよ。ただ、たまに急に眠くなる時があるな」


「副作用だな……薬を飲んだ直後の運転や作業は控えるように。じゃあ、いつもの流れで調べていくぞ」


 ユウジは洗練された動きで心拍音を聞いたり、血圧を測らせたりと、そこまで調べる必要があるのかと思うほど念入りに身体を調べていく。


「さて、次は採血……あー……」


 ユウジが採血用の道具を持ったままテネリスを見る。彼の言わんとすることを察したのか、患者も口を開く。


「ああ、お嬢さんみたいな小さい子が血を見るのは怖いかな?」


「……気にするな。私は大丈夫だ」


 テネリスが首を振って続きを促すと、ユウジは訝し気に思いつつも採血を始めた。


 患者の腕に針が刺さり、そこから採取された血液が透明な管を通る。


 新鮮で、程よく赤黒く、のど越しもよさそうな、とても、とても美味しそうな血だ。あの管の行きつく先がテネリスの口であれば、どれだけよかったことだろうか。


「おい、終わったぞ。目がヤバいことになってるぞ、大丈夫か?」


「ん?……ああ、平気だ。美味しそうだなんて、これっぽっちも」


 意識が変な方向にトリップしかけていたテネリスは、ユウジの声で意識を戻した。




 その後はつつがなく検査が進み、薬を渡し、患者を見送って無事に診察は終了した。


 患者の男曰く、「採血の時だけ狩人みたいな目になっていて、命の危機を感じた」そうだ。テネリスが血を見るのは怖くないが、血を見るテネリスは怖いらしい。


「お前、今度から採血だけ立ち合い禁止だ」


「いやしかし、襲わなかったのだから別に良いだろう?」


「ダメだ。患者に不安を与える要素は排除する必要がある」


「むう、仕方あるまいな……」


 極めて妥当な判断を下したユウジの言葉に、テネリスは渋々納得した。


「ただ、大体の流れはわかっただろ?基本的にずっとあんな感じだし、何かあればまた声を掛ける。それまで適当に寛いでいてくれ」


「わかった、そうさせてもらおう」


 テネリスは待合室の隅に座り、適当に雑誌を読んで過ごした。するとユウジがテレビを着けてもいいと「りもこん」を手渡してきたので、テネリスの興味はそちらに移る。


「『すまほ』もそうだが、随分と画面が綺麗になったものだな……」


 テネリスは「りもこん」を操作してぽちぽちと番組を切り替えていく。


 何かと時代に置いて行かれているテネリスだが、テレビに関する知識は一応持ち合わせていた。と言ってもまだブラウン管だったころの話で、こんな薄くて大きい画面は初めてだ。


 そこに鮮明に映し出される映像はまるで本物のようだ。


 最近の事件や出来事を報じるニュース、美味しそうな食事を食べて感想を告げる人間、シリアスな人間関係を表現する演劇、殺人現場を調査する刑事、返り血がべったりと付着した鉈を片手に、悲鳴を上げて逃げまどう人間を追い立てる仮面の男――。


「――おいお前、病院でなんてもん流してやがる!」


「あいたッ!?」


 ユウジがテネリスの頭をボードで叩く。


 画面の向こう側の世界に完全に気を取られ油断していたとはいえ、真祖のヴァンパイアの頭に一撃を加えるという暴挙に、テネリスは目を白黒させた。


「な、何をするのだ!?」


「テレビで血を見ようとするな」


「そ、そんな。しかし」


「どうしてもというなら、料理番組で我慢しろ」


 ユウジはそう言うと、「りもこん」を手に取って容赦なく画面を切り替えた。映し出されるのは、美しい赤身の牛肉が鉄板の上で焼ける様子である。


「……これでは味気ない」


「味気あったらダメなんだよ」


 ユウジは深くため息をつく。


「少なくとも営業時間中は止めろ。お前が血を見ている時の目、マジでヤバいからな」


「無礼な。私は理性ある者だ。見境なく暴れたりはしない」


「理性ある者なら、是非時と場合も考えてくれ」


「むう……」


 叱るユウジの言葉に、テネリスは渋々頷いた。


 ヴァンパイア相手にも臆さないとは言っていたが、真祖たるテネリスを子供のように叱りつけるのは、あまりにも肝が据わりすぎである。

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