第七十三話 消えた剣士
ルルスが迷宮に閉じ込められていることを知ったフラメナたち、フラメナは老婆へと問う。
「迷宮には誰も助けに行けないの?」
「たった一人の剣士のために東北部の最奥まで向かい、迷宮を攻略する慈善団体など存在しとらん」
返される言葉は冷たくも現実を叩きつけるものだ。
確かに王国から遠く離れた東北部の最奥に行くとなれば、かなりの労力がかかる。
ルルスほどの剣士ならば雪原を歩くことは何も問題はない、だが迷宮内でもし脱出不可能なほどに苦戦していたら?
いや、1年も経っているならば死んでいる可能性の方が高い。
フラメナの頭の中に嫌な予感が漂い続ける。
「メラニデス雪原付近は村もない。
じゃから行くのなら徒歩じゃぞ……
助けに行くのは良いがよく考えて動くことじゃ、
寒さは人を容易に殺すからのう……」
この極寒の世界で生きるが故の言葉の重み。
フラメナは他の四人へと目配せをし、老婆へと宣言するように言い放った。
「それでも助けに行くわ!
道を教えてちょうだいおばあちゃん!」
フラメナはそう言って机へと両手をつき、
身を乗り出してそう言う。
「おおっ……わかったわかった……
教えるから座るんじゃフラメナ様」
フラメナの勢いに少し驚いた老婆、
即決で行くことに決めた五人を見て少し不安を感じる老婆だった。
老婆は少し間を置いた後、フラメナたちへとルルスがいる迷宮への道を教えた。
「まずこっから雪車で行けるところじゃと、
雪峰山脈の南部を通ってユラレス村まで行くんじゃ。
そっから二週間ほど歩けば迷宮に着く。
迷宮付近は大きなクレーターが出来ておるから、
それを目印にするんじゃぞ」
慣れたように丁寧に教えてくれる老婆。
フラメナは聞きはするものの多分忘れるだろうということで、ライメに記憶は任せていた。
「お節介だとは思うんじゃが……本当に行くのか?
いくらお主らが強くてもあんなところ行って無事に帰って来れるのかのう……」
心配そうにしてくる老婆、東北部の最奥に存在する巨大迷宮は出現からもう何十年も経っている。
迷宮崩壊も起きずひっそりと何十年も存在し、
数々の戦士たちが挑み帰ってくることはなかった。
大丈夫と言い旅立つ姿、その背中を二度見たことはない。老婆は心配でたまらなかった。
だがフラメナたちの意思は曲げられない。
老婆はただ五人の背中を見送ることしか出来なかった。帰ってくるのだろうか、帰ってきてほしいが願い通りになるかはフラメナたち次第だ。
フラメナたちは校長室から出ていき、
ニックス王国を旅立つ準備を始める。
ルルスを助けに行く時点で、北峰大陸に滞在すると決めた二週間は過ぎる。
だがそれはもはやどうでもいい、
ルルスを置いていけるほどフラメナと、
他四人は心の寂しい者たちではない。
実力があるならばこういう時こそ動こう。
助けられる命は助けるべきだ。
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「……」
虹剣1688年5月6日。
自分は日記を書き始めて大体1年が経ちました。
当然のように今日も脱出の目処は立っていません。
正直入口を探すより、この迷宮を踏破してしまうほうがいいのでしょう。
でも自分はなぜかこの迷宮をループしている。
何度も何度も、見たことのある階層へと戻ってくる。昔、迷宮に閉じ込められて困っていた君級のエクワナさんがいましたが、あの人の凄さがわかります。
2年なんて耐えられるわけがない。
自分はもってあと3ヶ月、精神的には大丈夫なのですが、正直身体が限界です。
傷も増え、服が裂け寒さ対策もできなくなってきました。そこら中に氷などがあるので水は確保できますし食料も邪族で事足ります。
ですがこの寒さだけは耐えられません。
迷宮内だというのに体感は氷点下……
凍死が先に訪れそうです。
ルルスは日記を書く手を止め、
ブレード状の剣を抜く。
「ピギャァラララララッ!」
鉄蠱柱。
鉄のように硬い外殻を持つワームの邪族。
等級自体は中級、この迷宮内ではヒエラルキーが最下位なのだろう。よく喰われている姿を見る。
だが最下位といえど攻撃に直撃すれば骨が折れる。
そうなってしまえば死ぬのはこちらだ。
故にどんなに弱くても容赦はしない。
ルルスは一気に殺意を放ち、
剣を強く握って地面を踏み込み一瞬で接近する。
ルルスは龍刃流の草将級剣士。
鉄蠱柱は一瞬にして切り刻まれ、
多くの傷をその身に刻み倒れる。
ルルスは白い息を口から吐き、前を向いて剣を向ける。その先には大量の邪族が見えた。
「よっぽど自分が気に入らないのです〜?
結託なんかして賢いですね〜……
楽しくなってきました。暖かくさせてください〜」
ルルスはニコッと笑みを浮かべ、剣を振るい一気に地面を踏み込んで群れへと突っ込んでいく。
ルルスはこの旅の中で考えていたことがあった。
それは自身の育て親のことだ。
彼女は非常に優しく、そして面白い人だった。
よく笑う人で笑顔を好む人でもあった。
大好きだった。
もちろん恋愛的な感情ではない。
親として大好きだった。
ルルスは実の親を知らない。
だから育て親の彼女は実の親のようなものだ。
いつだって自分を優先してくれた彼女。
少し怪我をして帰ってきては金銭を多く持ち帰る。
今ならわかるが、彼女はガレイルで稼いでいたんだろう。金額的に四星級だった。
彼女は村から追い出される時、ルルスを連れて行こうとした。だが、村はそれを許さなかった。
ルルスは強かった。
剣士としての才能がすごかった。
村自体過疎化が進んでおり、戦士はルルスかルルスの育て親のみ、ルルスはまだ幼く従順だ。
そういうところを見られ、
ルルスは無理矢理村に残されたのだろう。
だが誤算が生じる。
人族の邪族のみを殺してくれれば良いものの、
ルルスは魔族や獣族まで殺してしまった。
そこから年月は流れ、遂にルルスも追い出される。
自分勝手なんて言葉を軽々しく超えるほどの所業。
その村がどうなったかなんてどうでもいい。
ルルスは親と無理矢理引き離され、
戦いへと身を投じ、大して良い境遇も受けない中、
自身の育て親の言葉を一つ胸に、この生活を耐えていた。
『ルルスはもっと笑うのよ。
辛い時こそ笑いなよ?どうせ辛いなら自分を騙してでも笑って気分を紛らわすんだ。
笑顔ってのは治癒魔法よりすごいんだから』
『お母さん……僕頑張るよ。
強くなって、お母さんの大好きな笑顔で会うよ。
だから……絶対に見つけ出すから』
ルルスは孤独な夜の中でただ一人、自分に言い聞かせるようにそう呟いていた。
ルルスの笑顔は決して不気味なものじゃない。
これは彼の覚悟でもあるのだから。
「っふ〜っ……」
ルルスは返り血を多く浴び、
上を見つめながら脱力していた。
階層がループする原因。
それは魔法陣による転移、一度だけ戦闘中に転移が行われる際に、偶然剣が魔法陣を切り裂いて転移を阻止したことがある。
魔力を込めた全力の一撃だった。
「このループを撃ち破る方法は一つ。
大きな魔力をぶつけること……
でも自分は魔法が使えない。
母さん、この迷宮にいるんでしょ?
自分は諦めませんよ……自分の唯一なんですから」
ルルスは剣を振るって返り血を飛ばし、
大量の邪族の亡骸を背に道を進んでいく。
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虹剣1688年5月6日。
フラメナたちは雪車でユラレス村へと向かう。
道中、常に雪峰山脈が見える。
雪峰山脈とは、
北峰大陸に存在する山脈で標高は低め。
頂上付近は-40℃の世界であり生物は存在しない。
特に言及することもないほど特徴がなく、
ただあるだけの存在だ。
フラメナたちは雪車で移動する中、何度か邪族に襲われるも、五人の前では無力である。
十日ほど雪車で移動しユラレス村へと着いた五人。
ここからは徒歩での移動となる。
気温は-9℃。
五人はマフラーで口元を隠し、
何枚も上着を着てこの極寒の中移動を始める。
もう少し休みながら行きたいところだが、
生憎ルルスが無事だという確証もないため、急ぐ必要がある。
ここから先は全く足跡や雪車の跡が見えない。
誰も立ち入らない地なのだろう。
ルルスもここを通っていったのだろうか。
「行くわよ!固まって動きましょ!」
フラメナがそう言って一歩踏み出し、
痕跡なき雪原へと立ち入って奥へと向かっていく。
極寒の地、北峰大陸。
自然の厳しさは西黎大陸よりも上だ。
あまりの寒さ故に、凍蝶魚などの雪の中を泳ぐ魚の邪族も姿を消す。
フラメナたちは一歩一歩、雪に足跡を残して進んでいく。




