本当に、すまなかった
捕縛されたジョージは次の日にはマホガニー侯爵家から絶縁された。
平民になった彼は貴族への暴行、誘拐、殺人未遂等の罪に問われることが確定しており、ほぼ間違いなく終身刑となるだろう。それ以上の情報は私の耳に入らないように父が気を回してくれているので、私自身も知ろうとはしなかった。今度こそ、ジョージは二度と私の前には現れない。その事実だけで十分だった。
――事件から数日後。
私はヴィルが入院している病院へと訪れていた。一時は命も危うい状況に陥ったヴィルだが、処置が早かったのが幸いして事なきを得た。当分は絶対安静ではあるものの意識もしっかりしているので、短時間の面会は問題ないとのこと。
ノックの後に病室に入れば、中にはベッドの上で上半身を起こし私の来訪を歓迎するヴィルの他に、ロバート・タンジェリンの姿があった。どうやらお見舞いに来ていたようで、こちらが軽く会釈をすると彼は早々に来客用の椅子から立ち上がる。
「私が扉の前に立って人払いをしますので、二人でゆっくり話をしてください」
私がここを訪れた理由を正確に理解しているからこその言動。
その気遣いに私が神妙な顔で頷けば、ロバートはふっと表情を和らげた。
「もしヴィルを振ったとしても、誰も貴女のことを責めたりはしませんのでどうぞ気楽に」
「おい、ロバート!」
ヴィルが即座に睨みを利かせるのにも飄々とした態度は崩さず、ロバートはスマートに病室を出ていった。当然、室内には私とヴィルだけが残される形となる。
「キャロル、来てくれてありがとう。とりあえず座って?」
私は先ほどまでロバートが座っていた椅子に腰を下ろすと、どう話を切り出すべきかと少々まごついた。そんなこちらの空気を察してくれたのか、ヴィルのひときわ優しい声が耳朶を打つ。
「もしよければ、俺の話を先にさせて貰ってもいいかな?」
「……ええ、お願い」
「まずこれだけは誤解を解かせてほしい。俺とウェンディとのこと。その……これは他言無用でお願いしたいんだけど、結論から言えば俺とウェンディは血の繋がった兄妹なんだ」
その衝撃的な告白に対して私は特に動揺することなく、代わりに小さく頷く。
「ウェンディ様から少しだけ聞いているわ。でも、どういう経緯で彼女と貴方が別々の家で表向きは他人として扱われているのかはまだ説明を受けていないの。もう逃げたりしないから……ちゃんと教えてくれる?」
あれだけ散々話し合いを拒否しておいて今更、虫のいい話だと自分でも思う。しかしヴィルは穏やかに微笑みながら「勿論」と返してくれた。
「俺とウェンディは、まぁ年齢から察してくれてるかもしれないけど双子なんだ。キャロルは女神信仰で男女の双子がどういう扱いとされているかは知ってる?」
「……男女の双子は凶兆の証、という教えのこと、よね?」
「うん。そして俺とウェンディが生まれた家はよりにもよって女神信仰を最重要視するウィスタリア伯爵家だった。当時、既に父が爵位を継いで正式な当主だったんだけど――あの人はウェンディのことを最初、殺せと命じたらしい」
驚きのあまり言葉を失う私に苦笑しながら、ヴィルは続ける。
「ちなみに俺を殺そうと言い出さなかったのは、俺の髪と目の色が女神信仰において縁起のいいとされる金髪青眼だったから。ゆえに父は母譲りの銀髪と紫の瞳を持つウェンディこそが凶兆だと言い張った」
「……貴方のお父様にこんなことを言うのはどうかと思うけど……最低な父親ね」
「俺もそう思うよ。だから俺は実家のことが嫌いなんだけどさ。……結局、母がなんとか父を説得してウェンディという存在をウィスタリア伯爵家から抹消することで一応の決着を見たんだ」
生まれたばかりのウェンディは、ウィスタリア伯爵家の縁戚に当たるエッグシェル男爵家に引き取られた。本来ならば養子として登録されるべきだが、戸籍申請自体を最初からエッグシェル男爵と夫人の子供ということにして。
こうしてウィスタリア伯爵家は男女の双子が生まれたという事実を完全に揉み消した。これは我が国の法に照らし合わせれば明確な違法行為である。
もしこの事実が社交界で明るみになれば、清廉潔白の呼び声高いウィスタリア伯爵家の長い歴史において最大の醜聞になることは想像に難くない。
「だから表向きは俺とウェンディは赤の他人ってことになってるし、双子である事実を決して外部に知られるわけにはいかなかったんだ。まぁ外見もあまり似てないから、今まで双子だと疑われたこともなかったな」
「……そんなことないわ。私、何度かウェンディ様を見た時に強い既視感を覚えたの。その正体がようやく分かった。貴方たち、笑った時の表情が凄く似ているわ」
「そう、かな……自分ではよく分からないけど」
少し照れくさそうにするヴィルを前に、私は思わず「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にした。途端に彼は血相を変える。
「ちょっと待って、なんでキャロルが謝るんだ!?」
「だって……全部私の勘違いで、貴方やウェンディ様のことを散々無視して、あまつさえせっかく訪ねて来てくれたのに暴言まで吐いちゃったし……」
愛してるの言葉も抱擁も、すべて複雑な生い立ちの兄妹だからこその行動だったのだと今なら理解できる。もし私が最初から素直にヴィルを問いただしていれば――ここまで事態が拗れることはなかっただろう。すべては私自身の弱さが招いた結果だった。
「いや元はと言えば誤解させるようなことした俺が悪いから! それにキャロルの言う通り、当初はウェンディがされたことへの復讐の一環で君に近づいたのは事実だ」
そこでヴィルはベッドの上で怪我人にもかかわらず姿勢を正すと、深々と首を垂れた。
「自分のいいように嘘を吐いて君を傷つけたこと――本当に、すまなかった。謝っても許されることではないけど、それでも誠心誠意の謝罪をさせて欲しい」
「っ……もういいから! それより姿勢! 貴方絶対安静でしょう!?」
「いや、怪我はもう別に問題ないから」
「それを決めるのはお医者様だから! 貴方は大人しくベッドで横になるの! 私に謝る気があるなら、まずは私の言葉に従いなさい!」
「わ……分かった。言う通りにする」
私の剣幕に押されたヴィルは再び楽な姿勢を取ると、今度はこちらの顔をじっと見つめてきた。途端に途方もない恥ずかしさが込み上げてきて心臓が早鐘を打つ。
「……キャロル」
「う、うん?」
「この状況で言うべきことじゃないかもしれないけど……俺は、君のことを心から愛してる」
「っ……! それは、嘘じゃない、のよね?」
自然と私の口から零れた疑心の言葉に、
「君が俺の言葉を信じられないのは当然だと思う」
ヴィルは酷く切なげな表情で微笑む。
そして、その後に続いた言葉は、私の心臓を大きく抉った。
「だから婚約破棄についても……受け入れたいと思ってる」
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