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だったらなんで最初から


 私が手紙を送った先は、我が家がよく利用している情報屋のひとつだった。

 オーナーが女性で口の堅さも折り紙付きのそこに私が出した依頼内容は大きく分けて二つ。


 一つ目はウェンディという銀髪の女性についての身辺調査。

 二つ目は彼女とジョージ・マホガニーとの接点について。


 当初、ウェンディという名前と大まかな外見、そしてヴィルやロバートと知り合いであることくらいしか情報がなかったため、調査は難航するのではないかと思っていた。しかし思いのほか、あっさりと彼女の身元は判明し、またジョージとの関係も明らかになった。


 依頼から二週間ほどで送られてきた調査報告書を人払いした自室で読みながら、私は短く嘆息する。


 まずはウェンディという女性について。

 ウィスタリア伯爵家の遠縁にあたるエッグシェル男爵家の三女で年齢はヴィルと同じ二十一歳。今から四年近く前までは学院に通っていたが、体調不良を理由に卒業を待たず退学。それ以降は男爵家の領地に引きこもって生活しており、現在は社交も一切していないとのこと。どうりで見覚えがないはずである。


 しかし同世代の学生の間ではその美貌はかなり有名であり、輝くような銀糸の髪と藤の花のような紫の瞳が印象的な彼女に恋心を抱く男性は未だに何人もいるようだ。しかし彼女自身は誰とも婚約することはなく、現在に至る。


 ちなみにヴィルと彼女の世間的な関係はいわゆる同い年の幼馴染というもののようだ。遠縁の親戚でもあるため、幼少期からそれなりに交流があったらしい。またロバートともヴィルを通じて幼いころから面識があり、学院時代は先輩後輩の間柄で友人のような付き合いをしていたと報告書には書かれていた。


「幼馴染、ね……」


 あの他を寄せ付けない親密さは幼少期から培われてきたもののようだ。出会ってまだ一年にも満たない私では勝負にすらならないだろう。まぁ張り合うつもりは毛頭ないけれど。

 あの日以降、ふとした時に鋭い痛みを訴えてくる胃のあたりを軽くさすりながら、私はもう一つの項目へと目を落とす。


 記載内容はウェンディ・エッグシェルとジョージ・マホガニーの関係性について。

 こちらもロバート同様、表向きには先輩後輩という間柄。しかしただの先輩後輩ではなく、二人には更なる共通点があった。


「……生徒会、所属」


 ジョージが副会長、ウェンディが書記という形で同時期に生徒会に所属していたようだ。しかも驚くべきことに、そのほかの生徒会のメンバーにはなんとジョージの浮気相手であるタニアの名前もあった。

 これを偶然の一致で片づけられるほど、私は愚かではないつもりだ。


「つまり、彼らの間で確実に何かがあったということ……」


 あまり思い出したくない記憶を引っ張り出す。それはジョージとタニアを糾弾した夜のこと。ジョージとの会話の中で、タニアは確かこんなことを言っていた。


『でもズルいじゃない。今まで散々協力させておいて必要がなくなったら即座に捨てるなんて。私にだってプライドってものがあるわ』

『あら、怖いの? 学生時代はもっと大胆だったでしょう? 危ない橋もたくさん渡ってきた癖に』


 協力、学生時代、大胆、危ない橋――そして、ウェンディ・エッグシェルが学院を途中で退学しているという事実。それらを繋ぎ合わせていった先で芽生えた一つの憶測に、私は思わず額を押さえる。


「ジョージとウェンディさんの間で何か重大な事件があり、結果として彼女は退学に追い込まれた。タニアはジョージの協力者として、おそらく事件の隠ぺいに一役買った。そして――」


 ――ヴィルとロバートはジョージとウェンディとの間で起こった事件を知り、憤り、彼女のためにジョージへの報復を実行した。

 つまりヴィルが私に近づいてきたのは、最初からジョージへの報復の手駒にするためだったということか。なるほど、それならすべてが腑に落ちる。


 なぜなら裕福な伯爵令嬢である私との婚約がなくなることが、家を継げない貴族男性であるジョージに最も効果的なダメージを与える方法だからだ。彼有責での婚約破棄だ。この先、社交界への復帰は難しく、良縁に恵まれることもまずないだろう。

 よってそう遠くない未来、ジョージは侯爵家を出されて自力で生活していかなければならない。それは生粋の高位貴族として生きてきたジョージにとっては耐え難い屈辱のはずだ。


「すべては計画の上でのこと。しかも事件発生時点から考えれば、三年もの時間をかけて……ヴィルの彼女に対する想いはそれほどまでに強いってことね」


 ああ、本当に嫌になる。


「だったらなんで最初から、素直に協力してほしいって言わないのよ……」


 一目惚れなんて言われなければ、優しくされなければ、約束なんてしなければ。

 私だってこんなに傷つくことはなかったのに。なんて残酷な人なのだろう。人の心を弄んで掻き乱して期待させてから裏切るだなんて。私のことを馬鹿にしているにもほどがある。


「……こうなったら、ジョージと彼女の間で起こったこと、全部暴いてやろうかしら」


 彼が嘘をついてまで私に隠そうとしたこと。いつもの私なら人の秘密を暴くなんてはしたないこと、必要に駆られでもしない限りは絶対にしない。だけど今回だけは話が別だ。

 少なくとも、ここまで巻き込まれた私にはすべてを知る権利がある。そう強く思った。


「となると、当事者に話を聞くのが一番よね……けど、いったい誰に?」


 事件の真相を知っているであろう人物――ヴィル、ロバート、ジョージ、ウェンディ、そしてタニア。

 一番手っ取り早いのはヴィルを問い詰めることだが、正直いまは顔を見るのもつらい。幸いにもお互い忙しいため、あの日以来、私はヴィルを何かと理由をつけて避け続けている。いつかは限界がくるだろうが、まだ直接対峙する勇気は持てない。


 ロバートとはそれほど親しくないし、ウェンディとは面識すらない。ジョージはそもそもこちらから接触を禁じている。なので消去法で残された選択肢はひとつだけ。


「確かマロ―男爵とはまだ離縁していないはずよね……?」


 私が誰かに訊ねるまでもなく、ジョージやタニアの近況は噂好きのお節介な知人から定期的に供給されている。その内容が正しければタニアはマロ―男爵から離縁を要求されており、現在は実家に身を寄せてはいるものの、実態はほぼ軟禁状態のはずだ。


 彼女が当時のことを正直に話してくれる保証は何一つないが物は試しである。

 何かに取り組んでいる方が気がまぎれるということもあり、私は早速タニアとの面会を取り付けるべく行動を開始した。


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