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純白魔法 -魔法に拒絶された魔法使い-  作者: ガリガリワン
第八章 純白魔法使い 北峰大陸編

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第七十五話 笑いが聞こえる

 二十三層。

 フラメナたちは迷宮入りから二日ほどで、この層までやってきた。


 さすがに邪族も数が多くなってくる。

 この迷宮に生息する虫の邪族は様々な種類があり、主に五種類。


 ・鉄蟲柱(テツコチュウ)

 ・水妖虫(スイヨウチュウ)

 ・雷撃蟲(ライゲキチュウ)

 ・音凶虫(オンキョウチュウ)

 ・帝虫(テイチュウ)


 鉄蟲柱は硬い皮膚を持つワームで、この五種の中では最も弱い。


「ぎゃぁああー!!」


 相変わらず騒がしい戦場である。

 フラメナを追いかけ回しているのは水妖虫。


 水を多くまとった水色の大きな羽虫だ。

 羽が水でできており再生力に優れ、危険度は中級で、鉄蟲柱と同格。


 弱点は氷。凍りつけば羽が凍って飛翔できなくなる。そのためライメがいる時点で脅威ではない。


氷柱(スサラカル)……」


 ライメが氷魔法を発動し、水妖虫を氷柱で貫いて討伐する。


「ひぃぃっひぃ……」


 フラメナはエルトレにしがみつき、少し涙目だった。


 これがパーティ最年長という事実。

 エルトレは目を閉じてやれやれといった雰囲気で、

 フラメナの頭を撫でて落ち着かせる。


 戦いは続く。


 雷撃蟲。

 電気をまとった黄金色の、非常に素早い羽虫。

 人の赤子ほどの大きさ。


 音凶虫。

 音を衝撃波に変えて攻撃してくる。

 単体の脅威度は下級だが、鳴けば周囲の虫を呼び寄せるため非常に厄介。

 頭部の円錐状の筒を破壊すれば鳴けなくなる。


 そして最後に帝虫。

 こいつだけはずば抜けて強い。

 これまでの虫を統率する支配者のような存在だ。


 単体等級は帥級程度。だが群れと合わされば、その総合力は将級に迫る。鎌のような脚を持ち、非常に動きが早い。


 ……とはいえ、単体で遭遇したならば結局は格下。

 フラメナたちには歯が立たない。


「もういやぁ……早く帰りたい」


 とぼとぼ歩くフラメナ。その姿は弱々しく、いつもの彼女からは想像しづらい。

 これでも君級の魔法使いなのだが大丈夫だろうか。


 迷宮に入って初めての危機が訪れる。


「ラ、ラ、ライメ! ライメっ!!

 あの量の虫、何よ! 虫っ! 虫よ!!」


 とんでもない量の虫が迫ってくる。

 フラメナからすれば吐き気を催す光景だ。


 虫は火に弱い。だがこの数ともなると、前にいる個体が盾になって炎を遮り、数を減らす前に到達してしまう。


 となれば手数勝負だ。低火力でも虫は死ぬ。

 ひたすら軽い魔法を撃ち続けて数を削るしかない。

 もし削れなければ、転移で振り出しに戻ることになる。


「フラメナ、嫌かもしれないけど……頑張って魔法を発動して! 大丈夫、フラメナならできる!」

「うっ……うぅぐっ……わかったわよ。

 全部燃やし尽くしてやるわ……!」


 手に魔力を集め、火を作り出そうとするフラメナを、リクスが大声で制止する。


「待て! 一気に燃やしたら煙で息ができなくなる。

 火球で一体一体、確実に落とすんだぞ」


 換気できない迷宮での火属性魔法は、

 使用者自身をも窒息させかねない。


 それゆえ、火の大技は迷宮では嫌われる。


「なら一体ずつ焼き尽くしてやるわ……!!」


 迫る虫の群れ。フラメナ、ライメ、リクスが魔法陣を展開し、一斉に魔法を放つ。エルトレは接近してきた個体の討伐、ラテラは後方待機。


 虫たちの個々の力は貧弱そのもので、次々に絶命していく。だが数が桁違いで、天秤はフラメナたちの側へ傾かない。


「何体いるのよっ!!」

「ざっと600くらい?」


 ライメがそう答え、フラメナは顔を引きつらせる。


 数分、魔法を撃ち続けた。だが減らない。

 殲滅の手と同じ速度で補充されているかのようだ。


 膨大な魔力を持つフラメナはまだ余裕があるが、

 リクスとライメの魔力は目に見えて削られていく。


「このままだとマズい……」

「俺もそろそろ休憩しないと限界だぞ……!」

「えー!ここで転移したら確実に食料なくなるじゃない!いやいやいやっ!絶対倒し切るわ……!」


 フラメナの表情が引き締まり、必死に焼き払う。

 だが、それでも数は大きく減らない。


 人骨が転がっていた理由。

 この迷宮から誰一人帰って来ない原因。


 多分だがこの虫の量のせいだ。明らかに多すぎる。

 もし外へ溢れれば大陸の生態系すら壊しかねない。


 だんだんと魔法の発動間隔が伸び、

 エルトレも前へ出て斬り始める。


 ……ダメだ。一度撤退するしかない。

 皆がそう思った瞬間、奥の虫の首が蔓に巻かれて引き倒され、悲鳴とともに絶命する。


「えっ……!」


 薄暗い奥の人影に、フラメナは見覚えがあった。

 黒髪の剣士。特徴的な剣。見間違えようのない、緑のオーラ。


「ルルスっ!?」


 ルルス・パラメルノ。

 フラメナの親友にして、行方不明の将級剣士。


「やっぱりいたんですね〜……ッ!」


 大量の虫を切り刻み、舞うようにこちらへ満面の笑みで駆けてくる。少し怖い、でも生きていた。


「フラっメナっさ〜ん!!」


 跳躍の最中に何体も切り裂き、空中でひと回転。

 フラメナの前へ着地したルルス。

 髪は伸び、目元を隠して時折、真っ黒な瞳がのぞく。瞳は輝き、再会がよほど嬉しいのか、体をふらふらと揺らす。


 剣は刃こぼれし錆び、服もぼろぼろで寒そうだ。


「感動のハグとかしたいですけど〜

 自分、めちゃくちゃ汚いんで〜」

「まぁ、お世辞にも綺麗とは言えないわね!」


 ルルスはくるりと虫の群れへ体を向ける。


「うへへ〜やっと人と話せて嬉しいです〜。

 とりあえず、目の前の虫を片しましょうか」


 剣を構え直し、虫の群れへと向ける。


「フラメナさんたちのお仲間さん、初めまして〜。

 挨拶は後で。自分、好きに動いていいです〜?」


 置いてけぼりのフラメナを除く四人は、とりあえず頷く。ルルスはニコニコと笑い、群れへ駆けた。


 ルルスは驚くほど強い。

 エルトレは剣士だからこそ、即座に理解した。


 ルルスは一年半ほど前、剣塵の下で一週間だけ修行している。そのせいか、フラメナやリクスの知る彼とは違い、剣捌きは驚くほど整っていた。


 加えて圧倒的な速度。

 ユルダスも速かったが、ここまでではない。


 かつて見たルルスの剣は将級の実力だった。

 だが今は正直、君級間近だ。


 この一年でどれほどの困難を潜り抜けてきたのか。


「すごいですね……」


 思わずラテラが言葉を漏らす。


 ルルスの戦い方は自由だった。虫を踏み台に跳び、草の魔力でツタを生み、空間を飛び回って切り裂く。


 剣から放たれる一閃が煌めき、亡骸が舞い上がり、

 着地した瞬間、ルルスを避けるようにフラメナたちの魔法が放たれる。


「フラメナさぁん。前方に一気に火を放って虫を焼いてください〜」

「えぇ?でも煙が……」


 ルルスはにこりとして言う。


「この先に下層への階段があります。

 一気に走れば大丈夫ですよ〜。

 それに、こいつらは”召喚魔法陣“から湧いてます。

 ここで戦っていてもキリがないですから〜」


 何度もこの道を歩き、

 何度もここで苦労したのだろう。

 その笑みの裏に滲むものを、フラメナは感じた。


「わかったわ。一気にぶち抜くわよ!」


 フラメナの手に白い魔力が集まる。

 五人は走る構えを取り、熱気が一気に満ちた。


 次の瞬間、回転する極太の白炎がほとばしる。


白帝元(ホワルトゾメラ)!」


 白炎が群れを貫き、

 立ちのぼる煙とともに道が開く。


 今しかない。

 全員が駆け出したその時、最後尾のラテラがいきなり吐血して崩れ落ちる。


「ゴファッ……」

「?……ラテラぁっ!」


 エルトレが振り返り、ラテラへ走ろうとする。

 ラテラを運べば時間がない。ライメは転移魔法を決断しかけたが、横を決断よりも速い影が駆け抜けた。


 ルルスだ。さっきより速い。

 瞬きの間にラテラへ到達する。


 それを信じ、皆は走る。

 背後で虫が隙間を埋め、道を塞ぐ。


 眼前は、虫だらけ。


「ちゃんとつかまっていてくださいね〜」


 この剣士、なお余裕。

 ラテラはふわりと浮く感覚に包まれ、ルルスは群れの上を跳び、攻撃をいなしながらフラメナたちに追いつく。


 走りながらフラメナが前を見て叫ぶ。

 行き止まりだった。


「ルルス!こっち行き止まりよ!」

「魔法をぶつけてください〜!」


 言われるまま魔法を叩き込み、壁が砕けた。

 下層へ続く階段が露わになる。


 全員が急いで駆け下りると、背後の壁は再生し、

 上層の虫たちは六人を見失った。


 地面に座り込む六人。

 絶体絶命を越え、束の間の休息が訪れる。



 フラメナはルルスに聞きたいことが山ほどあった。

 やっと、ゆっくり話ができる。

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