俺も愛してるよ
婚約も無事に成立し、三ヶ月。私もヴィルもそれぞれ多忙を極めていた。
特にヴィルは退団が決定した騎士団の引継ぎと社交、勉強にと休む暇がないほどだ。それでも時間を見つけては、私たちはティールームでお茶をしたり、夕食を共にしたり、街を散策したりした。
ほんの数時間でもヴィルに会えるだけで私は十分に幸せだった。
そんな中、ヴィルの方から数日後にいつものティールームでロバートを交えてお茶をしないかという誘いの連絡を受けた。しかしその日は生憎、別の用事が入っていて都合がつけらず。残念な気持ちになりつつも、ロバートと楽しんできてと返事を出した。
だが当日になって相手方の都合で急遽、予定が変更となったのだ。
時間を確認すると今からティールームに向かえばお茶をする時間は十分に取れそうだったので、私はウキウキしながら馬車を出してもらった。気分はちょっとしたサプライズの仕掛け人だ。ヴィルが驚き、そして喜んでくれる姿を想像するだけで顔がにやけてしまう。
お馴染みのティールームに到着すると、すぐさま顔見知りの店員が傍へ寄ってきた。しかしその顔は何故か焦っているような、困惑しているようなものに見える。
私は不思議に思いつつも笑顔で声を掛けた。
「時間が出来たから立ち寄ったの。彼はいつもの席よね?」
「えっ、あ、はい……あの、ですが今日はお嬢様でなく、別の方をお連れになっておりまして――」
きっと手紙にあった通りロバートのことだろう。私が「私も知っている方だから問題ないわ」と告げると、店員はあからさまにホッとしたような顔になった。そして改めて案内を買って出てくれたが、私は少し考えてそれを断った。
「ちょっと驚かせたいから一人で行くわ。しばらくしたら注文を取りに来てくださる?」
「かしこまりました」
そうして意気揚々と階段を上がった先で、私はすぐに愛しい人の姿を見つけた。しかし彼と一緒に居る相手は予想していたロバートではなかった。
銀色の長い髪――明らかに女性だ。おそらくはヴィルと同い年くらいの。
遠目にも美しい彼女は白いレースのハンカチを手にはらはらと涙を流していた。そんな彼女を軽く抱き寄せた上で背中を優しくさするのは紛れもなくヴィルで、あまりに親密なその距離感に私は息を呑んだ。
咄嗟に柱の影へと身を隠した私の耳に、二人の会話が細々と聞こえてくる。
「いい加減、泣き止んでくれよウェンディ」
「……わたし、本当に自分が情けなくて……ヴィルに途方もない迷惑をかけて、その上でロバート様にも……」
「そんなの気にしないでいいってば。俺がお前のために動くのは当たり前のことなんだから。ロバートだって自主的に協力してくれたんだぞ?」
「でもっ……ジョージ様のことだって、元はといえばわたしが――」
「ウェンディ」
そこでヴィルがさらに彼女を強く抱きしめた。その瞳は優しさにあふれていて、一目で彼が彼女のことを大切に思っていることが分かった。瞬間、私の中で何かが砕けるような音が響く。
「お前は十分苦しんだんだ。もうあんな野郎のことは忘れて必ず幸せになるんだ、いいな?」
「……分かったわ。本当にありがとう、ヴィル……愛してるわ。私の半身」
「うん。俺も愛してるよウェンディ」
――ああ、どうして。どうして、どうして、どうして。
私に愛を囁く人は、別の女性にも愛を囁いてしまうのだろう。
こんな裏切りをされるほど、私はどうしようもない存在だとでもいうのだろうか。
怒りの感情も悲しみの感情も、本来湧いてくるべきはずなのにもはや何も感じない。
ただただ虚しかった。自分には一途に愛される価値はないのだと、思い知らされたから。
私はなるべく音を立てずにその場を後にした。本当ならば即座に乗り込んでヴィルと女性を怒鳴りつける資格を婚約者である私は持っていたけれど、そんな気には一切ならなかった。もう、どうでもいい。
よほど顔色が悪かったからか、途中ですれ違った店員から心配の声をかけられる。私は反射的に作り笑顔を浮かべると、今日ここに来たことは誰にも言わないでほしいとだけ告げて店を出た。こんな場面でも必死に取り繕おうとする自分が酷く、惨めだった。
これからどうするべきだろうか。
二度目の婚約破棄――は、流石に無理だろう。あまりにも外聞が悪すぎる。
しかも今回の婚約も女神契約だ。父の懸念は正しかったが、今更嘆いても仕方がない。
すべては自分の見る目がなかっただけのことだ。
「ほんとうに……ばかみたいだわ」
帰路をゆっくりと走る馬車の中で、思わず自嘲の声が漏れた。こんなことになるくらいなら別にジョージと結婚したところで大差なかったな、とぼんやり思う。むしろ恋愛感情なんて厄介なものに振り回されなくて済む分、ジョージが相手の方が気楽だったかもしれない。
そう、この期に及んでもまだ私はヴィルのことが好きなのだ。そんな自分が滑稽で、意味もなく笑いだしたくなる。ジョージの時みたいに一瞬で嫌いになれたらよかったのに。人の感情とはままならない。
「あんな人が相手じゃ、勝てっこないじゃない」
ヴィルが愛する女性はとても綺麗な人だった。
子供っぽい私とは対照的な、繊細で嫋やかな白百合のような人。
もしかしたら家柄や財力は私の方が勝っているかもしれないが――
「ああ、そうか……それが目的なのね」
彼が私との婚約を断るタイミングはいくらでもあった。それをわざわざ私を愛するふりをして押し進めた理由はひとつ。我が家への婿入りに魅力を感じたから。きっとそうに違いない。
おそらく一目惚れというのも嘘なのだろう。会話の中で女性はジョージの名を口にしていた。
もしかしなくても、彼が私に近づいてきたのは最初からジョージに何かしたかったからではないか――まるでパズルのピースが嵌っていくように、次々にヴィルの今までの行動の意味が見えてくる。
「……答え合わせを、しておくべきかしら」
ヴィルと結婚することはもはや避けられない。ならばせめて真実が知りたかった。
もしかしたら徒に傷口を広げるだけかもしれないけれど、何も知らずにいることの方が私には遥かに耐え難い。
自室へ戻った私はすぐさま机に向かうと手紙をしたため始めた。心配そうなナンシーの視線が突き刺さるものの、敢えて気づかないふりをした。やがて書き終えた手紙をナンシーに渡すと、私はベッドの上に横たわる。眠気はないが、それでも酷く疲れを感じていた。
……真実を知ればジョージの時のように、ヴィルのこともちゃんと嫌いになれるだろうか。
出来れば早くそうなればいいと、麻痺した心で静かに願った。
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いよいよ後半戦です。引き続き毎日更新で頑張っていきたいと思います。
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