第五十三話 静寂と喧騒
虹剣1686年8月1日。
フラメナ達はレナセール王国へと向けて馬車を取り、その日の早朝にパリエタ港を発った。
「レナセール王国ってどんなところなんですかね」
ラテラがそう言ってガイドブックを広げ、
王国や領土内の紹介へと目を通す。
レナセール王国。
砂漠地帯に建てられた古くから存在する王国。
歌劇などが非常に有名で、世界中から芸を極めようとする者たちが集まる。
西黎大陸に滞在する人族や霊族は、
ほとんどが歌劇目当てだ。
「歌劇なんてあるのね……歌劇って何するのよ」
本末転倒なフラメナ。
それに対してライメが歌劇を教える。
「歌と共に演者達が舞台で踊り、物語を展開する。
こう言ったのが歌劇だよ。」
それを聞いて頷きながら理解するフラメナ。
ラテラがページを捲ればガレイルの広告が貼られていた。戦士を募集しているらしく随分と必死だ。
それもそのはず、レナセール王国は歌劇を楽しみ、志す者が多い一方、戦士などが常に不足している。
戦士を多く必要とするのは付近に、
塵雪山脈や砂漠地帯が存在するが故に邪族の出現が多いからである。
そのためガレイルは常に戦士を募集している。
だが募集と言っても弱い戦士なんて求めていない。
西黎大陸の邪族の平均等級は上級ほど、依頼はほとんどがニ星級以上、五星級依頼なども存在する。
「レナセールのガレイルは戦士不足って聞くけど、
飛び級とか出来ない?私たちなら三星級依頼くらいなら達成できるでしょ?」
エルトレが言うことは正しく、恐らく飛び級なども視野に入ってくる。
飛び級、それにこそフラメナは目をつけていた。
ガレイルで鍛えるとなれば確実に、スブリメ王国とオラシオン王国のどちらかの方が良い。
その二つの国はレナセール王国の下に存在しており、邪族の等級もレナセールより高い。
だがスブリメ王国のガレイルの出す依頼というのは、塵雪山脈を越えた先での依頼が多く、移動に手間がかかりすぎてしまう。
そしてオラシオン王国だが、
言わずもがな、五星級パーティーに世界最強の剣士が存在するため、高難易度の依頼が残っていない。
三星級の依頼などが受けれて最高値だろう。
そんな二つの国では一年以上滞在するには、
あまりにも効率が悪すぎる。
となればある程度栄えていて、ガレイルに依頼がたくさん残るレナセールを選ぶのが賢明な判断だ。
「飛び級してそこからはコツコツ四星級を目指すわ。 でも、四星級は当分先ね。今の私たちじゃ流石に帥級以上の群れとかは無理だわ」
フラメナは現実的な戦力を把握している。
帥級二名、上級一名、一級ニ名。
この戦力では将級邪族を倒せるか、倒せないか、
分からないかぐらいの戦力である。
依頼とは基本的に、余裕が持てると判断出来るレベルの級しか受注しないもの。
命は一つであり蘇ることはない。
一度の失敗で命を失うレベルの依頼は、
受けないのが鉄則であり常識だ。
「一年で四星級依頼をこなせるぐらい強くなるわよ」
そう言うフラメナ。
四人はそんなこと出来るのかと思いながらも、
フラメナの自信満々な表情に流され、強くなれという言葉を受け入れた。
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フラメナ達はレナセール王国に着くまで、
何度か邪族に襲撃されながらも、5日ほどでレナセール王国へと到着する。
虹剣1686年8月6日、午前7:23。
「お客さんら強いね〜。
護衛なしって聞いて不安だったけど、要らねえ心配だったわ。」
馬車の男は獣族の牛族であり、道中邪族を撃退していた五人に、感心の言葉を伝える。
西黎大陸の馬車を持つ者たちは過酷だ。
乗客が戦士であると、その者は護衛代を節約するために圧倒的に強くもないのに、自分で戦おうとする。
大抵が悲惨な末路を辿り、
馬車を持っていた者も巻き込まれる。
それ故に不遇な職として知られている。
だがそれでもその職を選ぶ者がいるのは、
王国から送られる特別報酬が非常に豪華だからだ。
「私たちは運んでもらったのよ?
護衛はちょっとしたサービスよ!」
フラメナがそう言うと、牛族のその男は嬉しそうに鼻を鳴らし、手を振って別れを告げる。
五人はレナセール王国の王都に入れば、一直線にガレイルを目指し、パーティー情報を記入しに向かう。
「ガレイルってこんな人少ないことあるんですね」
ラテラがガレイルの屋内を入口から見てそう言う。
確かに人は少なく、活気もないガレイル。
まさにカツカツという雰囲気であり、どこか焦燥感漂う空間となっていた。
五人が受付へと向かうと、受付の人族の男性がパッと顔を明るくして、定型文であろう挨拶をしてくる。
「ようこそレナセール王国ガレイルへ!
パーティーの作成ですか?」
「他のガレイルで登録したパーティーなんですけど大丈夫ですか?」
ライメがそう聞けば男性は頷きながら、
「問題ないです」と返答する
「パーティー名は暁狼、二星級のパーティーです」
受付の者がそう言われ分厚い本を取り出すと、
数十秒も経たぬうちに暁狼が記載されているページを見つけ、本を閉じると話し出す。
「情報は間違いありませんでした。
その……唐突な提案なのですが、
三星級などの依頼はどうでしょうか?」
ビンゴ。
五人の予想は的中し、早速飛び級チャンスが舞い込んできた。
「受注出来るならいくらでもするわよ!」
フラメナが威勢よくそう言うと、受付の者が救世主を見るような目で後ろの引き出しへと体を向ける。
引き出しの中から大量の紙を取り出し、
机の上に置く受付の男性。
「これが今ある三星級の依頼書です……!」
ざっと百枚は超えているだろう。
よっぽど処理が追いついていないと考えられる。
「……めちゃくちゃ残ってますね」
「めちゃくちゃ残ってるじゃん……」
「めちゃ……はちゃめちゃに残ってるな」
ラテラとエルトレとは違う言い方をするリクスのこだわり、そんなことはどうでも良く、フラメナは頭を悩ませて一つの紙を取る。
「これにするわ!」
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三星級依頼
レナセール王国北部
砂漠地帯邪族討伐
(上級)
報酬金 金貨20枚
(報酬金提供
レナセール王国ガレイル)
場所・レナセール王国
北部の砂漠地帯
依頼者 レナセール王国
馬車などの被害が増えており、
観光客の方々に恐怖を与えてしまっている。
今後も障害となる可能性が考えられるため、
ガレイルへと依頼を出しました。
邪族の討伐をよろしくお願いします。
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フラメナが手にしたのはよくある依頼で、
王都から少し離れた砂漠地帯での邪族討伐というものであった。
「では受注の手続きを終えてもよろしいですか?」
受付の者がそう言えばフラメナは頷き、五人は依頼のために馬車を取り、砂漠地帯へと向かう。
西黎大陸の砂漠地帯とはサラッとした砂が多く、
風が吹き荒れると砂嵐が発生しやすい。
また迷宮が出現しやすいという特徴もあり、
人気のない場所には大体、迷宮が放置されている。
ごく稀だが、君級の邪族で″砂塵″と呼ばれる砂竜が、砂漠地帯に出現することがあるらしい。
砂塵は普段塵雪山脈に住んでおり、
群れから離れ、単独で行動する老体の砂竜だ。
過去に討伐隊が組まれたが、
傷を一つ残す程度で全滅したという。
そんな砂漠地帯にやってきた五人。
時刻は午後であり日差しが最も強い時間帯。
「エルトレ、頼むわよ」
「言われなくても……」
エルトレが先頭に立って歩き始めた瞬間、砂の中から大量の魚が飛び出してきて襲いかかってくる。
砂怒魚。
砂の中に生息する魚であり、非常に凶暴。
実際にこの魚の群れは上級と定められるほど危険度が高く、西黎大陸の戦士からは恐れられている。
だが危険な物は大体美味しいのが鉄則。
砂怒魚は非常に食べ方が豊富で、味も良い。
そのため西黎大陸のガレイルでは砂怒魚の買い取りが存在し、追加報酬が貰える。
それを知っている五人。
エルトレは武器を斧へと変形させ、斬るのではなく刃の部分で叩きつけ吹き飛ばせば、ライメが連携するように魔法を呼称する。
「氷蝋」
ライメの杖から放たれる冷気が魚群に直撃すると、
一瞬にして魚は凍りつき、冷凍保存される。
「おー、氷属性魔法は便利ですね」
ラテラがパチパチと拍手をすれば、エルトレが武器を変形させ、剣へと持ち替えて言う。
「フラメナ、この魚が依頼の敵じゃないでしょ?」
「そうよ、メインは砂巨蜥蜴、多分少し騒がしくしたから出てくるんじゃないかしら?」
フラメナがそう言うと、地鳴りと共に少し先の砂から大きな何かが飛び出してくる。
「本当に出たな……」
リクスがそう反応すると、黄色い巨大な蜥蜴が見えた。
奴が砂巨蜥蜴だ。全長は12メートル。
蜥蜴はこちらを睨みつけ、咆哮を上げると巨体が突進してくる。
それに向かってエルトレは走り出すと、的確に足首へと剣を投げて動きを一瞬止める。
突き刺さった剣に怯む砂巨蜥蜴、
その隙にエルトレは風の魔力で一気に加速。
そうして足に突き刺さった剣を抜いて、
次々と剣を他の足首へと刺していく。
これにより蜥蜴は歩行能力が激減した。
そうなれば魔法使いのターンが一生続く。
「白雷獄!」
「氷柱」
「土槍」
三人の魔法が放たれる。
白い火に纏う白い雷、それが蜥蜴に直撃すれば大量の尖った氷柱が突き刺さり、地面から尖った土の槍が生えて腹部を刺す。
すると傷口からフラメナの火や電気が入り込み、
一気に蜥蜴の命を削り取った。
グッタリとして絶命したことを示す砂巨蜥蜴。
これにて依頼完了。上級邪族一体であればもはや苦戦などこの五人には生まれない。
「怪我は……ないですよね」
ラテラは少し残念そうにそう言う。
「怪我しない方がいいでしょ。
いざってときに頼りにしてるよ」
エルトレがラテラにそう言うと、
ラテラは少し自信を取り戻したようだった。
西黎大陸での初仕事は無事圧勝。
その日の夕暮れ時に王都へと帰り、ガレイルにて受付の者に依頼完了を知らせれば、三星級へと昇級。
五人は報酬金の金貨で、
その日は豪華な食事を楽しんだそうだ。
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「白髪の女の魔法使いを見つけたら教えろ。
戦いに行くんじゃないぞ?貴様じゃ到底勝てん」
「……まぁシルティ様がそう言うなら正しいですよね。見つけ次第報告させていただきます」
傲慢のシルティ・ユレイデット。
彼は三度目の正直としてフラメナを確実に仕留めるべく、ひっそりと西黎大陸にて動き始めていた。
「期待しているぞ。レグラ・メルトエオ」
「光栄極まれりでございます」
レグラ・メルトエオ。
彼はシルティに忠誠を誓う者。
フラメナ達に脅威が迫りつつある。
そんなことは本人達は知る由もなかった。




