第四十九話 善人
フラメナはレストに連れられて彼の家へとやってきた。
「なんもない家だけど歓迎するよ」
「お邪魔するわ……」
少しながら緊張しているフラメナ。
ユマバナと知り合いなことは分かったが、もしこの男が自分を裏切るかもと思うと気が抜けない。
フラメナは警戒した様子でレストについていき、
リビングへと立ち入る。
「ガッチガチだね。まぁ無理もないか」
レストは手から黒い妖精を出現させ、冷蔵庫へと向かわせると瓶に入った飲み物を二本持ってこさせる。
「橙熟は飲める?」
橙熟。
橙色の果実の名であり、一般的には橙熟という呼び方では飲み物として親しまれている。
ちなみに橙熟の果実は“橙熟実”と呼ばれている。
甘酸っぱく爽やかな味わいの飲み物。
フラメナは幼い頃からこれが好きである。
自身の好物を目の前にして、少し緊張が解けて目を向けるフラメナ。
いや待つのよ私……もしかしたら中に薬とか……!
じっくりと疑いの目で瓶を見つめるフラメナ、
それに苦笑いしながら伝えるレスト。
「毒なんて入れてないって、まぁ要らないなら俺が二本飲んじゃうけどな〜」
そう挑発するように言うレストに、フラメナは我慢の限界を迎えて瓶を手に取る。
「……信じるわよ」
「そりゃどうも」
瓶を開けてフラメナは中の橙熟を口にする。
喉が渇いていた彼女にとって、
この橙熟は至高の品である。
変な味もしなかったのでゴクゴクと飲み干した。
満足そうにニコニコとしていると、それをじっくりレストに見られていたのを感じ、慌てて顔を逸らす。
「あんま見るんじゃないわよ……!」
「満足してくれたようで良かったよ」
レストはこちらへと背を向けるフラメナの少し赤くなった耳を見て、嬉しそうに言う。
レスト・バレットメア、彼は君級魔法使いでありながら、中央大陸にて魔法の教授を担っている。
彼は生徒との交流を大事にしており、若い者達が幸せな姿を見ることが大好きな善人だ。
「二本目もいるかい?」
「……貰っておくわ!」
フラメナが空瓶をレストへと渡すと、新しい瓶を手にして、チビチビと飲み始める。
「フラメナちゃん?で間違いないと思うけど、とりあえずこれからの話をしようか」
レストは椅子に座ると話し出す。
「聞けば旅中らしいね。トヘキ君の記憶を戻すために予定よりも少し長く滞在している……ユマバナさんから聞いてるけど白い魔法を使うんだってね。
その白い魔法のせいで国王様に怖がられて追われる身に……」
レストはフラメナを椅子に座るように目を向けると、大人しくフラメナはオスへと座り話を聞く。
「今、フラメナちゃんが一番気にしてるのは仲間との合流だろう?そこの面は任せてほしいな。
1時間もすればここに仲間はやってくるよ」
フラメナは瓶を机に置いてレストへと聞く。
「どうやって見つけるのよ、トヘキ達の居る場所なんてわからないじゃない」
「普通ならそうかもね。でも僕は使役魔法使い……」
レストは指をパチンと鳴らして五体の黒い妖精を出現させる。
「こう言った妖精は透明になれる。
これで街中探せばすぐ見つかるんだ。
それに探しに行かせた妖精達には手紙を持たせてるし、透明化状態ならば手紙も透明になる。
抜かりはない……だからここで安心して待っていておくれよ」
レストは自信満々にそう言って指を再度鳴らすと妖精が消える。
「……その気になるのだけど……なんでユマバナさんにそこまで恩を感じてるの?」
「暇つぶしに俺を知ってもらうため、自語りでもしようか……俺は元々、北峰大陸生まれの魔族さ」
レストはそう言うが全く魔族には見えない。
「でも見た目は人族よ……?」
「あぁ隠してるだけさ」
レストは力を込めると頭から二つの角が生え、桃色の瞳が少し発光し始める。
「魔族の中でも嫌われてる″デビル族″さ」
デビル族。
それは悪魔族とも言われる魔族の中でも非常に強力な種族。
デビル族は知性有りのものしか存在しない。
だが圧倒的に邪族の量が多く、多くの種族から嫌われている。
魔王側近の色欲のエルドレもデビル族であり、ハーフとして蠍族と言う希少な種族をその身に宿している。
「デビル族って本当にいるのね……」
「まぁほとんど魔王の配下だし、俺とかもよく勧誘されてたよ。今となればこの行為は裏切り、もう同族には顔向け出来ないね。」
レストは角を引っ込めると、息を少し吐き、間を取ってから話す。
「それでまあ、ユマバナさんに助けられたって話なんだけど、北峰大陸で人族に邪族と勘違いされてね。
あの大陸の剣士や魔法使いはすごく強いから殺されそうになったんだけど、庇ってくれたのがユマバナさんだったんだ。
なんで庇ってくれたかはわからないけど、聞けばどうやら″気分″だったらしい」
「なんとなくそう言うのも想像出来るわ……」
フラメナはユマバナの適当な性格を思い出し、共感したように頷くとレストが話す。
「あの人は、確証もない嫌われ者の魔族を勘で邪族じゃないと判断して救ってくれた。
一歩間違えたら怪我するのは自分だと言うのに……
それを気分ってだけで済ませるあの人の背中を今でも覚えてるのさ」
50年前ユマバナは北峰大陸でレストを助けた。
貧相な容姿に、二つの角。
見るからに、同族からも他種族からも嫌われている魔族の子供。
それを見過ごすほどユマバナは非情じゃなかった。
小さなレストを責め立てる者の意見を聞けば、
彼が邪族だと決めつけるにはあまりにも曖昧な意見ばかり、ユマバナはそれに激しい怒りを覚えた。
彼女はその当時、既に君級となっていた。
強大すぎる魔力を圧として扱い、レストを保護した。そこからレストと生活を一緒にして旅立たせる。
レストはそれ故にユマバナに対して大きすぎる尊敬の意を抱いている。
「俺はあんな人になりたいと思ってさ、困ってる人は助ける。その思いで生きてる。
だからユマバナさんが何も言わなくても、
もしかしたら助けてたかもしれないね」
レストは肘を机の上につき、加えて手の上に顎を乗せて微笑む。
「……まだ正直、不安がないとは言えないけれど、
私は貴方を信用する気になったわ。
もしこれで罠だったら許さないから!」
フラメナはレストの価値観や過去を聞いて、少しばかり信用する気になったようだ。
ーーーーーーーーーー
一方その頃。
トヘキ達はフラメナを探すべく、街中を歩き回っていた。だがフラメナがどこにいるかなど見当なし。
少々見つけるには絶望的な状況だった。
「……どうしよう?」
「どうするって言われても……フラメナがどこに行くかなんてわからないし……」
トヘキの困ったような声に、エルトレも困ったように返答すると、リクスが予想を一つ提示する。
「追われる身で大通りなんて歩けないと思うぞ。
路地裏とか、街の外とか……」
その予想にラテラが共感するように話す。
「多分、この量の人の中じゃまだ街の外には出れてませんよ。徒歩じゃ街の外とかには何日か必要だし」
「なら路地裏を探し回ってみます?」
「賛成、てかそれ以外やることなさそうだし……」
四人はその探し方をすることにし、路地裏へと入っていく。
だがまあこの方法は、片っ端から路地裏を見ていくものなので、当然時間はかかる。
探し始めて40分を過ぎた辺りで、ラテラが何かを発見した。
「皆さん……何か箱の裏から出てきましたよ」
ラテラが手に持つのは黒い妖精であり、手紙を持っていた。
「なにこれ?」
エルトレが手紙を取って中身を見れば、それは自分たち宛の手紙だった。エルトレは不思議に思いながらも読み、内容をまとめて皆に伝えた。
「……この書かれてる場所に向かえばフラメナがいるって……怪しいけど行く価値はあるんじゃない?」
「レスト・バレットメア……多分その人が本当にこの手紙を書いたなら、罠とかじゃないと思う。
その人、師匠とすごく仲良いから……」
トヘキがそう言えば四人は目を合わせて、
手紙の場所へと行くことを決めた。
指定の場所は意外にも近場で、少し歩けば到着した。そこは大きな家であり、住んでいる者がかなりの富を持っていることを知らしめている。
ベルを鳴らして中の者へと来たことを知らせれば、
扉を開け、笑顔で迎える男の姿があった。
「おー!本当に来てくれた。
ささっ!中にはフラメナちゃんもいるから入って入って……」
レスト・バレットメア、彼の後ろから微かに顔を覗かせるフラメナ、四人はフラメナを見て安心し、レストに中へと入るように言われて中へと入る。
四人とフラメナが合流し、会話が始まろうとする。
レストは扉を閉めかけていた時、突如その場に突き刺さるような重圧が満ちる。
扉が無理矢理全開にされ、何もないはずの空間から、姿を現す赤髪の女性。
「レスト、これは一体どう言うつもりなの?」
「″パラトア″……!」
レストが非常に驚いたようにそう言う彼女の名前。
言わずもがな、魔刃流水君級剣士、
不視のパラトア・シーファ。
「偶然、その四人をつけていたらまさかここに来るなんて……それに奥にはいるじゃない?純白魔法の使い手、フラメナ・カルレット・エイトール。
国王様からまだ命令はきてないとは思うけど、なぜあの魔法使いを匿っているの?
匿うってことは、色々知っているんでしょ?」
パラトアは剣を抜き、魔力を一気に高める。
「あぁ知ってるさ、可哀想な子達だって……
だから匿って何が悪い?」
「私たちは君級なの、王国に所属する君級。
国王様の命に逆らえばレスト、あんたでも無事じゃ済まないよ」
「……だから後ろにいる魔法使いを渡せと?
彼女は何も悪いことをしてないのに?」
パラトアは剣をレストへと向ける。
「話すのも無駄、力づくで奪って帰るわ」
「なんでそこまで忠誠を誓ってるんだい……
理解出来ないよパラトア」
レストは大量の妖精軍を繰り出して、無理矢理パラトアを後退させると、その隙に五人へと話す。
「合流記念のパーティーは出来なさそうだ。
良いかい、今すぐこの大陸を出ていくんだ!
別れが早くて寂しいけど!俺の妖精について行ってくれ!」
レストはそう言うと妖精を後ろに送り、家の中へと五人を入れて扉を閉める。
「……良い加減にしなさい、善人ぶって何の得があるのよ?」
「得はなくても俺は違う意味の″徳″を優先するね」
パラトアは舌打ちをすると、一気に接近していきその剣を振りかざす。
「焦土星」
黒い渦がレストの横に出現すると、そこから真っ赤な手が伸びて剣を受け止め、パラトアは距離を取る。
「本気で私を止めるつもりなの?」
「もちろん、君に出し惜しみなんて贅沢すぎる」
「愚かね……地位も名声も富も失うことになるのよ。
それをわかってるのよね」
「わかってるさ。俺の憧れの人はユマバナさん。
あの人ならどうするかって考えたら……
どうやらこうするしかないらしいね」
焦土星と呼ばれる使役個体はパラトアが所有する唯一の君級個体。過去に邪統大陸での戦争時に使役したそうで、非常に強い魔族だ。
「……本当に気持ち悪いくらいの善人。
理解出来ない生き方よ……ッ!!」
パラトアは剣を構え、一気に接近して切り掛かった。
その戦いは1時間ほど続き、両者互角の中決着がつく前に断罪のガルダバ・ホールラーデが止めたそうだ。
いよいよ君級まで関わり出したこの騒動。
結末は予想もつかないものとなる。
金曜日なので本日二話投稿です。
18時に第五章最終話が投稿されます!




