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――素敵ですわね


 タニアとの面会から数日後。

 気分転換に街へショッピングへと出かけた私は、立ち寄った宝飾店でとある人物と遭遇した。


「バーミリオン嬢、奇遇ですね」

「……お久しぶりですね、タンジェリン様」


 お買い物ですか、と尋ねてみれば彼は普段よりも柔らかな表情で頷く。


「大切な人へのプレゼントを買いに。来月がちょうど誕生日なので」

「あら、それってもしかして異性の方ですか?」

「流石に女性は鋭い。当たりです」


 どうやら意中の女性がいるようだ。言動が常にスマートな彼に婚約者が未だいないことを内心で不思議に思っていたが、この様子だとその女性を口説いている最中なのかもしれない。


「そういうバーミリオン嬢もプレゼント選びですか?」

「え? どうしてそう思われるのですか?」

「それはもちろん、ヴィルの誕生日も来月なので」

「あ……そういえば、そうでしたわね」


 ここのところ考えることが多すぎてすっかり失念していた。私がバツの悪さを誤魔化す笑みを浮かべれば、ロバートは少々意地の悪い笑みを覗かせる。


「婚約者に誕生日を忘れられるとは、それほどアイツは貴女のもとに通えていないということですよね? 一応、友人としても同じ騎士団所属の立場としても擁護させてもらいますがアイツの忙しさは本物ですよ。それこそ寝る間も惜しむくらいの過密なスケジュールをこなしている」

「……でも、誰かさんとお茶をするくらいの時間はあるでしょう?」


 あの日の光景が脳裏を過り、思わず厭味のような言葉を返してしまった私に対して、ロバートは僅かに瞠目した。


「バーミリオン嬢、何かヴィルに思うところでも?」

「別に……何もありませんわ」


 ロバートはヴィルの味方だ。私の味方では決してない。

 だからわざわざ本心を告げる意味もない。

 私の素気無い態度にロバートは難しい顔をしていたが、そこへちょうど店員がやって来たことで会話は途切れた。


「お待たせいたしました。こちらでお間違いないでしょうか?」


 ロバートへと話しかけた店員の言葉につい視線を動かせば、美しい台座に嵌った指輪が目に入った。華奢で繊細なデザインの銀色に輝く指輪は、中央に紫色と黒色の宝石が使われている。おそらくアメシストとスピネルだろう。センスのいいデザインに感心していると、


「……どう思います?」


 真剣な面持ちでロバートが意見を求めてきたので、私は率直な感想を伝える。


「素敵だと思いますよ。黒い宝石はどうしても重い印象になりがちですが、このデザインなら重くなりすぎずにいいバランスかと」

「それは良かった。私はこういうものを選ぶのに慣れていないので少々不安だったんだ」

「ふふっ……黒はタンジェリン様のお色ですわね。ということは紫はお相手の?」

「ああ、瞳の色を」

「――素敵ですわね」


 心からそう思う。

 ロバートの一途さが今の私には酷く眩しくて、相手の女性の立場がとても羨ましい。

 私もあの日まではヴィルの気持ちを微塵も疑っていなかった。だが真実を知った今は彼の言葉や行動を素直に信じることは出来ない。それでもジョージの時のように気持ちをすっぱり切り替えられないのは、きっとまだ私の中に彼を恋い慕う想いが残っているからだろう。


「バーミリオン嬢」


 指輪を見つめながらぼんやりしていた私へ、ロバートが言う。


「ヴィルもあと少しで騎士団を正式に退団します。そうすれば時間も出来るはずだから、一度じっくり話し合いの機会を持つべきです」

「……それは、忠告か何かですか?」

「どう受け取っていただいても結構。だが、今の私からするとバーミリオン嬢はとても危うく見える。その原因がヴィルにあるのであれば早めに話し合って解決するべきだと思ったまでですよ」


 話し合いで解決すれば苦労はしない、と喉元まで出かかった言葉は無理やり呑み込んだ。

 代わりに私は薄い笑みを貼り付けると「そうですわね」と表面的には同意する。


「ここのところ彼とはお会いできていませんし、今後についても話し合う必要はあると思っています」

「ええ、是非そうしてやってください。貴女の要望ならよほどの無茶でもない限り、アイツは叶える努力を惜しみませんから」


 ――なら、いつかは私のことだけを愛してくれるようになるかしら。

 こんなことを即座に考えてしまうくらいには想いが捨てきれていない。その事実が私に重くのしかかる。息苦しさからこれ以上この話を続けたくなくて、私はやや強引に話題を変えた。


「そういえば、タンジェリン様の意中のお相手はどのような方なのですか?」

「え? ……そうか、それもまだ伝わってなかったんですね」


 不思議な言い回しに小首を傾げた私へ、ロバートが優しく目を細める。


「ウェンディ・エッグシェルという名をヴィルから聞いたことはありませんか?」


 瞬間、ざぁっと血の気が引くような感覚に陥った。辛うじて首を横に振った私に彼は話を続ける。


「彼女とは古い付き合いで、私の方が長く片思いをしていたんですが……先日、ようやく色よい返事を貰えたところなんですよ」

「…………それって、つまり……彼女と結婚なさるということですか……?」

「ええ、遅くとも来年の今頃には。勿論、式にもご招待しますのでぜひ出席を」


 冗談を言っているようには到底思えないロバートの幸せそうな表情を前に、私はしばし呆然とすることしかできなかった。


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