14 古き吸血鬼は治療院の裏事情を知る
「……寝過ごしたか」
テネリスが起床したのは深夜であった。ヴァンパイアは夕方が人間で言うところの朝なので、感覚的には昼まで寝ていたようなものだ。
テネリスはベッドに放置していた「すまほ」に手を伸ばし、今の時間を確認しようと試みる。
「む?何も表示されないではないか……」
テネリスはぺたぺたと画面を触り、うんともすんとも言わない「すまほ」を愕然と眺める。
「まさか、壊れてしまったのか……!?」
寝ている間に潰してしまったのか、何か変な操作をしたのか――テネリスの脳内であれこれ考えたが、わからないものはわからない。
「ううむ、ユウジに謝らねばならんな……」
テネリスは一抹の後悔を覚えつつ、ベッドから立ち上がって治療院内を徘徊する。どこも緑色の非常灯が光るばかりで、ユウジの自室と思しき部屋からはいびきが聞こえてきた。
ヴァンパイアと生活しているというのに、随分と無警戒なことだ。あるいは無頓着なのか、襲われたら助からないと腹を括っているのかもしれないが。
「……ところで、私はいつ寝ていつ起きればいいのだ?」
テネリスは用心棒として雇われたわけだが、この力はいつ必要とされるのだろうか。
夜襲を警戒しておけばいいのならば、夜行性のテネリスが気にすべきことは特にないだろう。だがもしも日中、ユウジが働いている間に傍で控える必要があるのであれば、テネリスの生活リズムを彼に合わせてやる必要が出てくる。
「まあ、その時は私が合わせてやればいいな」
ヴァンパイアは最悪眠らなくても死なないが、人間は眠らなければ死んでしまう。それがテネリスの事情を知った上で血を提供してくれる重要なパトロンなのであれば、尊重してやるのが真祖としてあるべき姿である。……勿論、契約が約束通りに履行される前提ではあるが。
テネリスは軽く治療院内を歩いて回り、またシャワー室に立ち寄ったり、待合室の雑誌を適当に読んで過ごした。
「――ユウジ、早速だが一つ謝ることがある」
早朝から不穏な言葉で切り出したテネリスに、ユウジは顔を強張らせる。
「『すまほ』を、壊してしまったのだ……」
「嘘だろ?」
ユウジはテネリスが差しだした「すまほ」を手に取り、画面に触れたり、側面のボタンを押したりして確かめる。
「ああ、何だ。充電切れしてるだけだな」
「充電?」
テネリスが首を傾げると、ユウジが頷きながら壁に繋がった白い紐を手に取る。
「お前の血と一緒だ。このコードで充電してやれば、そのうち治る」
「なるほど……?壊れてないのであればよい」
「しかし、一晩で充電切れさせるほど気に入るとは意外だったな」
胸をなでおろすテネリスをよそに、ユウジは「すまほ」をコードに繋げて置いた。
「それで、今日はこの治療院の事を詳しく教えたい。もう少し起きていられるか?」
「ああ。丁度私もそれを聞きたいと思っていたのだ」
二人は向かい合って机に座り、朝食を取る。折角だからと、テネリスも野菜ジュースを貰うことにした。
「改めて、ここは治療院だ。仕事は診察や薬の処方なんかが主だな」
「普通の病院だな」
まあ、病院のことなど大して詳しくないが。テネリスは心中で付け加える。
「ただ、院長であり唯一の医者である俺が少し訳ありでな……闇病院と言ってわかるか?要するに、ちょいとばかし後ろめたい事情があるんだ」
「つまり、外でお前が医者だということはひけらかさない方が良いというわけだな」
「そういうことになる。ただ、来院する奴は全員俺の事情は知っているから、その点は問題ない」
ユウジが頷くが、テネリスは早速一つ疑問が浮かぶ。
「それなら、お前が言うところの『物騒なこと』が起こる余地などあるのか?」
「ああ。ここを利用する奴は基本的に、何らかの事情で普通の病院では治療が受けられない奴だ。身分的に病院が利用できなかったり、金が無かったりな」
そういえば、テネリスがユウジに接触する直前、客と思しき男が「どこも俺みたいなのを診てくれない」と言っていたか。
「身分の事情は理解できるが、金が無い奴を助けるのは慈善事業か何かか?それか、私みたいに血で払わせるのか」
「ある意味近いな。俺の場合、表で認められていない薬や設備を使った治療を提供しているんだ」
「……?」
テネリスは野菜ジュースを飲みながら疑問符を浮かべる。
「つまり、そういうのを開発してる研究者から金を貰って、俺はそれを使った治療のデータを提供することで治療費を抑えているわけだな」
「なるほど。少しわかった……かもしれない」
「難しかったら、他所と協力関係にあると思ってもらえればいい。普通じゃ入手しずらい薬品とかも、そっちのルートで融通してもらっているんだ」
「なかなか闇が深そうな話だな」
「そう、闇が深いんだ」
テネリスの呟きに、ユウジが深く頷いた。
「だから、色々と揉めごとの種がある。治療の効果が芳しくなくて逆恨みされたり、受け入れた患者が殺し屋に狙われていて、俺まで巻き添え食らったりとかな」
「それは迷惑だな」
「一応、新しく来る奴の身辺は精査してから受け入れるようにしているんだが……腹に銃弾受けた状態で駆けこまれたりしたら、どうしようもねえんだ」
要するに、追手も一緒にお招きすることになったということだろう。テネリスのイメージだと、大体そういうのは目撃者もまとめて全部消すのがお約束のはずだ。
「……お前、今までよく生きてたな?」
「それはまあ、俺はヴァンパイア相手にも臆さない世渡り上手だからな」
いい歳をしておどけるユウジに対し、テネリスは呆れ混じりの目を向けた。
「物は言いようだな。私以外の奴だったら、喉笛を食いちぎられて終わりだぞ」
「……ああそうだよ。ほとんど運だけでやってこれただけだ。悪いか?」
テネリスの指摘に、ユウジは外見に反して拗ねた子供のように答え、朝食のコーンフレークを一気にかき込んだ。
その様子を見たテネリスは首を横に振る。
「別に悪いことではない。運をものにするには賢くあらねばならん。賢く生きるのは、善いことだ」
テネリスもまた、野菜ジュースを一気に飲み干して告げた。
「だから、私がお前を守ってやろう――その運が続いている限りな」




