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純白魔法 -魔法に拒絶された魔法使い-  作者: ガリガリワン
第八章 純白魔法使い 北峰大陸編

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第七十七話 本気の出し方

 ルルスは本気を出したことがない。


 彼は村にいた頃から他の剣士を圧倒するほど強く、

 東勢大陸の低級邪族は相手にならなかった。


 上級邪族などに苦戦したとしても、

 力の全てを引き出したことはなかった。


 出す必要がないからである。


 圧倒的に格上か格下としかルルスは出会ったことがない。そして怒りや憎しみを経験したこともない。


 彼は村を憎んではおらず、無関心だった。


 だからこそ彼は本気の出し方を知らない。



 ルルスが対する蜘蛛は将級ほどはあるだろう。

 もしかしたら君級に迫る強さかもしれない。

 未知の敵、唯一わかるのは一筋縄では勝てないということだ。


「フラメナ……やっぱり加勢した方が」


 エルトレが歩いて蜘蛛へと向かっていくルルスを心配して、フラメナへとそう提案する。


「ダメよ。これはルルスの戦いだもの……

 これ以上ルルスから何かを奪うことはしたくないわ。大丈夫、ルルスならあんな蜘蛛余裕よ」


 フラメナはそう言い、ルルスを信じる。



 じわじわとルルスは蜘蛛へと近づき、蜘蛛の警戒が限界に達したのか、蜘蛛の咆哮が部屋に響き渡る。

 次の瞬間、ルルスへと迫る鋭利で巨大な足。


 ルルスを貫こうとするそれは、巨大であるにも関わらず素早かった。だがルルスにとっては遅い動きだ。


 足を跳んで避け、ルルスはそのまま足を利用し、

 足に切り傷をつけながら蜘蛛の体へと迫っていく。


 巨大な蜘蛛は自身の足に傷がついたことに怒り、

 一気に動き始め、ルルスを振り落とそうとする。


 今回ばかりはルルスの属性が刺さった。


 ルルスは草の魔力でツタを作り出し、

 足から飛び降りて別の足へとツタを巻きつける。


 そして勢いをつけ、遠心力にて一気に上へと打ち上げられると、そのまま蜘蛛の頭付近まで到達した。


 蜘蛛はルルスを見上げ、

 口を開き食べてしまおうとする。

 それに対しルルスは空中にて回転し、ツタを放って蜘蛛が体から生やす結晶へと巻きつける。


 そのまま回転を維持しながらツタを引いて一気に蜘蛛へと突撃し、口を避けて一気に頭を切り裂いた。


「シャギャアッパカカカカカッ!」


 悲鳴のような蜘蛛の声が発せられると、

 ルルスはそのまま蜘蛛の体の上に着地する。


 呆気ない。

 というよりはルルスが単に強いだけでもある。

 それとここまで機動性が高い剣士というのも珍しく、巨大な蜘蛛からすれば天敵とも言えるだろう。


「……あぁまあそうですよね。

 こんな弱さじゃ、自分の母は殺せませんから」


 ルルスは蜘蛛の身体中に魔法陣が浮かび上がったのを見てそう言い、何が起こるのか察していた。


 召喚魔法だ。

 先ほど、フラメナたちが出会った虫の大群を彷彿とさせる量の虫たちが、一気に湧き出てくる。


 種類は五種類、加えて先ほどと同じだ。

 そのことからこの迷宮の虫たちは、

 この蜘蛛から生み出されたこととなる。


 ルルスは大量の虫たちを無視して跳び上がり、

 こちらへと飛んでくる虫たちに急降下しながら剣を振り回し、切り裂きながら地上へと着地する。


 着地をした瞬間、蜘蛛の足がこちらへと迫り、

 召喚された虫たちが大量に迫ってくる。


「……フラメナ」

「大丈夫……ルルスは……」


 五人は段々と心配が高まり、加勢するかしないか迷い続ける。するとルルスが叫んだ。


「自分の問題ですので……!!

 手を出さないでください……!!」


 ルルスは自分頼りだ。

 何事も自分自身で解決しようとする。


 悪いことじゃない。そう言った姿勢は大事だ。

 だが、常にそれでは戦士としては悪癖と言える。


 フラメナは頼ってほしい気持ちと、

 ルルスの気持ちを尊重したい気持ちで板挟みにされ、どっちつかずの思考に動くことができなかった。



 ルルスは迫る虫を切り刻みながら走り、蜘蛛の足を避けながら再び、蜘蛛の体の上へと乗ろうとする。


「キシャアアアア!!」

「ッ!」


 ルルスは蜘蛛の足を伝って体の上へと登ろうとした矢先、上から虫が降ってきて肩を切り裂かれ剣を放してしまい、手ぶらとなってしまった。


「もうあたし限界……見殺しなんてできない!」

「……っそうね」


 エルトレにそう言われ、フラメナは気持ちを踏み躙ってでも命を助ける選択をした。


 そうしてエルトレが走り出し、

 フラメナが魔法を放とうと構え、他のリクスやライメも魔法陣を展開する。


 その瞬間だった。


 鮮血が空中に舞う中、ルルスは緑の残光を纏いながら一瞬で蜘蛛の体の上へと登り詰め、一気に蜘蛛の頭上へと跳び上がる。


 憎悪、悲嘆、激怒。

 ルルスの感情には黒い渦が巻いていた。


 本気の出し方、それは人によって様々だ。


 強い憎しみにより得られる原動力。

 強い悲しみによる圧倒的な復讐心故の行動。

 強い怒りによる狂うほどの殺意。

 強い憧れ、強い欲望、強い覚悟。


 皆本気を出す際に感情は強くなる。


 人族、魔族、獣族、霊族。

 全ての種族はそれを経験して戦士として大成するのだ。


 冷静である場合の本気とは、体の全てを使ったものではない。全てを捨てるほどの勢い、感情の昂り、それにより生物は″夢中″と呼ばれる状態に入る。


 ルルスは感じていた。

 心の奥底から湧き上がる憎しみの叫び。


 ルルスもまた遅きながらも本気を出していた。

 これが彼の全て、初めて彼は感情に縛られた。

 自由じゃない戦い、感情に支配された戦い方。


 でも今はただ、これでいい。


 どうしてこんなにも心地良いのだろう。

 どうしてこんなにも憎たらしいのだろう。


 ルルスはそう思いながら、手へと全身の魔力を集め、緑色の光と共に一つの剣を作り出す。


 魔法ではない。ただの魔力の塊だ。


 その剣はルルスの剣そっくりであり、

 緑色の光の集まりであった。


 ルルスは目を閉じ、ゆっくりと落下する中、息を吐いて剣を握る手に万力を込め、全身の血管が浮き出るような渾身の一撃を放つ。


 光の剣を振り下ろせば、その光は斬撃として放たれ、高速を保った状態で蜘蛛を一直線に通り過ぎる。


 蜘蛛の動きが止まり、召喚された虫たちの動きも止まった。ルルスはそのまま落下していき、エルトレが咄嗟に走ってキャッチしに向かう。


 間一髪ルルスを抱き抱え、地面との激突を防ぐと、

 エルトレは止まった巨大な蜘蛛を見上げる。


 なんで動かないのか?

 それが気になり続ける。


 だがその原因はすぐに理解できた。


 虫が蜘蛛の体からずり落ちた時、巨大な蜘蛛は大きな音を立てながら真っ二つに切り裂かれ倒れていく。


 ルルスの放った緑の光の斬撃は蜘蛛の体を真っ二つに切り裂き、その斬撃はあまりのブレのなさから衝撃が加えられるまで蜘蛛は倒れなかった。


 ルルスはエルトレにおんぶされ、

 フラメナたちの下へと戻ってくる。


「ルルス……気分は?」


 フラメナがそう慎重に聞くと、

 ルルスはニコニコとして答える。


「良い気分です〜……やり切ったという思いですよ

 もう何も思うことはありません……帰りましょう」


 ルルスは微笑んでいた。

 そして泣いていた。


 気がついていないのだ。

 ルルスの瞳から涙がぼろぼろと落ちていく。


「ルルスさん……涙が」

「え……あ?」


 ライメがそう指摘して初めてルルスは涙に気がつき、腕で拭っても止まらない涙に困惑していた。


「あ、あれ……止まらないです。

 ちょっと待っててくださいね……」


 必死に目を腕で擦るルルス。

 リクスはラテラをルルスへと近づけさせ、治癒魔法で肩の傷を癒させる。


 涙を止めようとするルルスにフラメナは唇を噛み締め、口を開けば大きな声が部屋に響き渡った。



「泣いたっていいのよ!!」


「え……」


 フラメナはそう言ってルルスの腕を目から離し、

 目を見てそう言った。


「なんで笑うの!辛いなら泣いてもいいの!

 いつも笑顔である必要なんてないのよ!!」

「でも……母さんが」


 ルルスは弱気にそう言う。

 それに対しフラメナは激しく反論した。


「辛いからって泣いちゃダメなんて言われてないはずよ……そんな酷いこと言うはずがないでしょ……?

 辛い時も笑っていた方が確かに良い時はあるわ!

 でも……笑顔以外の感情を全て捨てろなんて、ルルスのお母さんは絶対望んでないはずよ!」


 ルルスはそれを聞いて笑みが顔から消えた。


「ルルスは囚われすぎなのよ……!

 もっと頼りなさいよ!ルルスは一人じゃない!

 仲間がちゃんといるじゃない!弱いところもちゃんと見せてよ!」


 フラメナは必死にそう思いを伝えると、

 ルルスは肩の傷が癒え、体の痛みが消えたのにも関わらず、次に襲うは激しい胸の痛み。


 それは傷によるものじゃない。

 心が溜め込んでいたものを吐いている。


 フラメナの言葉によって蓋していたものが溢れ出たのだ。


「……っ!うっ……!知ってたんです……

 母さんが生きてないことくらい……!

 でも受け止めれなかった。母さんの大好きな笑顔で現実から逃げてしまった……自分は、自分はなんでこうも何もかも上手くいかないんです……?」


 ルルスは今までの思いを一気に吐き出すように、

 大粒の涙を流して息を荒くして話す。


「自分はぁっ……どうすれば……

 常に不安なんです……また目の前から誰かが消えるんじゃないかって……不安でしょうがないんです。

 だからこの旅は少し気楽でした……

 自分はどうやって他者を信頼して良いかわからない……どうやって……どうすれば」


 すると情けなく思いを吐露したルルスに、

 エルトレが静かに話し始める


「意識なんてしなくていいじゃん。

 何も考えなくていい、それでも信頼し合える関係が仲間だよ。ルルスさん……囚われすぎだよ。

 多分だけど……ここからは少しの間一緒に旅するし、フラメナ以外のあたしたちもルルスさんを助けるよ。助けられることに慣れさせてあげる」


 エルトレがそう言えば、フラメナ以外の三人も頷き、納得してる様子だった。


 ルルスは少し腫れた目で皆を見た後に、

 フラメナに話しかけられる。


「ルルス、一緒に南大陸に帰りましょ?

 大丈夫よ。私たちがついてる。

 ルルスは一人じゃないから」


 そんな優しい言葉をルルスは聞き、

 目を閉じ、少しして開けて返答する。



「……ありがとうございます」



 ルルスは背負っていたものが降りたような、そんな身軽さの中、ニコッと表情を変えてそう言った。

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