第六十五話 黄金事変 Ⅰ
「……見つけたぞ。
″天理の欠片″を宿す魔法使いよォッ!」
そう叫びながら空中にて方向を変え、空を蹴り一気に加速して、フラメナたちがいる場へと隕石のように降りていく。
シルティは大きな衝撃を地面に与えて着地し、
辺りがひび割れて建物が揺れると煙が立ち昇る。
「……まさか、襲ってくるなんて」
ライメがそう言うと、煙の中から眩しすぎる黄金の虎が現れた。
フラメナの魔眼に映る大きすぎる金色のオーラ。
過去出会った時よりも今の方が実感出来る。
この者は規格外に強い、言ってしまえば生物が到達できる強さの範疇を越えているのだ。
周りの通行人は先ほどフラメナが白い火を放った時に、距離をあからさまに取っており、シルティの着地での被害はなかった。
フラメナは息を呑んで、真っ直ぐとシルティを見て話す。
「なんで私をそんなしつこく狙うの?」
「我は自身を王と認めてはいるが、世界そのものに抗う気はない、命じられたのだ。この世界に貴様を殺せとなァ」
フラメナはそれを聞くと嫌そうな顔で言葉を返す。
「世界は私のことが随分と嫌いなのね。
本当に、つくづく嫌われてばかりだわ……!」
フラメナがその言葉を発した後、ライメが魔法陣を展開するとシルティが言う。
「転移魔法は使えんぞ。
逃げられては話にならんからなァ、臆病者どもよ」
するとライメはそれを聞いて小馬鹿にするように言う。
「いつ逃げるって言いました?
存外、思考は急いでばかりでよほど余裕がないと見えますね」
シルティはそう言われ大笑いする。
「そうかそうかァ!実に腹立たしい!
よかろう、逃げぬなら望み通り戦ってやろう。
勝敗などすでに決しておるがなァ!!」
シルティの足の筋肉が隆起する。
すると次の刹那、とんでもない速度でシルティはフラメナへと飛びかかり、直撃すれば生きていられるかわからない拳を放った。
「白影炎!」
その拳がフラメナを貫いた瞬間、フラメナは陽炎のように消え、シルティの横にいつのまにか移動していると、一気に白い火を顔に向けて放つ。
純白を宿すフラメナの魔法。
この魔法は魔王側近にのみ超強力な毒となる。
効果としては腐食、腐らせ崩壊させるのだ。
故に顔面などに喰らえば、いくら治癒能力が高かろうと大ダメージは免れない。
「金纏拳」
シルティがそう言った瞬間。
フラメナ以外にも見える金のオーラがシルティへと纏わりつき、フラメナの放った白い火が一瞬にして打ち消される。
何が起きたかわからず一瞬困惑した時、
フラメナの顔面へと迫るシルティの横薙ぎの拳。
「転移!」
その声と同時に結晶が破壊されたような音がすると、拳はフラメナには当たっていなかった。
拳に当たったのはライメの氷魔法によって作り出された氷塊である。
確かにいたはずだった。
拳が当たる場にはフラメナの顔があった。
一見理解不能な事象を、
シルティは300年の経験を糧に理解する。
「エルドレの結界魔法はあくまで外への流れを遮断するのみ……中では使用可能なのだなァ。
いつの時代も転移魔法というのは希少で万能。
だが我から言わせてみれば、
それは小賢しいとしか言えんな」
ライメの側に転移したフラメナを見ながらシルティは、横から斧に変形した武器で切り掛かってくるエルトレの攻撃を拳で防ぐ。
見もせずにエルトレの攻撃を防ぐシルティ。
まるでフラメナとライメ以外は戦力でもないと、
定めるような態度。エルトレは唇を噛み締める。
「?」
エルトレの武器はシルティの強靭な体に、
切り込みを入れるほどのものでもなかった。
だがそれは1年半以上前の話、エルトレは風の魔力を足から大量に放出し、武器を食い込ませて無理矢理シルティの拳を切り落とした。
あまりの勢いにそのまま吹き飛んでいくエルトレ、
外壁を突き破っていくエルトレを見てシルティは、
非常に驚いたように呟く。
「……まさか切り落とすなんてな」
一瞬にして再生が終わると次の瞬間、
腹部へと向かってくる土の塊を視認した。
「土槍……!」
リクスの魔法だった。
だがそれはシルティの纏う金のオーラによって破壊されてしまう。こんなどうしようもない魔法をなぜ放ってきたかと考えていると、シルティの腹部へと突き刺すような痛みが走る。
「!?」
リクスは土の魔法を二重にし外核でオーラを受け、
内核で攻撃するという戦い方をしたようだった。
少し傷跡が残る腹部を再生し、シルティは動き出そうとした瞬間、自身の足に冷気を感じる。
「氷蝋!」
ライメがそう言った瞬間、一瞬にしてシルティの下半身が凍りつき、シルティの動きが止まった
白い光がシルティの瞳に映る。
「白帝元ッ!」
その魔法は圧倒的な質量を兼ね備えたフラメナの高威力技の一つ、回転しながらシルティへと向かうそれはオーラを打ち破ってシルティへと直撃した。
全身へと白き火を浴びたシルティ。
毒という解釈が正しければシルティはこれで死ぬ。
「っぁがぁあああ!」
悲痛な叫び声とともに前に倒れるシルティ。
焼け爛れる全身がドロドロと溶け出し、
金色と赤色の液体が地面を這う。
「ッゥウ!ッァォアアア!!」
苦しむシルティ、明らかに戦闘続行できる様子ではなかった。呆気なく終わりかと思った矢先、シルティから黄金の光が溢れ出す。
「……フラメナ!」
ライメがフラメナを氷の壁で覆うと、
突如大きな衝撃が放たれ、氷の壁が砕け散り、
フラメナは腹部に激痛を感じながら道の奥へと吹き飛んでいく。
「がっぁっはぁ!」
道に置いてあった貨車へと叩きつけられ、倒れるフラメナ、シルティが起き上がったのだ。
「流石にあの量の魔法はそう頻繁に喰らえんな……」
シルティは完全に再生し切っていたのだ。
これが意味することつまり、シルティは自身の魔力で残る白い残火を打ち消し、規格外の治癒力で高速で再生をし続けたということ。
「バケモノだ……」
ラテラがそう言うとライメは、吹き飛ばされたフラメナを気にしながらも魔法陣を展開する。
「たった少しの期間でここまで強くなるなんてなッ」
シルティは突如横から飛び出てきたエルトレの攻撃を躱し、話を進める。
「どうやら我は貴様らを赤子のように接していたが、
それは大きな間違いだったらしい。
少年少女ほどには見てやる。さァ来いッ!
まだまだ我を殺すには足りんぞォッ!!」
シルティは体勢を立て直そうとするエルトレへと走って接近し、その無双の一撃を拳から放つと、エルトレは武器でそれを防いで地面に叩きつけられる。
そこへと放たれるリクスとライメの魔法。
巨大で鋭利に尖った土の塊と、斬撃のような氷魔法がシルティへと襲いかかった。
だがシルティは氷の斬撃を容易く躱し、土の塊に至っては正面から拳で破壊してしまった。
馬鹿げた攻撃の防ぎ方にリクスが冷や汗を流すと、
シルティはリクスとライメに対して拳を一つずつ突き出し、衝撃波を放つ。
「っ!」
衝撃波自体に攻撃性はなかったが、風圧によって二人は怯んだ瞬間、シルティがラテラへと向かって接近し拳を振り翳した。
ラテラは他四人と違い近接戦は苦手だ。
そもそも治癒魔法使いは戦いには向いていない。
誰もラテラを助けることが出来ない状況。
それでもラテラには一発逆転の一撃がある。
「復壊!!」
「!」
シルティの拳へとラテラが右手で触れた瞬間、
勢いでラテラの右手がぐしゃぐしゃに折れるが、
シルティの右手から崩壊が始まった。
これに関してはフラメナの毒と違い、明確な崩壊であるがため、再生しようとどうにかなる話ではない。
「うっおぉお!?」
初めて見るのか酷く驚き、崩壊していく右手。
崩壊は進み続け肩にまで到達し、首を伝って顔に到達する瞬間、シルティは自身へと黄金の拳を放ち、崩壊していく部位を吹き飛ばした。
規格外の治癒力を持つが故にできる即死回避。
崩壊は消えた部位とともに消え、シルティは一瞬にして体を再生する。
「そんなの……アリですか?」
ラテラが絶望したように言うと、シルティは険しい顔でラテラを見下ろし、今度こそ殺すと言う思いで拳を突き出す。
「……妙にタフだな」
拳へと剣を突き向け突き刺すエルトレ。
後頭部や背中は血だらけであり、息が荒い彼女だったが、間一髪風魔法によって加速しラテラを守った。
ラテラはそんなボロボロの姉の姿を見て治癒魔法を背中から当て、回復する。
復壊という反治癒魔法を使ったせいで、最初の頃のように魔力を空にしてしまうほど消耗はしなくても、
かなりの量の魔力を消費してしまった。
シルティは突き刺さった拳に力を入れて、剣を抜けなくさせると、余る拳を振り上げてエルトレへと突き出す。
その動きにエルトレは武器を手放し、咄嗟に下へと姿勢を下げて避けると、ラテラを担いでシルティから離れる。
「……すでにかなり消耗しているな。
二度も我を驚かせたのは褒めてやる。
だがな貴様ら……勝つ気というのはあるのか?」
両手を広げ武器をそこら辺に投げ捨て、そう言うシルティ。すると後方から声が聞こえてきた。
「勝つ気しかないわよ……
あんたみたいなのに私たちは負けない。
ここで負けて終わりだなんて楽しくないわ!」
頭から血を流し、歩いて戻ってきたフラメナ。
依然表情に恐れはなく、覚悟を決めるようにそう言う。
「ならば、この我を討ち果たしてみろォッ!!」
全員が思っていた。
剣塵はまだなのかと?
シルティが意図していたわけではないだろう。
一週間ほど前から剣塵は砂漠地帯へと赴いていた。
それは修行の一つであり、食料も飲み水も寝床も一週間自分自身で確保する。
月に一度するこの砂漠地帯での過酷な一週間が今も尚、剣塵の強靭な体を作り上げているのだろう。
剣塵も王都側から発せられる大きな魔力には気が付いていた。彼が全速力で走れば、馬車の何倍も速い速度で走れる。
戦場と化した王都へと剣塵が向かう。
剣塵が着くのが先か、皆が死ぬのが先か。
時は平等に進み続ける。




