キャロルは俺の妻だからね?
「本当に本当に本当に……っ!! 申し訳ありませんでしたぁ!!!!」
我が家の応接室で貴族令嬢にもかかわらずソファーから床に下りて平伏せんとばかりに謝罪をする彼女に、私は「頭を上げてください!!」と慌てて悲鳴を上げた。
「むしろ私の思い込みが原因でしたので、ウェンディ様に責任はありませんから!!」
「そ、そんなわけないです……っ! 私とヴィルが世間でどう見られるかなんて、考えれば幼児でも分かるはずなのに軽率にもほどがありました……ううっ、もう本当に私が大馬鹿でした……っ、ごめんなさいぃ……!!」
床の上でエグエグと顔をぐしゃぐしゃにして泣くウェンディを強制的にソファーに座らせ直しながら、ロバートが「全くだよ」と追い打ちをかける。
「昔からウェンディもヴィルも自分たちが目立つ存在だってことに自覚がなさすぎる。いくら兄妹だからって今後は接触も最低限にすることだ」
「はい……反省してます……」
そうしょんぼりするのは私の隣に座って所在なさそうにしているヴィルである。無事に退院した彼は、怪我の後遺症のこともあり、結局そのまま騎士団を退団することとなった。今は我が家に日参する形で、我がバーミリオン領に関する仕事を少しずつ手伝ってもらっている。
そして今日は改めて先日の騒動のお詫びとお礼を兼ねてロバートとウェンディを我が家に招待したわけなのだが――結果は見ての通りで、双子の兄妹による大反省会といった様相となってしまっていた。
「バーミリオン嬢、私からも謝罪を。私の婚約者が大変なご迷惑をおかけしました」
「もう、タンジェリン様まで……本当に済んだことですから、どうか頭をお上げください」
「しかし、婚約破棄の撤回なんかも大変だったのでしょう?」
「ああ……そちらについては父が上手く取り計らってくれました。おかげで私もヴィルも父には頭が上がりませんが、今後の働きで恩を返していくつもりです」
今回の婚約破棄騒動において、もっとも迷惑を被ったのは間違いなく私の父だろう。恥を忍んでヴィルとの婚約破棄の撤回を相談した時は流石に怒られもしたが、それ以上に多大なる心配をかけてしまった。
ただジョージに襲われた現場に居合わせた結果、ヴィルが私を庇ったことが心情的にだいぶプラスに働いたようで、最終的には私のわがままを受け入れてくれた。本当に感謝してもしきれない。
ちなみにウィスタリア伯爵家との正式な交渉前だったことも幸いしたといえる。実はそちらはヴィルが実母に頼んでウィスタリア伯爵を領地に留めるよう手を回していたと後から聞かされた。その方法というのが離縁騒動だったということらしい。返す返すも私とヴィルとのことで多方面に迷惑をかけてしまい、反省しきりだ。
しかし、だからといってずっと反省し続けて前に進まないというのも問題である。
「――はい! もうこれで今回の件は全て水に流すということで!! いいですよね!」
いい加減、埒が明かないので私が無理やりにそう言いきれば、双子は煮え切らない様子ながらもコクリと同時に頷く。改めて見比べると確かに外見的な特徴は似ていないが、こういうところは流石双子だと思う。
「それでは改めてご挨拶をさせてください、ウェンディ様。私たち、お互いに義理の姉妹になるのですから」
表向きには決して公言出来ないが、ヴィルの実妹であるウェンディとの蟠りを解消するために私は今日この場を設けたのである。決して謝罪を要求しに呼んだのではないのだ。
「ほら、ウェンディ。せっかくバーミリオン嬢が機会をくれたのだから、しっかりしないと。君の方がだいぶ年上なんだからな?」
「え、ええ……そうよね。本当にさっきからみっともないところばかり見せてしまって申し訳ありませんでした。その……ウェンディ・エッグシェルと申します。どうぞ気軽にウェンディとお呼びください」
「はい。私のこともどうぞキャロルと。今後ともよろしくお願いいたしますね……ウェンディ」
親愛の意味を込めて気安く呼び捨てにすれば、彼女の顔が一気にぱぁっと明るくなった。
「とっても嬉しいです! あの、キャロル……私は四年くらい前に学院を中退して領地に引きこもってたから社交はからっきしだし女友達すらいないぼっちなんですけど……こんな私でよければ、ぜひお友達になって貰えませんか?」
「……はい、喜んで。今度、二人でお茶やショッピングにも行きましょう」
私が笑顔で応じると、何故かウェンディが感極まったのかまた泣き出した。
「う、ううっ……キャロルやさしい……すき……!」
「良かったなぁ、ウェンディ。君、本当に友達いなかったもんな……」
ロバートのそれなりに辛辣な発言にも「そうなの!初めての女の子のお友達……!」と同意しながら頬を赤く染めるウェンディ。なんというか、清楚な見た目に反して言動に凄いギャップがある人だ。これはこれで面白いけど、確かに普通の令嬢と仲良くするには少々癖が強い人ではある。
と、そこへちょっと面白くなさそうな顔をしたヴィルが口を挟む。
「……あのさ、ウェンディ。キャロルは俺の妻だからね? 軽々しく好きとか言わないでくれる?」
「いや、ヴィルお前……心狭すぎるだろ」
「そうかな? 普通だと思うけど」
呆れ顔のロバートにしれっと返しつつ、ヴィルはその甘い視線を私へと注いでくる。
「キャロルも、俺以外の奴に好きとか言っちゃ駄目だから。分かった?」
「……それって子供とか動物とかにも言っちゃダメなの?」
「駄目。言うなら俺だけにして」
あの病室でのやりとり以降、ヴィルはこんな風にグイグイくるようになった。遠慮しないという言葉を体現するかの如く。それが嬉しくもあるけれど、しかし圧倒的に恥ずかしさが勝る。特に今はロバートやウェンディもいるのだから自重してほしいのが本音だ。
「キャロル、返事は?」
「ひゃっ……わ、分かった! 分かったからちょっと離れて! 二人が見てるから!!」
気づけば隣り合って座っていたソファーでの距離がほぼゼロになっていた。それでも全く引く気はないのか、ヴィルは右腕を伸ばして私の腰を抱き寄せてくる。
「いいじゃん、見せつけておけば」
酷く満足げな顔をするヴィルに対して私は顔を赤くすることしかできない。そんな私たちのやり取りの一部始終を見ていたロバートは、どこか呆れたような、でも安心したような顔で笑っていた。
「本当に……世話の掛かる兄妹だよ、お前らは」
その後は和やかにお茶の時間を楽しみ、すっかりウェンディともロバートとも打ち解けることができた。今後は社交場でも頻繁に顔を合わせるだろうし、個人的な交流もしていく予定だ。
「……ありがとう、キャロル。ウェンディと友達になってくれて」
二人を見送った後、私たちしかいない部屋の中でヴィルが目を細めながらそう言った。
「別にお礼を言われることじゃないわ。もしウェンディが嫌な人なら絶対に仲良くしないもの、私。今日改めて話をしてみて素直な気持ちで仲良くなりたいと思ったから、それを行動に移したまでよ」
「――俺さ、キャロルのそういうところ本気で尊敬してる」
思いがけない言葉に目を丸くする私の頬に手を添えてくるヴィル。その動作に次の行動を察した私は、静かに目を閉じて彼を受け入れた。重なる温度が心地よくて、胸の中が好きの感情で満たされていく。
「ヴィル……もっと……っ……んっ……」
「っ…………なんでこんなに可愛いかな、マジで……」
やがて名残惜しそうに離れたヴィルは、右腕だけで器用に私を抱き寄せた。
彼の左腕は残念ながらほとんど動かすことができない。けれど感覚自体は残っているので、お医者様曰く機能回復の可能性は十分に残されているとのこと。
私は労わるように彼の左腕をゆっくりと撫でた。少しでもよくなってほしいと願いながら。
「……ねぇ、ヴィル。明日の予定なんだけれど」
「確か婚礼衣装の最終確認に行くんだよね? 俺も付いて行っていい?」
「それはだめ。当日のお楽しみだから。その代わりにね、久しぶりに外で待ち合わせをしない?」
「いいよ。場所は?」
「もちろん、いつものティールームで。その後は、遅くなっちゃったけど貴方の誕生日プレゼントを買いに行きましょう?」
実は今日ウェンディの左手薬指に光る指輪を見た時に思い出したのだ。ヴィルの誕生日祝いをすっかり忘れていたことを。
「ということで何が欲しいか考えておいてね?」
「キャロル」
「……なに?」
「だから、キャロルがほしい」
「~~~~~~もう! 私はとっくに貴方のものですけど!?」
結婚式はまだ二ヶ月先だけど! 心情的にはとっくにヴィルは私の旦那様ですけど何か!?
半ばやけくそになってそう叫んだ私の口が再びヴィルによって塞がれたのは、わずか三秒後のことだった。
【了】
最後までお付き合いくださり誠にありがとうございました!
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今後も精進していきますので、また近いうちに別作品でもお会いできることを願っております。
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