第八十二話 愛蔵の悩み
さて、今朝の食事を終えたフラメナ。
食後の満腹感に浸りながら、今日一日何をして過ごそうかと悩む。
とりあえず、服に着替えて外にでも出よう。
フラメナは服を着替えるために、二階へと向かうがそこで気がついた。
私……私服がないわ!
あるのは旅の服だけだ。
かなり消耗しており、一応王族のフラメナが着る私服としては酷く似合わないものだ。
フラメナは二階からフリラメの名を呼ぶ。
「お姉様ー!!服貸してくれないかしらー!!」
そんな声にフリラメが反応し、階段を登ってフラメナの下へとやってきた。
「出かける用の服がないの?
……あとせめて何か羽織ってなさい」
着替えようとしていたのか下着姿のフラメナに、
呆れたようにそう言うフリラメ。
「別にいいじゃない。誰もいないんだから」
「まぁ……私の前だったらいいけど、
他の人の前じゃダメよ?」
フラメナはそれに頷くと、フリラメは部屋を歩いてクローゼットを開け、自身の私服を取り出しフラメナに渡す。
流石の姉力、かなりフラメナに似合う服だ。
フラメナ自体あまりスカートを履かないのだが、
似合うかと言われれば似合う。
白色のブラウスに、少し肌寒い気候の南大陸ではポピュラーなベージュ色のカーディガン。
腰にはベルトを巻きつけ、スカートを固定し、
丈が膝の辺りまで伸びている。
フラメナの身長は160cmほど、
可愛らしくも大人らしい印象だ。
「私のセンスは間違いないわね……
フラメナにその服はあげるわ。
今日は服でも買ってきたらどう?」
フリラメの提案にフラメナは頷き、
鏡の前で身なりをチェックして少し嬉しそうにしている。
「変な人に気をつけるのよ……と言ってもフラメナは君級魔法使いだったわね」
少し笑いながらそう言うフリラメ、
フラメナは子供のように見られていることに、不満を漏らすが、嫌な気はあまりしなかった。
そうしてフラメナは出かける準備を終え、
一階へとフリラメと共に降りて玄関へと向かう。
「じゃあ行ってくるわ!」
「えぇ気をつけてね。
帰りはいつになるかしら?」
「日が暮れる前には帰るわ!」
フラメナはそう伝えて研究所を出ていく。
新しく出来た王都の街並み、新鮮な景色ばかりで心が躍る。
ただまあ目新しい景色を一人で楽しむのもいいが、
やはり買い物となれば話す人がほしい。
誰を誘おうか、一応服を買うとなれば同性がいい。
何度考えてもエルトレしか頭に出てこない。
エルトレのいる宿に向かおう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一方、定住型の宿に住まうクランツたち。
朝早くから皆、行動を開始している。
ルルスは散歩と言って街を探索。
ライメなどは図書館に向かい、本格的に魔法教師の勉強を始めるそうだ。
クランツは支度を済ませれば、
今日も研究所にて南大陸滅亡時のことを研究する。
エルトレやラテラはと言うと、
酒場についての話し合いを行っていた。
「やっぱり小さめの酒場になっちゃうよね」
「まぁ……そうなるよ。あんま大きくしたって負担が増えるだけだし、ラテラのこともあたしが見なきゃいけないからさ」
部屋にて机を挟み椅子に座る二人。
ラテラは申し訳なさそうに話し出す
「……僕のせいでごめんねお姉ちゃん」
「ばーか、そう言うことで謝んないの。
あたしが強く生まれた理由はラテラを支えるためなんだから、別になんも思わなくていいって」
エルトレのそんな言葉に、ラテラはそう思ってくれているという喜びと、そう思わせてしまってる自身の無力さを感じ、少しだけ視線がエルトレからずれる。
「……暗い話は終わり、酒場のこと考えるよ」
ラテラが頷けば二人は再び酒場について話し始め、
間取りや内装、料理のメニューなども考えた。
立地は昨日街を歩いた際に大体決めており、
そう問題などもなく、こちら側の考えが纏まればすぐにでも建築依頼を出せるだろう。
そうして二人がしばらく話し合ってると、
部屋の扉がノックされ、元気な声でエルトレの名を呼ぶ声がした。
「エルトレー!服買いに行きましょ!」
エルトレは扉を開けるとフラメナが立っており、
旅の時とは全く違う服装に少し驚いた。
「私服でそんなのあったっけ?似合ってるじゃん」
「お姉様のお下がりよ!」
エルトレの服装は旅の時とあまり変わらない服。
黒のポロシャツに焦げ茶の長ズボンとすごくシンプルなもので、私服を買いに行くのにはいい機会だ。
「ラテラも一緒でいい?」
「もちろんよ!」
「えー二人だけで行って来てくださいよー
僕はここでお昼寝をする予定がありますから」
そう言って拒否するラテラ。
「なら留守番で大丈夫?一人の時に体調悪くなったら部屋から出て助け求めるんだよ」
「僕は大丈夫だから楽しんできてください〜」
ラテラはそう言って手を振り、
エルトレは少しため息をつく。
ちょっと不安なんだろう。
だがエルトレも服は買いに行きたいので、
鞄を持ち支度を素早く終わらせる。
「じゃあ行こ」
エルトレがそう言うとフラメナは頷き、
二人で宿を後にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二人は宿を出て街中を歩く途中、
エルトレがフラメナに一つ問いかける。
「ライメの誕生日近いけど、
もうプレゼントは決まってるの?」
「んー、まだよ!去年は確か魔法書あげたのよね」
ライメの誕生日は9月11日。
今年で十七歳だ。
「……それで?フラメナは″ライメが好きなの?″」
「まぁそ……っぅえ!?な、なんでいきなりそんなこと聞くのよ!」
フラメナは分かりやすく赤面し、エルトレにそう言えば、エルトレは見透かしたように話す。
「あははっ、まさかあんなデレデレでバレてないって思ってたの?フラメナとライメが良い関係なことは少なくともパーティー内じゃ周知だよ」
フラメナに羞恥心が襲いかかる。
「恥ずかしいわ……そんなバレバレだったの」
「まぁ、応援してるけどさ。旅も終わってゆっくり出来るようになったわけだし、そろそろ思いを伝え始めれば?」
エルトレのその言葉にフラメナは頷く。
「そうよね……でもどうやればいいのかしら?」
「誕生日はビックイベント、そこを起点に地道に距離を縮めていって最終的にくっつけば良いの」
フラメナは手を後ろで組み、もじもじとしながら話す。
「簡単に言うけど……ドキドキして困っちゃうわ」
「それが誰かを愛するってことでしょ……」
エルトレはフラメナに対して言う。
「新しい服を買って、可愛いフラメナをライメに見せればすぐに落とせるよ。ライメだってフラメナのことは少しくらい意識してるはずだからさ」
そんな言葉にフラメナの顔は赤くなっていき、
非常に恥ずかしそうだった。
服屋へと着き、私服を何着か買った二人。
ついでにライメの誕生日に備えてプレゼントも買うことにした。
「ライメって何が欲しいのかしら……?」
二人はライメを思い浮かべる。
お茶をゆっくり飲みたいな。
魔法の本とか僕は好きだよ。
別にプレゼントだなんて……大袈裟だよ。
なんであろうともらえれば嬉しいよ。
ダメだ。ライメはこう言うタイプだった。
お茶や魔法書はあげたことがあり、
二人の脳内には策がなかった。
「ライメは欲がなさすぎなのよ……!」
「本当に謙虚って感じ……何買おうか……?」
美味しいもの?高いもの?綺麗なもの?
どれもライメに送るにはぴったりとは言えない。
ライメが欲しがるようなもの。
アイデアがまったく浮かび上がらない。
「あっ、フラメナ」
「ん、何か思いついた?」
エルトレがフラメナを呼べば、
ある提案をしてきた。
「別に買わなくてもいいじゃん。
フラメナの手料理を振る舞おうよ」
「え、私……料理出来ないわよ」
そんなフラメナにエルトレが言う。
「お嫁さんになるなら少しは料理できないと困るでしょ?ライメが体調崩したら支えるのはフラメナだよ。
この機会に料理覚えよ?」
「お嫁さっ……ぐっ、しなきゃダメなのね?」
「やり遂げるしかないよ」
そうとなれば話は早い。
誕生日まで今日含め残り二日、
エルトレのお料理教室が始まる。
宿に戻った二人。
早速キッチンへと向かい、二人はエプロンを着て料理をする準備を整える。
「まずライメは何が好き?」
「野菜と温かいスープ、柔らかい魚とか……
あと甘いものが好きって言ってたわ!」
「すごい詳しいじゃん……」
「聞き出すのは得意だから任せなさい!」
献立が決まった。
生野菜を冷やし塩を振ったソルダという料理に、
野菜多めの温かいスープとコムと呼ばれる主食。
そのコムと相性バツグンのソースを使った魚料理。
球紫と呼ばれる紫色の果実から作った飲み物と、
デザートはケフラメと呼ばれるもの。
(*ソルダ=サラダ コム=パン ケフラメ=ケーキ)
球紫と呼ばれる果物は、主に南大陸や東勢大陸で親しまれる紫色の濃厚な甘味と渋みを持つ物だ。
飲み物として飲むと非常に美味しく、十五歳ほどを超えたあたりから皆ハマりだす味だと言う。
ライメもこの飲み物は大好きだ。
外食の際もよく頼んでいた。
「フラメナ、この中で作れそうな物ってある?」
「ないわ!!」
絶望的な返し、まさかソルダすら作れないなんて、
そんなことがあって良いのだろうか?
いやあって良いはずがない。
ここからの二日間、
フラメナの絶望的な料理センスにエルトレは頭を悩ませ、フラメナは自身のセンスになさに絶望する。
料理とは大変なのである。
本日18時にもう一話投稿されます!




