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純白魔法 -魔法に拒絶された魔法使い-  作者: ガリガリワン
第八章 純白魔法使い 北峰大陸編

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第七十四話 迷宮入り

 メラニデス雪原。

 北峰大陸東北部に広がる雪原で、世界で最も寒い平地と呼ばれている。


 年中雪が降り、平均気温は−15℃。

 邪族たちの姿は消え、北峰大陸にのみ生息する白狼(ハクロウ)ですらあまり姿を見せなくなる。


 生息する邪族と言えば巨雪熊(キョセツグマ)がいる程度だ。

 巨雪熊は個体数は多くないが凶暴で、出会えば逃げることが推奨される。


 だが、まあ邪族自体はそれほど脅威ではない。

 夜の過ごし方の方が問題だ。


 日が暮れると夜を越す場所が必要だ。

 この雪原に宿などあるはずもないので、洞窟を見つけ、リクスが土属性の魔法で改造して簡易的な住処へと変える。


 夜間の平均気温は−35℃前後。

 正直、風が吹けば死を覚悟するほどだ。


「フラメナ、これくらいあれば足りる?」

「えぇ、これくらいあれば朝まで燃え続けるわ!」


 分厚い布団は持ってきているが、室内が寒すぎれば意味がない。

 そこでフラメナとライメが火属性と草属性の魔法を用い、長時間燃え続ける焚き火を作る。

 煙を外へ逃がす穴を開け、焚き火で室内を暖め、

 この極寒を生き抜く。


「さすがにこの寒さはキツいかも……」


 エルトレは床に座り、焚き火の前で体を温めた。


 五人は焚き火を囲んで地面に座り、

 持ってきた食料を分け合って食べ、少し会話をした後、しばらくして眠りにつき夜を越した。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 二週間が経った。

 一行はついに迷宮の前へと辿り着いた。


 道中、凍傷にもなったが大事には至らず、

 全員、大きな怪我もなくここまで来られた。

 他にも色々あったが、いちいち日記に残すほどのものでもなく、記憶に強く残るものでもない。道中の印象はただ「寒くて辛かった」それだけだった。


 目的地は、魔法大学の老婆が言っていた通り、

 迷宮の近くに大きなクレーターがあった。

 クレーターの中心が凹んでいるのが確認できる。

 迷宮の入口はあそこに違いない。


 フラメナたちは坂をゆっくりと下り、入口へ近づく。積もった雪にフラメナが火属性魔法を放つと、さらさらとした白い雪を白炎が溶かし、入口が現れた。


 洞穴のような入口だった。人工的というより、一見して自然の洞穴と見分けがつかない造りだ。


「階段とかないのね……」

「俺が作る。ちょっと待っててくれ」


 リクスが前に出て杖を穴に向け、

 土属性の魔力で螺旋階段を作り上げた。


 強度を確かめるため、リクスが強く足で階段を叩き、崩れないことを確認するとフラメナに頷いた。


 それを見たフラメナも安全を確信し、

 先頭に立って迷宮内へ入って行く。


 中は地上に比べ寒さが半分ほどに和らぎ、

 ニックス王国と同じくらいの気温だった。

 だが、それでも氷点下で暖かいとは言えない。


「……まったくオーラが感じられないわ。

 ここの邪族は全滅しているみたいよ」


 フラメナが魔眼を頼りにそう言った。


 フラメナの魔眼はシルティ戦を経て精度が向上している。集中すると感じ取れるオーラの範囲や動きが掴みやすくなっているのだ。だから、この邪族がいないという判断はほぼ確実だろう。


「みんなは荷物の整理をしてて。

 僕は帰還用の転移魔法陣を書くからさ」


 ライメはしゃがみこんで指先から氷の魔力を放ち、地面に氷で魔法陣を書き始めた。

 この魔法陣は転移魔法で、これにより五人はいつでもここへ戻って来られる。


 しばらくして書き込みが終わると、ライメが声をかけ、手を二度振って立ち上がった。四人はそれを合図に迷宮の奥へと進み始める。


 いざ、迷宮入りだ。


 巨大迷宮は各層の広さが狭い代わりに階層数が非常に多いため、攻略に要する長さは他の迷宮とあまり変わらない。


 フラメナやリクスは過去に転移迷宮を攻略した経験があり、ライメも超巨大迷宮の攻略を手伝ったことがある。


 迷宮は五種類に分類される。

 これは常識であり五人はそのことを知っている。


 ・巨大迷宮

 ・転移迷宮

 ・罠迷宮

 ・邪族迷宮

 ・超小型迷宮


 確認されるのは主に上の二種類だ。

 下の三つは発見例が少なく、苦戦したという記録もほとんど残っていない。


 フラメナたちは迷宮を進む中で多くの痕跡を見つけた。過去に攻略を目指した者が残した文字、焚き火の跡、何らかの荷物、崩れた壁と散らばる瓦礫。

 

 階層を降りるごとに痕跡は増え、

 嫌な想像を掻き立てるものも出てきた。


 人骨だった。


 迷宮の攻略は難しく、どれだけ強力で大規模なパーティーでも死者が出てしまうことがある。


 埋葬もできず荷物になってしまうため、

 基本的に放置される。

 フラメナたちが見つけた人骨は邪族に破壊された痕跡もなく、きれいに残っている。


 迷宮は踏破されると消滅する。

 主と呼ばれる邪族を倒すと迷宮は徐々に崩壊し、

 入口は一か月ほどで塞がれて消滅する。


 内部がどうなっているかは未知だが、

 とにかく跡形もなく消える。

 元の場所を掘っても痕跡は出てこない。


 そのため、この迷宮が踏破されれば、この骨も消えてしまうのだ。


 戦士の運命は悲しいものだ。

 見守られて死ぬことが幸福とされ、遺体が回収されることもまた幸福とされる。そんな世界だ。


 ここから先は一気に人骨が増えるだろう。

 下層へ行くほど邪族は強くなるのだから。


 フラメナたちは何層も降りた後、少し休憩を挟んだ。焚き火を作り、五人は座った。食料を口に運び、喉が渇けばフラメナの作った水を水筒に入れて飲む。


 会話もいつも通りで、特に暗い雰囲気はなく嫌な予感も感じられない。


 正直、迷宮攻略と言ってもここまで楽なのは珍しい。邪族がまったくいないのが原因だ。


 誰かが倒したのだろう。


 だが、仮にルルスが倒したとしても、

 彼なら最下層などすぐ行けるはずだ。

 わざわざ上層に留まる理由はない。


 まあ、驚くほどのことではない。

 彼が帰ってきていない時点で、この迷宮には何らかの異常があるのだろう。


 昔の転移迷宮でエクワナが閉じ込められていたように、どこかへ転移しているのかもしれない。


「フラメナさん。僕のパンいる?

 あんまり食欲ないんだ……」

「えぇ?いっぱい食べなさいよ!

 ラテラはパン好きだったでしょ?」


 ラテラは苦笑いを浮かべながら言った。


「お腹いっぱいなんです」

「そ、そう……お腹が減ったら言いなさいよ?」

「わかりました」


 いつもと変わらない声で、ラテラはそう言ってフラメナの親切に笑顔で応えた。


 その後も迷宮探索は順調に進み、気温は変わらないが大事はなく上層の攻略を終えて下層へと向かい始める。


 上層と下層の見分け方は簡単だ。


 壁の色を見れば一目で分かる。

 上層は灰色の壁、下層は黒い壁。


 十四層を超えて、五人は下層に突入した。


 さすがに邪族も現れ始めた。

 虫の邪族だ。かなり大きく、人の子ほどの大きさがある。


「きゃああああっ!早くやっつけて!!」


 フラメナは表情を崩し、絶叫してライメの後ろに走った。リクスが土の槍で虫を貫くと、虫は容易く絶命した。


 ライメは困ったように笑い、フラメナが自分の肩をぎゅっと掴む手を優しくトントンして倒したことを伝えた。


「倒した……?」

「うん……それより虫、苦手なんだね」

「大っ嫌いよ!気色悪くて無理だわ!」


 気持ちは分からなくもないが、

 ここまでだと少し困る。


 エルトレが虫を見て言った。


「これさ、食料が尽きたら虫を食べるしかない?

 多分下層に出てくるって時点で、虫の邪族がヒエラルキーの上位ってことじゃない?」

「そうだな。一体一体は弱いが、多分群れで襲ってくるタイプだ。こいつらしかいないと思うぞ」


 リクスがそう言うと、ぞっとする現実にフラメナは涙ぐんだ。


「いやいやいや!!絶対イヤよ!

 食べたくないわ!早く攻略しましょ!」


 八つ当たりのようにフラメナはライメを大きく揺さぶり、視界がぐわんぐわんと揺れる。ライメはフラメナの揺さぶりを止めると、少し汗をかいた。


「さすがに虫を食べるのは気が引けるし……早く攻略しようか」

「大至急よ!!」


 ラテラは虫を見て呟いた。「美味しいかな?」


「さすがに好奇心旺盛すぎるわ。まあ、私は食べられなくはないけどね」

「えー?お姉ちゃん、虫いけるの?」

「当たり前でしょ。これでも剣士なんだから、

 苦手はないようにしとかないと」


 そんな物騒な話に、フラメナは目を瞑りライメの背中に顔を押し付けた。


「怯えすぎだよ〜……そんなに虫苦手だったっけ?」

「小さい頃は平気だったんだけど……今は何か違うの!」


 ライメがリクスを見ると、リクスは目を閉じて小さく頷いていた。何の頷きかは分からないが、満足そうなのは分かる。


 ライメは何だか恥ずかしくなった。


 その後の戦いは騒がしかった。フラメナは接敵するたびに叫び、そのたびにライメに抱きつく。


 ライメとフラメナが動けない代わりに、

 残りの三人の動きが妙に良かった。

 完璧な連携で虫を蹴散らしていく。


「リクス、ラテラ。

 これはつまり“そういうこと”だよ」

「ああ、わかってるぞ」

「もちろんわかってるよ、お姉ちゃん」


 三人は密かに会話を交わし、

 真剣な面持ちで話していた。



 一方、その頃ライメはフラメナを落ち着かせるために手を焼いていた。


 こんな調子で大丈夫なのだろうか?

 迷宮探索はまだまだ続く。

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