どちらが本命なんですか?
ヴィルに直接別れを告げた翌日の朝。
朝食を済ませ、届けられたばかりの郵便物を確認しようとしていた私だったが、その前に急な来訪への対応を余儀なくされた。
予告なく我が屋敷を訪ねてきたその人物は、誰あろう――ウェンディ・エッグシェル男爵令嬢だった。
正門にて「私に会えるまで絶対にここを動かない」と強硬に言い張る彼女に対し、無視を決め込むことも出来た。しかし、熟考の末に私は正門へと足を向けた。別に彼女のためではない。自分のためにだ。
私個人としては昨日のことでヴィルとの決別は既に済ませている。だが、ウェンディ・エッグシェルに対して思うところがないわけではない。この際、文句や恨み言など言いたいことを言って気持ちをスッキリさせようと考えたのである。
だが、彼女を屋敷内に招くことには非常に抵抗があった。そこで私は提案する。
「ここから馬車で少し移動したところに我が家が所有する小さな庭園とガゼボがあります。人払いはさせますので、話をするのはそこで構いませんか?」
私の言葉に彼女はぱぁっと表情を明るくしながら勢いよく頷いた。私よりも四つ年上のはずだが、とても可愛らしい雰囲気の人だと素直に思う。艶やかな銀の髪とアメシストのような紫の瞳。改めて観察すれば、顔立ちも非常に整っていることが良く分かった。それと同時に、彼女の笑顔には強い既視感を覚えたのだが――その理由は判然とせず。私はモヤモヤした気持ちを抱えながらも、急遽用意させた馬車へと乗り込んだ。
馬車の中では特に会話はせず、私たちはほどなく庭園へと到着した。ここはかつて、私にとってお気に入りの場所だった。しかしジョージとのお茶会や散歩の思い出が多すぎるため、彼の裏切りを知ってからは足が自然と遠ざかっていた場所でもある。
そんなわけで私自身、かなり久しぶりに訪れたのだが――
「わぁ……素敵な場所ですね!」
ウェンディが感嘆の声を漏らすのも納得の、手入れの行き届いた素晴らしい庭園が眼前に広がっていた。褒められて悪い気はしなかったので、私は小さく笑みを零しながら「ありがとうございます」と返す。とはいえ、別にここには景色を楽しむために訪れたわけではない。私は気を引き締め直すと、庭園のやや奥まった位置にあるガゼボへと彼女を誘導した。
ガゼボの外観は壁や柵などはなく、四本の柱に支えられた屋根の下にテーブルと椅子二脚がセッティングされているだけの比較的簡素な造りだ。その分、遮るものがないので周囲を見渡すのには適している。
「どうぞ、こちらへ」
互いに向かい合って座ると、自然と緊張感が高まった。
「あの……申し訳ありませんが、周囲の方を会話が聞こえない位置まで遠ざけては貰えませんか?」
ヴィルと同様、彼女もどうしても周囲には聞かせられない話を今からしたいらしい。
一体何なんだと私は内心では呆れ半分だったが、ここまできて断る理由もなかったので侍女や護衛を視界に入るギリギリの位置まで下がらせた。これならば絶対に私たちの会話は拾えないだろう。
さて、お膳立ては十分に整えた。
そのまま彼女の話を聞いても良かったが、変に遠慮もしたくなかったので会話の先手は貰うことにした。
「ウェンディ・エッグシェル男爵令嬢。先に私の方から話をさせていただいても?」
「え? あ、はい、もちろんです!」
「ありがとうございます。では、言わせてもらいますけど――貴女、結局ヴィルヘルムとタンジェリン様、どちらが本命なんですか?」
「…………へ?」
「ですから、本当に愛しているのはどちらの男性なのかと聞いているんです。それとも、二人とも同じくらい愛しているとでも仰るつもり?」
実のところ、私は結構、この女性に対して嫌悪の感情を抱いていた。
男性陣二人が今の関係に納得しているようなので私が口を挟む筋合いはないかもしれないが――彼女がしていることってようするに二股だと思う。ヴィルとロバート、二人の男性から愛されて。片方を選ぶのではなく、どちらにもいい顔をしている。社交界でこんなことが明るみになれば間違いなく悪女のレッテルを貼られる所業だ。
私の視線に込められた侮蔑の色に気づいたのだろう。彼女は顔を真っ青にすると、勢いよく首を横に振った。
「ち、違います! 誤解なんです!!」
「はぁ……貴女もヴィルも、なんだかそればかりですね。別に今更、私に言い訳する必要は――」
「あります!! 言い訳! させてもらわないと困るんです!!」
思わずと言った様子でこちらへ身を乗り出してくる彼女を手で制しながら、私も敢えて声のトーンを落とす。
「せっかく人払いしたのに、これでは会話が筒抜けになるかもしれません。落ち着いてください」
「あっ、その……ご、ごめんなさい……!」
「――それで、何がどう誤解だとでも言うんでしょうか?」
私が先を促せば、彼女はゴクリと喉を大きく動かした。その後、おもむろに姿勢を正すと、
「まず先のご質問にお答えしますね。私が恋愛対象として愛しているのは、ロバート・タンジェリン様ただお一人です」
はっきりとそう宣言した。意外な答えに私は思わず目を瞬かせる。
「なら、ヴィルは? 彼のことを愛していると、貴女は確かに言っていました」
「え……? あ、あの、でも、病室でそんなことを言った記憶は」
「……王都三番街にあるティールームで。貴女はヴィルと二人でお茶をしていましたよね? その時、偶然聞いてしまったんです」
私の言葉に彼女は衝撃を受けたような顔をした後で、再び「ごめんなさい」と頭を下げた。
「それじゃあ誤解させてしまったのも無理ないことです。本当に軽率でした。あの……確かに私にとってヴィルは特別な存在なんです。愛しているのも嘘ではありません。だって彼は、私の――」
固唾を呑んで待ち構えたその先の言葉が、私に届くことはなかった。
「みぃつけた」
代わりに耳朶を打ったのはドロリとした甘さを多分に含んだ男性の声。驚きのあまり反射的に顔だけで振り返った私の瞳に映り込んだのは――
「ああ、会いたかったよ、僕の最愛」
蕩けるような笑みを湛えた、ジョージ・マホガニーその人だった。
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