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純白魔法 -魔法に拒絶された魔法使い-  作者: ガリガリワン
第十章 君級魔法使い

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第九十話 能動的な三分間

 リルメットの体はもう限界を超えている。


 体への負担はすでに限界値を超えており、

 倒れているはずの体を無理やり動かしている。


 なぜそこまでするのか。


 それは彼が言った通り、ただの意地だろう。

 絶望的状況、おそらくこの状態のリルメットでも、

 この魔王側近二人には勝てない。


 それでも、戦士として彼は死ぬことを選んだ。


 雷属性による力は強力であり、自らの筋肉へと刺激を与え続け自身を操り人形のように動かす。


 それが今のリルメットの状態。


 その状態が意味することつまり、

 魔力が尽きれば彼の命は燃え尽きるのだ。



 雷の壁によって隔たれた戦士たち、

 自分たちはどうして何もしてあげられないのだろうか、リルメットから受けた恩を返すこともできない。


 無力だ。


 各々が無力さに嘆く中、一人の戦士が大きく声を上げ、リルメットの願いに応えるように呼びかける。


 辛いだろう。助けに来たにも関わらず、何もできずに帰されるだなんて。だがそれが一番だ。


 リルメットに生きる意思はない。


 眼前に対する二人の悪を断ち切るのみだ。

 皆が後退していく。



「……フェゴちゃんは戦う?」

「えー、めんどうくさいから任せたー

 ヤバくなったら言ってくれ〜」


 エルドレはそれを聞いて笑顔で頷き、

 一歩前に出て雷の鎌を構える。


「その状態、辛いんだろうなぁ

 明らかに体に負担がかかりすぎているし、

 今にも倒れそうなくらいでしょ?」

「……それがどうした」



「その状態でどれくらい強いのか気になるなぁ、

 少しは僕ちゃんをびっくりさせるこっ……!」



 轟音と共に閃光が走り、エルドレの腹部を切り裂いた。それを喰らいエルドレは即座に再生し、振り返ろうとすると、再び首と足に斬撃を喰らう。


 まただ。先の猛攻が来る。


 となればエルドレもバカではない。

 彼の本気がここに来て発揮される。


「やっぱり、雷に切られるのは慣れないやぁ!」


 エルドレの真っ赤な角に黒い模様が入り、

 腕が真っ赤に染まって頬に赤い痣が出てくる。


 魔王側近は本気を出した場合、

 その身へと特異な模様が刻まれる。


「!」


 リルメットは攻撃がエルドレに初めて避けられた。

 目が合い、相手は非常に楽しそうな目をしていた。


 気色が悪いと思った瞬間、眼前へと赤い針が迫る。


 リルメットはそれをギリギリで反応して避け、

 崩れた体勢から一気に雷を放出し、エルドレの胸へと雷の斬撃が襲いかかる。


「っ!」


 リルメットはエルドレの行動に驚いた。

 雷の斬撃を腕で受け、余る片腕で追撃を仕掛けてきたのだ。その行動にリルメットは反応できなかった。


 エルドレの片腕から放たれる殴りは、

 リルメットの腹部へと直撃し、強い衝撃に息を呑むリルメット、次の瞬間後方へと吹き飛んでいた。


血波(アルブラーツ)


 エルドレは短縮発動にて魔法陣を省略し、

 真っ赤に染まった手から大量の赤い水を放つ。


 エルドレの水は毒を含んでいる。

 故にこうしてただ前方に流すだけでも強力だ。


 だがこの血波の本当の狙いはそこではない。



 リルメットは迫る赤い水へと向け、

 大量の雷のナイフを作り上げて反撃すると、

 水は雷の着弾によって消えていき、一見相殺したかのように見えた。


 妙だった。

 こんな意味のないことをエルドレはするだろうか。


「甘いなぁ甘すぎるよ。

 今のカスみたいな魔法で、君を殺そうとしたわけじゃない。ただの前座に過ぎないんだよ。血鯨(ブラエーホ)!」


 地面へと刻まれている真っ赤な魔法陣。

 リルメットはそれにより、先のエルドレの行動に説明がつくことに気がついた。


 意識が向く程度の軽い魔法により、

 攻撃に扱う大きな魔法を確実に発動させる。


 リルメットは剣を構え、全身を纏う雷を一気に圧縮し始め、姿勢を低くして構える。


「その構え……」


 エルドレは見覚えがあった。

 なぜならその構えは、龍刃流のものだからだ。


 龍刃流。

 龍族発祥の速度にのみ特化した流派。

 最も憧れる者が多く、最も諦める者が多い。


 そもそも龍刃流は、龍族が自分たちのために作り上げた流派、龍族の身体能力に人族は追いつけない。


 それ故に龍族以外の龍刃流は、本物ではない。


 龍族の剣術を模した″なにか″なのだ。


 だがたった一人、人族でありながら龍族と変わらぬ動きができる剣士がいる。


 それが剣塵、イグレット・アルトリエだ。

 リルメットは自分以外の剣士に憧れている。


 なぜあんなにも強いのだろうか。

 種族的には人族など身体能力では必ず劣る。


 剣士は人族や霊族には向かないのだ。


 それでも彼らが剣士を目指す理由は?

 簡単な話だ。己の剣を信じてやまないからだ。

 自己満的な話ではなく、彼らは自身の剣に誇りを持っている。


 リルメットは魔刃流と呼ばれる流派だ。

 だが、本当の流派はそれではない。

 得意な流派は龍刃流、適しているのは魔刃流。

 彼が教わった流派は名が知られていない。


 だが彼は剣塵に自分が得意な龍刃流で、

 同じ土俵に立ち、競えば負けると知っている。


 嫌で仕方なかった。


 ただの人族、そんな者に自分は勝てないのだと。

 でも今は違う。今なら必ず競い合って勝てる自信がある。


 リルメットの口角が上がった。


 それとほぼ同時、辺りの空気が静まり返り、

 エルドレの視界からリルメットが消えた。

 加えて辺りに閃光が何度も走り出す。


 リルメットはとんでもない速度で走り続け、

 エルドレが反応しきれなくなった時に攻撃するつもりだ。


 上乗せされ続けた速度には、爆発的な力が乗る。


 空間魔法にて防ごうたって、これから襲いかかるリルメットの攻撃からすれば無意味。


 エルドレは避ける必要があった。


「……ここかなぁ!!」


 エルドレは雷の鎌を振い、高速で動くリルメットが止まれないことを予測する。

 これによりリルメットは攻撃前にこちらの攻撃をその身に受けるのだ。


 だがエルドレの攻撃はリルメットを捉えるに至らなかった。


「は?」


 エルドレの右半身は消え去り、リルメットはエルドレから少し離れた後方にて立ち尽くしている。


 エルドレは理解できなかった。

 あの速度で動いていたにも関わらず、軌道を変えて突っ込んでくることが可能なのかと。


 それは不可能だ。

 できるわけがない。


 エルドレは戸惑いながらも再生していき、

 振り返るとリルメットがこちらへと体を向けていた。


「その足……」

「……まだ動く」


 リルメットの足は焦げて壊死していた。



 軌道を変える際に自分の足を爆発させたんだ。

 その衝撃で鎌を避けて僕を切り裂いた。

 ……この男、結構イカれてるじゃん。


「……俺は君には勝てない。

 でもその体に刻んでやる。このリルメット・アグラスト、君に傷を残す者だ」


「傷? ははっ笑わせないでよ。

 僕たち魔王側近はどんな怪我だって癒せる。

 欠損したってお構いなしさ。

 傷を残す? 花道歩んでるところ悪いけど、

 僕はそんなに協力的じゃないよ」


「……気づいてるはずだ。

 君は俺の速度についてこれてない。

 もし最初から一対一だったら、俺に負けていることもわかっているはずだ。だって君は強いから」


 エルドレはその言葉に舌打ちをする。


「冗談キツいなぁ、なんでそんな僕をイラつかせるわけ? なんなの? 死にたくてしょうがないの?」

「初めて怒りを見せてくれたな。

 ふふっ、俺はもう十分満足した」


 リルメットは剣を構え、正真正銘最後の一撃を放ちにかかる。


 エルドレは久しぶりだった。

 ここまで屈辱を味わったのは、幼い頃以来だ。


 エルドレはただ目の前の死に逝く無礼者に集中する。


「……嵐断(ラニンドルア)!」

血裁刻(ブアンデスラ)ッ!」


 リルメットの剣が雷を大量に纏い、

 光が上へと昇っていく。


 エルドレは指から真っ赤な水を作り出し、

 弓を放つような構えをとってリルメットへと向ける。



 この世界はバケモノばかりだ。

 才能、それが全て……努力なんて結局、

 才能ある奴がしたら誰も追いつけなくなる。


 僕は……才能が欲しかった。

 魔王側近で一番弱いのは僕だ。


 シルティちゃんは、圧倒的な魔力量とタフさ。

 フェゴちゃんは、魔法技術のレベルの高さ。

 ユーラルちゃんは、魔法の天才。

 チラテラちゃんは、魔法の威力の高さ。

 レアルトちゃんは、誰にも負けない想像力。


 みんな、魔法を扱う上では重要なことを極めてる。


 僕は、手数の多さとしか言えない。

 手数の多さだなんて所詮、長く生きたから当たり前なんだけど……悔しかったなぁ。


 何をやっても追いつかない。

 それが当たり前、努力するしか戦う方法がない。


 だから僕は魔王側近になって永遠を手にした。

 ひたすらに努力して、吸収して、戦い方を磨いて。


 今こうして僕は二番目に強い魔王側近になった。


 でも今日戦ったこいつが、

 もし魔王側近になっていたら?


 100年も経たずに超えられちゃうんだろうな。

 あぁ憎たらしい。僕が嫉妬を冠してもいいかも?


 ……幼い頃の自分に言ってやりたいよ。

 才能がなくたって勝てばいいんだ。


 生きていれば、いつだって勝ち時はある。

 僕はそんなふうにできてるこの世界が楽しくてしょうがない。はは、やっぱり色欲の方が向いてるや。


 今の僕はこんなにも……


 こんなにもこの男に惚れ込んでいるんだから……!


 ーーーーーーーーーーーーーーー


 波の音がうるさい。

 足元が冷たい、雪が降ってきた。


 体は熱を失っていた。


「……僕の勝ちだね」


 勝負は決した。


 エルドレは上半身などほとんど全てを消し飛ばされたにも関わらず、ゆっくりと再生を始めている。


「バケモノが……」

「僕から見たらそっちもバケモノさ。

 ……最後に何か言い残すことは?」


 リルメットは一つだけ、

 気になっていることがあった。


 それは自分の弟子の存在。


 リルメットにも師匠は居た。

 だが病気で何年も前に死んだ。


 師匠の遺言とは、

「俺の剣術を絶やさないでくれ」

 そんなものだった。



 師匠、俺はあなたの遺言を心底恨みました。

 自分で、世に伝えるべきだったんだ。


 俺はその剣術を扱えないです。

 でも俺の弟子は、教えたらすぐさまマスターした。


 俺は、あなたの剣術を最期まで扱えなかった。



「……バケモノはまだまだ多くいる。

 俺は種族に恵まれただけの剣士だ……

 俺の弟子が君を殺しにくるだろう。

 彼は、僕以上のバケモノだ」


 リルメットの声が小さくなっていく。


「……″点流派(てんりゅうは)″、それが彼の扱う流派」

「……あっそ。聞いたことない流派だよ」


 そう言ってリルメットの体から魔力が消えた。


 その日、北峰大陸北部の海岸にある砂浜は、

 跡形もなく消え去り、荒れた地にて雪を体に積もらせ、剣を抱えながら座り込んでいるリルメットが見つかったそうだった。


 君級剣士、斬嵐、リルメット・アグラスト。

 死闘の末、その身を北峰大陸で絶やした。


「あー気分悪、帰ろフェゴちゃん」

「はは、相性最悪だったなー」


 二人の魔王側近はやるべきことを終わらせた。

 言われた通りに君級を殺せたのだ。


 だが、一人の戦士の願いは叶っていた。


 エルドレの肩から腰にかけての傷は、

 未だ再生し切っていなかったのだ。

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