10 古き吸血鬼は図書館に向かう
ユウジが彼の用事を済ませている間、テネリスは言われた言葉に素直に従い、雑誌を眺めていた。実際、雑誌を見れば、現代における「普通」の水準がある程度わかるのではないかと思ったからだ。
そうしているうちに一つ、テネリスはあることに気が付く。
「この服、病人用ではないか?」
ある意味当然というか、むしろユウジがテネリスにピッタリな女物の服を持っていたら今後の取引について再考せざるを得ないのだが……とにかく、この服のまま外に出るのはあまりよろしくないと判断した。
となれば、ここはテネリスの血操術の腕の見せ所だ。幸い昨晩のおかげで血は潤沢だし、テネリスが今着ている服にアレンジを加える程度ならば、大した労力ではない。
テネリスは指先から血でできた糸を垂らすと、針も無しにスルスルと思うがままに服を加工していく。
「……ふむ、まあ悪くないだろう」
匙加減を間違えると全身真っ赤の怪奇少女が生まれてしまうし、それが悪い意味で目立つことは、社会に疎いテネリスでもわかる。故にテネリスは、うまく白と赤を織り交ぜた衣装を作り上げることに成功した。
「――待たせたな、そろそろ行くか……って何だその服」
「ん?ああ、貰った服があまりに簡素だったから、少し改造させてもらったのだ。どうだ?」
「どんな手品を使ったのか知らんが……お前、クリスマスって知ってるか?」
「ああ、私の天敵が生まれた日だな」
テネリスの返答に、またユウジは顔で手を覆った。
後で聞くと、テネリスの服は「サンタみたいだった」そうだ。その意味するところは分からなかったが、そんな服を着たテネリスと一緒に外を出歩くと、ユウジは「社会的に死ぬ危険」があったそうだ。
結局、テネリスはややオーバーサイズの男物の服を着て外出することになった。ユウジはやけに新品であることを強調してきたが、なぜそこに拘るのかテネリスはあまり理解できなかった。
「――現代のドレスコートが全く理解できん」
「それはもう、追々学んでいってくれ……」
「大体なんだ?魔法少女のふざけた格好が許されて、私が作った服が許されないとはどういう了見だ?」
「それは時と場合ってやつだ」
「理解しかねる」
テネリスは今、ユウジに向けてグチグチと文句を零しながら、バスに揺られて街を進んでいた。ぶっちゃけテネリスが走ったほうが早いが、それが如何に野暮なことかはよく理解している。
さて、理解できないと言えばもう一つ、テネリスには不満なことがあった。
「この眼鏡と帽子は本当に必要なのか?しかもマスクまで……窮屈だ」
「必要だ。だから外そうとするな」
文句を零しながらマスクの紐に手をかけたテネリスに対し、ユウジが即答する。
「赤い目に長え銀髪に牙、どこをとってもその容姿は目立つ。それを身に着けないで人込みの中に突っ立ってたら、絶対に面倒なことになる」
「まあ確かに私は真祖だし、それはそうだが……」
「それは関係ない」
ぼそりと呟いたテネリスの言葉をユウジは容赦なく突っぱねた。
「いいか?今は護身用に武器が簡単に手に入る時代なんだ。昔ほど治安は良くない」
「その昔の治安を知らないのだが……」
要するに、不用意にトラブルを起こすなということだろう。別にどこぞの有象無象に絡まれたところでテネリスならどうとでもできるだろうが、それでまた魔法少女が絡んできたら堪ったものではない。そういう意味でも、ユウジの言葉には納得である。
「それはそうと、バスにはそこまで驚かないんだな」
「見た目こそ違うが、乗合馬車や自動車、路面電車は見たことがあるからの!これも似たようなものだろう?何も知らない時代遅れと思っていたのなら、考えを改めて貰おうか!」
「そう、だなあ……」
ユウジは窓の外を眺めながら呟いた。
「それより、そろそろさっきの『すまほ』について教えぬか。知らないのはあり得ないと言わんばかりのあの反応、気になって仕方ない」
「スマホ?ああ、そうだな……」
ユウジはまた懐から「すまほ」を取り出し、テネリスの前に掲げる。
「これは、あー……情報の塊みたいなもんだ。時間が見れたり、写真が撮れたり、今いる場所が分かる地図が見れたり、遠くの奴と話せたりな」
「……???」
「……とりあえず、最低限の機能だけ説明するぞ」
ユウジが板に触れると、そこにパッと地図らしき模様が現れた。続けて指を上下に動かすと、それに合わせて地図も上下に動いたり、拡大縮小する。
「ほう、これは便利だ。いかにも現代の技術だ!」
「むしろ、もう型落ちしかけてるんだよな……」
「貸せ、私にもやらせろ!」
バスの座席に座ったままユウジから「すまほ」を取ったテネリスは、見た目相応にはしゃぎながら「すまほ」に触れる。
どうやらバスの動きに合わせて動く丸は、現在のテネリス達の位置を示しているようだ。そして、テネリス達が居る街は白城市というらしい。
「そういえば、『霧が丘街』はどこにあるのだろうか」
ふと浮かんだ疑問に、テネリスは指で画面を素早く動かし、記憶の中にある地名を探る。あの街は山の中にあったから、恐らく内陸のはずだ。
そう推測を立てて探していると、唐突にテネリスの目当ての地名が見つかった。
霧が丘街……テネリスは見かけなかったが、ダムや水力発電所といった施設もあったようだ。電気の恩恵を殆ど受けたことがないテネリスだが、電気の存在くらいは知識として持ち合わせている。
その街を横断するように伸びている川を辿れば、確かに白城市へと繋がっていることがわかった。長さにして、およそ七、八十キロメートルほどだろうか。
「かなり流されたな。普通なら死んでいるぞ」
逆に言えば、流されていなければ止めを刺されていた可能性もあるが。
「満足したか?」
「ああ。それと写真も気になるな」
「写真はわかるのか」
「ああ。ダゲレオタイプと言ってな、しばらくその場で動かずじっとしていないといかん奴があったのだ。今はそんなこと、しないのだろう?」
「ダゲレオ……聞いたことねえな」
ユウジはテネリスの言葉に返しつつ、「すまほ」を弄り、目のようなレンズをテネリスに向け、パシャリという音を鳴らす。
「カメラ機能とか言うんだが……まあ想像はしてたけど、お前は写らねえな。なんだこりゃ」
ユウジが眉を顰めながら「すまほ」の画面を見せてくる。そこには、テネリスの身体だけくり抜いたかのように、服だけが人の形を纏い、バスの座席に座っている奇妙な光景があった。
「やはり、私の姿は写らないのだな」
テネリスはほっと息をつく。懸念していたのは、現代技術でテネリスの姿が映せるかどうかという点だった。
もし写るのであれば自分の姿を見てみたい気持ちもあるが、それ以上に、将来的にテネリスの姿形が記録として残るのかどうかを確かめておく必要があった。
極力ヴァンパイアであることを伏せて生きてきたテネリスにとって、どこぞの書物に「怪奇!現代まで生き残っていた真祖の姿!」とか言って、勝手にテネリスの姿を広められては溜まったものではないのだ。
「で、他には何がある?」
「あとはニュースとか、動画が見られる――動く画と書いて、動画だ」
ユウジが見せてきた「すまほ」の画面には小さな人間が入っており、何やら色々と話して盛り上がっていた。
「これは私に向かって話しているのか?」
「いや、これは録画……あー、過去だ。ちゃんとリアルタイムで話せるのもある」
「リアルタイム?時間にリアルもフェイクもないのではないか?」
「説明が難しいなぁ、どうしたら伝わるんだ……!」
テネリスは見た目こそ現代っ子だが、中身は二世代以上余裕で跨ぐほどの時代遅れヴァンパイアだ。それでいて中途半端に知識を持ち合わせているだけに、単純にゼロから説明するよりむしろ難しいという、奇妙な状況が発生していた。
ユウジはそれでも、どうにか説明しようと努力する。全体的にそっけない態度だし、真祖のヴァンパイアに対してあまりに無遠慮ではあるが、悪い奴ではないのだろう。
テネリスのユウジに対する印象はそういったものであった。
「――着いたぞ、ここが図書館だ」
ユウジの「すまほ」の説明を受けて理解を深めているうちに、テネリス達は目的地へと到着した。運賃は勿論、ユウジ持ちである。
「ほう、これは中々面白い場所だ」
そこは、幾何学的で洗練された建築物であった。近未来的というか、テネリスの常識からは大きく逸脱した建築とでも言おうか。
だが、肝心の本棚や本はどこにもなく、あるのは巨大な「すまほ」のような謎のガラス板ばかりである。
「本はどこにあるのだ?」
「ほとんど無い。都会なら違うかもしれないが、今はもう電子データが主流になってるんだ」
「電子、でーた……」
テネリスはまた、「すまほ」を初めて見せられた時のような反応を見せた。油断しているとすぐに知らない知識を叩きこんでくるので、中々に油断ならない。
「簡単に言うと、紙の本は魔物や魔法少女の戦いで紛失してしまうから、安全な都市で管理して、各地へ配信しているんだ」
「なるほど、つまり動画のようなものというわけだな?」
早速「すまほ」の知識が活きたと、テネリスは得意げに頷いた。
「しかし、そうか。紙の本は淘汰されてしまったのだな」
「完全になくなったわけではないけどな……俺が適当なのを見繕ってやろう」
ユウジに先導され、テネリスは図書館へと足を踏み入れた。




