第六十九話 黄金事変 Ⅴ
剣塵が傲慢と戦う中、王都の方ではユルダスが瀕死のフラメナたちを集めていた。
「ライメ……これでいいか?」
「うん……ありがとう」
ライメはそう言うと残る魔力で魔法陣を展開し、
ユルダスからもらった病院にいる治癒魔法使いの魔力が宿る物を頼りに転移する。
転移魔法の転移先を決めるのはシンプルだ。
まず転移先を指定するには、転移する場所に何かしらの魔力があることが前提。
転移先の魔力と手元の魔力が一致したとき、
転移魔法は指定地点へ転移できる。
逆に言えばそれが出来なければ転移魔法は発動できない。
南大陸滅亡時に転移できたのはなぜなのか、
それはライメ自身も理解し得ないことだ。
ユルダスを含めた六人は転移を行い、病院へとやってくるとユルダスがすぐに治癒魔法使いを呼び、治癒魔法を受けることになった。
ここにいる治癒魔法使いは将級、
だが将級と言えど傷を完全に治すことはできない。
ラテラやエルトレ、リクスは依然気を失ったままで、魔力切れで気絶したフラメナには、魔力回復アイテムとして重宝される魔液が与えられる。
それにより魔力が回復したフラメナは、
ベッドの上にて起き上がる。
「っ……まずっ、うぇ?」
「良かった起きた……」
フラメナの視界に入る先ほどとは違う光景。
咄嗟に体が反応し、戦いのことについて言及する。
「あいつは……!?」
「イグレット様が戦っている」
ユルダスがそう言うと、フラメナは少し気まずそうに目を逸らし、その言葉で現状を把握する。
「ライメ、転移魔法使って加勢しに行くわよ」
「でも……転移魔法は何かしらの魔力がないと……」
するとユルダスが言う。
「……剣塵の弟子の証、これはイグレット様の魔力が込められてるはずだ」
ユルダスはペンダントのようなものを取り出してフラメナへと手渡す。
「ありがと……これ借りちゃうけど良いの?」
「正直イグレット様が確実に勝てるとは思ってない……些細な応援の気持ちだ……俺はしばらく戦えないらしいからな」
ユルダスは骨が折れており、かなり激しく負傷していたため完治せず、絶対安静と言われてしまった。
「……ユルダス、託してくれてありがとう。
あのバケモノ、ちゃちゃっと倒してくるわ」
フラメナがそう笑顔を見せて言うと、ユルダスは再会してから初めてフラメナの笑顔を見た。
その笑顔は昔のように無邪気なものではないが、
纏う雰囲気はフラメナ以外には出せないもの。
どこかユルダスは心が救われたようだった。
「行くわよライメ!」
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今に至る。
「バカな……レグラの結界はどうした?
まさか殺してからここに来たのか?」
二人はすっかり忘れていたが、王都には転移阻害の結界が張られていた。
意外にレグラという名に反応したのはイグレット。
「レグラ?あの結界を張っていたやつか?
あいつなら塵と化してやったぞ」
それはイグレットがレグラを殺したということ。
シルティはその発言に動揺することもなく、話を替える。
「……だが所詮現れたのは有象無象。
良い気になるなよ……ッ!」
シルティの表情は少し焦っているように見えた。
剣塵との戦いでシルティは避けることをしなかった。なぜなら剣塵を倒せばこれ以上の強敵は現れないからだ。
オーラの濃度が目に見えて薄い、残り二割程度。
少し焦った様子のシルティを見て、三人はようやく勝機が訪れたと感じ士気が高まる。
「転移魔法を使う魔法使いがいるって聞いてたが、
まさかオラシオン王国に来てるなんてな。
まったくもって俺はツイてるな」
イグレットはボロボロでありながらも刀を抜き、
フラメナとライメが魔法陣を展開する。
「金隕拳ォオ!!」
シルティが跳び上がって巨大な黄金の拳を放つ。
おそらく一番得意な魔法なのだろう。
シルティはかなりその魔法に魔力を込めているようだった。
「そういや名を教えてくれ!
命の恩人は覚えておきたいからな!」
イグレットがそう叫ぶと、フラメナとライメが名を叫んだ。
「私はフラメナ・カルレット・エイトール!」
「僕はライメ・ユーラパラマ!」
「名は覚えた!こっから勝つぞッ!!」
イグレットは刀を握る右手に力を込め、こちらへと落ちてくる巨大な黄金の拳へと巨大な黒い斬撃を放つ、それはイグレットの奥義である峨天に届かずとも凄まじき一撃。
黄金の拳が空中で真っ二つに裂けた。
「氷嶺襲……!」
ライメの杖から放たれる超巨大な氷柱、
それは真っ二つに裂けた拳へと突き刺さり、続けてそこへとフラメナが魔法を放つ。
「白帝元!」
放たれた瞬間から回転し続ける白き火が拳へと直撃し、そのまま爆発が起きるとシルティの黄金の拳が完全に消え去る。
地上へと着地したシルティ。
一瞬で間合いを詰めてフラメナへと拳を放つと、
イグレットにそれを切り裂かれライメの氷魔法が自身の足を凍らせ、一瞬隙が生まれる。
この戦いでの致命的な一撃、
それはフラメナの白き魔法だ。
大雑把な目安だが、おそらくあと三回も白い火を直で喰らえば再生が十分に行えなくなる。
それ故にライメやイグレットの攻撃などもはやどうでもいい、最優先でフラメナを殺す。
それがシルティの願い。
「ゥウオオオオッ!!」
短縮発動にて魔法を放とうとするフラメナ、
シルティは黄金の拳で自身の足を砕き、
無理矢理前へと飛び出して火を回避すると即座に再生し、ライメへと黄金の拳を放つ。
ライメはそんな黄金の拳を咄嗟に作り出した氷塊で防ぐと、氷塊が砕け欠片が皮膚へと突き刺さる。
シルティはというと、追撃を仕掛けてきたイグレットの刀を避け、拳を突き出す直前だった。
ライメはフラメナを見る。
同時にフラメナがこちらへと目を合わせてきた。
ライメはそんな目を見て一か八かの大勝負に出る。
「転移!」
ライメの声が戦場に響き渡る。
「っ!?マズッ!!」
「天白炎ァア!!」
イグレットと場所が入れ替わったフラメナ。
その想定を大きく超えた動きにシルティはまったく対応することもできず、正面から高火力のフラメナの魔法を喰らってしまった。
シルティは叫び声を上げて後退していくと、悶え苦しむシルティへとイグレットが迫り、フラメナは追撃の準備を始める。
全身に白い火を喰らったシルティ、
纏うオーラの自動防御も当てにはならない。
だがライメだけが見えていた。
シルティの足元に魔法陣がある。
「っ!二人ともぉお!攻撃が来るぞぉぉぉお!」
「「!?」」
シルティは再生に力を回しながらも抵抗として技を放つ。それは全方位へと無差別に放たれる拳。
「金星群ォオオッ!!」
全方位、一つの隙間も許さず、黄金の拳が辺りへと放たれた。威力が落ちてはいても君級の一撃、速度と威力は依然脅威的。
三人へと大量の拳が迫る。
イグレットは刀で切り裂いてやり過ごそうとするが、あまりの数に捌ききれず何度か直撃する。
フラメナなども魔法で打ち消しはしたがやはり量に負け、その迫る拳を身で受けた。
ライメは分厚い氷の壁を作り出しなんとか防ぐも、
壁が崩れた先に見えるのは溶けながらも再生を終えようとしていたシルティの姿。
今の攻撃でライメを除いた二人は瀕死だ。
シルティは再生を終えたらすぐにでも殺してやると言わんばかりの表情だ。
ライメの手が震える。
ここで自分が盤面を覆さなきゃいけない。
ライメは自身に多大なプレッシャーを感じる。
「ライメ……!!」
フラメナに名を呼ばれる。血だらけながらも瞳が輝いており、ライメをじっと見つめていた。
……だよね。迷うことなんてない。
やれなきゃ死ぬ、どうせ死ぬかもしれないなら!
これよりライメが行う行為は超技巧技。
転移魔法と属性魔法。その二つを同時に行う。
多重魔法発動、この技巧技を成功したことはない。
だがフラメナは確信したように成功を予想する。
ライメは幼い頃から本番に強い。
紛れもなくライメも天才だ。
「転移!……絶対零度!!」
シルティの後ろから青白い光が放たれる。
「?」
シルティは振り返って状況を確認する。
ライメは成したのだ。
転移を行ない近距離からの魔法発動。
絶対零度を宿す氷が放たれシルティの体が一瞬にして凍る。
あまりの不意打ちに凍てついたシルティは、
内部からオーラを放出して氷を剥がそうとする。
だがそれを阻害するようにライメは冷気を放ち続け、二人が立ち上がるまでの時間を稼ぐ。
時間稼ぎ、本人はそう言う気持ちではあったが、
このまま仕留めてしまいそうな雰囲気もあった。
傲慢の王の最後の抵抗が放たれる。
黄金の拳を召喚しライメを横へと突き飛ばし、
氷を即座に溶かして再生を行い、ついに完全に再生し終わる。
だが、すでに時は十分経った。
イグレットに肩を支えられ、フラメナは魔法陣を展開し手をシルティへと向けていた。
「いい加減……倒れっ、なさいよっ!
……天王残火!!」
白い火が一直線に放たれ、それは極太故に満身創痍のシルティには避けられぬもの。
シルティは全身全霊の反撃を行う。
「金乱連ッ……ァアア!!」
黄金の拳が大量に放たれ火を打ち消し、
二つの魔法がぶつかり合って衝撃波が辺りへと散る。強大な魔力のぶつかり合い。
白と金。
勝て、勝ってくれ、もう終わってくれ。
そんな思いが募る。
勝敗が決した。
倒れるフラメナとイグレット。
だが、立ち尽くすシルティの黄金はすでに色を失いはじめていた。
シルティの体から蒸気が上がり、黄金の輝きが消え白い体毛が見えてくる。
「私たちの勝ちよ……!」
フラメナは顔を上げてそう言うと、シルティは立ったまま血を吐き、再生が追いつかず、体が崩壊していく。
300年続いた無敗が今日打ち破られた。
シルティは塵となっていく体の状態で話す。
「我は……敗北したのか?」
そんな信じられないという感情のシルティ。
フラメナはふらふらと立ち上がり、シルティへと近づいていく。
「貴方の負けよ」
「……そうか、だはははっ……恥と化した気分はこんなものなのだな。妙に気分が良い」
「貴方、なんでそんなに強さにこだわるの?」
「敗北を受けてまで生きる人生には価値がない。
我は王なのだ。一度でも負けることなど許されない。
だが……我は負けた。」
「……私は、貴方が嫌いよ
王なんてくだらない、誰だって生まれながらにその人生の王者じゃない」
「……ふざける、な。我はッ……我はァッ!
傲慢のっ……シルティ・ユレイデットだァッ……!」
シルティはそのまま顔まで塵となり、
完全に跡形もなく消える。
「……っぁ〜」
フラメナは力が抜けて倒れ、柔らかい砂の上で気絶する。
傲慢のシルティ・ユレイデット。
彼が討伐されたことは全大陸に迅速に伝えられ、
魔王側近たちも知ることとなる。




