11 古き吸血鬼は魔物と魔法少女を知る
「これを見ればいいのか」
テネリスは図書館の備品として置かれていた紙とペンを片手に、本の代替品であるガラス板に表示された文字を読み、大まかな概要をメモしていくことにした。
<魔物について>
魔物とは、二〇四五年七月、霧が丘街での観測を皮切りに日本各地で相次いで出現するようになった敵対生物である。魔物が出現する直前にはブラックホールを想起させる穴が空中に開くことから、別次元の世界から襲撃してきていると予想されている。この襲撃のことを「魔物災害」と呼称する。
大まかに、生物的な特徴を持つ魔物(生物型)と、箱型や丸型などの特徴的な形状の魔物(不定形型)の二種類が存在する。不定形型は、外見による行動の予測が困難な場合がある。
また、魔物は活動を停止した際、約一、二分ほどかけて塵のように分解され、消失する。
特殊な処理を施すことで、消失までの時間を延長することができるが、完全な保存手段は現状発見されていない。不定形型の魔物に顕著な特徴である、浮遊や分裂といった物理法則で説明できない挙動を含め、研究者はその原理の解明に明け暮れている。
魔物はそれぞれ危険度に応じて、D(武装した民間人で対処可能)、C(警察もしくは自衛隊にて対処可能)、B(ほぼすべての魔法少女が単独で対処可能)、A(精鋭の魔法少女が単独で対処可能)、S(精鋭の魔法少女複数名で対処可能)、SS(総力を挙げて対処する必要あり)の六段階で区分けされている。
ただし、区分Dに関しては国民の魔物に対する危機感が薄れるとの懸念から、事実上廃止されているほか、区分SSは現状認定された前例がなく、定義上のみ存在する区分となっている。
魔物災害は自然由来のものと、人為的なものが存在する。
自然由来の魔物災害は、人口密度が高い場所ほど発生しやすいと考えられていたが、災害事例の研究が進んだ結果、電力等のエネルギーを生む場所に発生する可能性の方が高いことが判明している。
人為的な魔物災害は、魔物を使役する「幹部」の手で発生する。詳細は「幹部」の項目を参照。
<幹部について>
知能があり、会話が可能な魔物。独自の理念に従い行動し、他の魔物を従わせていると思われる。過去に二体確認されており、いずれも討伐済み。いずれも区分Sが指定された。
当時の幹部と会話した魔法少女の記録によれば、幹部内にも派閥のようなものがあり、一枚岩ではない可能性が高いことと、幹部のさらに上に支配者階級が居る可能性が示唆されている。
<魔法少女について>
魔物の出現とほぼ同時期に日本各地にて確認されるようになった、魔法を使える少女のこと。霧が丘街での魔物災害時、魔物に襲撃されていた少女が魔法を発現したことで魔法少女の存在が判明した。
魔法の発現時期は九歳から十五歳とされ、その力が確認され次第、対異界生物対策機構(Inter-dimensional Crisis Organization、以下ICOと呼称)にて保護するとともに、日本各地の魔物災害の鎮圧活動に従事している。ICOと協力関係に無い魔法少女の事を「野良」と呼称する場合がある。
魔法少女の能力や属性には個人差があるほか、魔法を発動する際の名称は魔法少女が自由に決定することができ、規則性は無いことがわかっている。魔法少女が新たな技を生み出す際は「天から降ってきたみたいに思いつく」のだという。
なお、類似した能力を持つ魔法少女が別の魔法少女の類似した魔法の詠唱を実行しても、同じ効果は得られないことがわかっている。
また、魔法の属性には名前との相関関係があるという通説が提唱されているが(例:魔法少女の名前が花子の場合、草や花に関連する魔法が発現する、など)、それを否定する研究も示されている。
昨今は魔法少女の数が増えたり、魔物の出現位置や規模の予測精度が上がった背景から、魔法少女の一人あたりの負担は減少傾向にある。
そのため、魔物災害の鎮圧現場を配信する魔法少女や、メディアへの露出を増やす魔法少女も増え始めている。国民からの支持や支援を得やすくなると肯定する声がある一方で、魔物災害のエンターテイメント化や、魔法少女のプライバシーや将来を懸念する声も挙がっている。
<対異界生物対策機構 ICOについて>
魔物災害に対処するための総合的な計画立案や研究、魔法少女への支援等を総合的に統括する公的機関。元は異次元や別世界などについて探求する機関だったが、魔物災害の発生を契機に政府からの呼びかけに応じ、公的機関となった。
日本各地に研究施設を有しており、魔物災害が発生する兆候を事前に予測・検出し、迅速に魔法少女が派遣できるようになっている。
「……我ながら、メモ書きを見返すだけでも疲れるな」
一通り知りたい情報をまとめ終えたテネリスは、椅子に横たわって声を漏らす。紙の本はよく読んでいたが、ガラスに浮かんだ文字を目で追うのはどうにも慣れないところがある。
「幾らかわからん言葉もあるが……ともあれ、厄介なことになる可能性はあるか」
テネリスが戦った化物たちが魔物と呼ばれる存在で、魔法少女というのが国に太鼓判を押された「正義の味方」であることは理解した。
そして、今この世界が――もしくはこの国が、というのが正確かもしれないが――魔物からの襲撃が日常の一部に組み込まれた、異常な世界になっていることも理解した。
さて、そんな世界で魔法少女から「幹部」扱いされたテネリスはというと、それはもう面倒な位置づけになっていると言わざるを得ない。またユキと再会しようものなら、また「正義の鉄槌」を下されることになるのだろうか。今のテネリスであれば絶対に負けないだろうが、実に迷惑極まりないことだ。
「こちとら生まれも育ちも地球の、純正真祖ヴァンパイアだ!それがよくわからんぽっと出の悪党と誤認されて襲われて……とんだ迷惑もいいところだ!」
「図書館では静かにな」
声を上げるテネリスをユウジは諫めた。
テネリスのこの怒りは、「ヴァンパイア」と一括りにされて肩身が狭くなったこととよく似ている。迷惑な同族が消えて、長い時間をかけて人々の記憶から忘れ去られたかと思えば、今度は「魔物の幹部」だと言われて悪と断じられなければならないのか。
仮にも同族のヴァンパイアならまだしも、異界だか異次元だかの、テネリスすら実態をよく知らない存在と仲間にされるのは極めて不本意だ。
「……だがまあ、今のところそう主張しているのはあの魔法少女だけだしな」
テネリスは鏡に映らないし、写真にも写らない。いきなり指名手配されて賞金首に、なんてことにはならないはずだ。
「このICOとやらは、この街にも存在するのか」
「ああ、あるが……そんなに面白いところじゃないぞ」
「行ったことがあるのか?」
「まあな」
ユウジは頷くと、会話を打ち切るように手元の文章に視線を下ろした。
もう少し掘り下げることができたかもしれないが、別に今でなくてもいいだろうとテネリスは思い直し、図書館の椅子に体を預けた。




