第四十二話 親友
虹剣1686年7月15日。
トへキ・アルマレット。
氷帥級魔法使い。
歳は十四歳で霊族と人族のハーフである。
彼は身寄りがなく、記憶も失ってしまっている。
可愛らしい顔つきであるがゆえに、
女性とよく間違われるが、実は男性である。
彼は赤紫の髪の毛に青い瞳を持ち、優しい性格だ。
彼は枯星、ユマバナ・アルマレットに拾われた。
そうして名をユマバナから貰い、
弟子として日々魔法を磨き続けている。
彼を語る上で欠かせない情報。
それは史上四人目となる転移魔法の使い手。
この転移魔法によって帝黎は、巨大迷宮を普通よりも楽に攻略している。
転移魔法があれば帰還が即座に行える。
トヘキは今日も魔法の勉強をしており、
部屋をノックしてユマバナが入ってくる。
「トヘキ、魔法も良いけどそろそろ朝食を食べなさいな。腹が減っては戦はできぬとかなんとやら〜……」
そう言うのは幼児のような体の君級魔法使い。
魔族の中でも知性ありしか存在しない稀有な種族。
エルフ族。
幼女の見た目だがこれでも彼女は200年生きており、君級には50年前からなっているそうだ。
ユマバナ・アルマレット。
草君級魔法使い。
長く尖った耳はまさにエルフ族。
瞳は真緑で、髪の毛は金色。
エルフ族にしては身長が小さく110cmで止まっている。これは彼女が幼い頃から夜遅くまで魔法を学んでいたためだ。
髪はふわふわとしており、非常に長く、
膝あたりまで髪の毛が伸びている。
案外気に入ってるらしく切るつもりはないとのこと、髪の毛の手入れが大好きなのだ。
枯星と呼ばれるのは彼女が、草属性魔法の使い手であり、闇属性と呼ばれる魔法を扱えるからである。
草魔法に闇魔法を纏わせると、
あらゆるものを枯れさせる、死の魔法と化すのだ。
それ故に彼女は君級魔法使いの中で二番目に強い。
だが闇を扱うにしてはあまりにもマイペース、適当で大雑把、尊敬する気がなくなる性格だ。
「そんな時間ですか……」
だがトヘキは彼女を尊敬している。
命の恩人というだけではなく、
魔法使いとして尊敬しているのだ。
ユマバナは150年間で将級までコツコツ成り上がった魔法使い。闇属性を使いこなせるようになったのは君級になる前だった。
言わば彼女には才能がない。
だが長寿故に時間はある。
それを利用し血が滲むような努力の果て、
こうして君級として君臨し、世界で二番目に強い魔法使いとして名を知らしめている。
朝食はパンにバターを塗り、東勢大陸で取れた滑らかな食感と、濃厚な旨味がある野菜を挟んで食べた。
「んは〜美味美味、美味いか〜?」
「美味しいです」
ユマバナは水を飲むとトヘキの人気について、羨ましそうに話し出す。
「いやぁ……最近は人気が凄まじいねぇ。
トヘキはイケメンだからファンが多い!
羨ましいなぁ〜」
トヘキはそれを聞いて少し口角を下げながら言う。
「僕のファンは、女性ファンばかりですから、
師匠には要らないのでは?」
「ばかも〜ん。男だろうと女だろうと良いけど、
妾は女子が好きじゃ〜、話の噛み合い方が段違じゃからのう」
ユマバナはそう言うとトヘキを見て言う。
「じゃがトヘキは話が噛み合うのう……
女心がよく分かる男など珍しい、早く婿入りせんか!」
「無茶言わないでくださいよ……まだ十四歳ですし」
「十四でも結婚はできる!!
金銭は妾が支援しよう〜なはははは!」
これがユマバナという魔法使いの通常運転だ。
「そう言えば……南大陸の復興はどんな感じです?」
トヘキは思い出したようにユマバナへと聞く。
するとユマバナは立ち上がって新聞を取ってくると、
トヘキへと投げつけキャッチさせた。
「王都の建設はかなり進んでるみたいじゃぞ。
凄まじいのう……エイトール家の長女がまさかここまで、復興させるなんて誰が予想できた?」
新聞には大きく南大陸のことが書かれていた。
『ゼーレ王国再建!
エイトール家の意地現る!』
誇張しすぎなタイトルだが、
トヘキは特に気にせず、読み進める。
なぜトヘキはここまで南大陸を気にするのだろうか?それは彼にもわからない。
ずっとつっかえているものがある。
何か大切なものを忘れているような。
記憶喪失している時点でそれは当たり前だ。
だけど何か南大陸に忘れてきたものがある。
そんな、そんな気持ちが常に纏わりつくのだ。
「トヘキ、もう少ししたら今日は迷宮攻略じゃ、
新聞はほどほどにして準備するんじゃぞ」
気がつけばユマバナは食事を終えており、トヘキはその言葉で時間が経っていることに気がつき、急いで食事を終える。
ユマバナの元で三年。
時折夢の中で白い髪を持つ少女が話しかけてくる。
彼女の声はいつだって籠っている。
その夢を見た日の朝は、どうしようもなく悲しい気分になる。
その少女が何者かはトヘキは知らない。
その日のうちの午前10:30。
帝黎パーティーが迷宮入り口前にて集まっていた。
民衆が一目、最強のパーティーを見ようと押し寄せる。凄まじい量の人がいるにも関わらず、パーティーの近くには誰も近づかない。
凄まじい圧が自然と民衆を押し返しているかのようだ。
「のうネルよ、今日は何層まで行くのじゃ?」
虹帝、ネル・レルスタミッド。
三十六歳でありながら世界最強の魔法使い。
全属性を扱う彼女はまさに魔法の頂点。
紫の瞳に真っ黒な髪、髪の毛には七色のメッシュが入っており、かなり派手な髪だ。
「今日は二十七層は攻略したい、出来ればもう一層くらい攻略したいけど……」
「なぁんで躊躇ってるんじゃ?」
「実は私の娘は今日、家で一人なんだよ……
それが不安で不安で」
「見守りくらいおるじゃろうが!」
ネルは困ったように言う。
「はちゃめちゃにわがままだから……
あの子何するかわかんないの」
「お主に激似じゃのう!」
「はぁあ!?」
迷宮攻略前とは思えない雰囲気。
他の君級も緩い雰囲気だった。
「レスト、あんま使役したやつ出さないでよ。
この前前線それで圧迫されて困ったんだから」
不視、パラトア・シーファ。
魔刃流、水君級剣士。
赤い髪の毛を持ち灰色の瞳を持つ彼女は、
特殊な空間魔法を扱う。
異名の由来通り彼女は自身を透明状態にすることが可能で、空間魔法と水属性魔法を同時に扱うことで透明状態になるのだ。
彼女は剣士では四番目に強いとされている。
「あれはちょっとミスっただけ、わざとじゃないって、今日は気をつけるからさ」
天戒、レスト・バレットメア。
使君級魔法使い。
青髪であり瞳は桃色。
垂れた目は見る者に、
のほほんとしたイメージを与える。
使役魔法を扱う彼は、上級以上の魔族などを使役しており、最大で君級の使役個体を有している。
「と言っても……それで毎回しくじるのがレストだ」
そう言うのは断罪、ガルダバ・ホールラーデ。
人刃流火君級剣士。
年老いた老人のようだが、剣の腕は確かだ。
彼はカウンターにて確実に相手を切り刻む。
強さとしては五番目と言われているが、一対一の戦いであれば、彼に敵う者はほとんどいない。
少し時間が経つと虹帝のネルが合図を出し、
迷宮入りの時間となる。
トヘキは前へと出て魔法陣を展開すると、
それはメンバー全員の足元に広がる。
「転移」
その呼称によってその場にいた帝黎のパーティーは、
一瞬で姿を消した。
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虹剣1686年7月8日。
中央大陸、テルエド港にて。
「中央大陸上陸ー!」
フラメナが船から出ると、そこは栄えた港町。
エルトレなどの三人も上陸すると、
フラメナは振り返り三人に話す。
「一応中央大陸は帰りに寄る予定だから、
パパッと横断して西黎大陸に行くわよ!」
「少しくらい寄ってかないの?」
エルトレがそう聞くとフラメナは言う。
「寄る気はないけど……寄っていきたい?」
「いや……帰りでいいや、帰りも寄るんでしょ?」
「そうね、少しだけ滞在するつもりよ」
「なら帰りでいいや」
そこから四人は馬車を雇い、中央大陸の中心部。
エテルノ王国の王都には、様々な機関が集結している。世界一の魔法大学は世界一の図書館、それ以外にも世界一が大量に集う。
最近話題の迷宮もこの中心部に出たらしい。
西黎大陸への航路がある港は、
中心部を通っていくと最短で到着する。
中央大陸は見渡す限り常に家が見える。
そこら辺にある村であろうと、
南大陸のゼーレ王国並みに建築が丁寧だ。
景色だけで分かる栄えた王国。
中央大陸は元々多くの国があったが、
エテルノ王国が1000年以上前に全てを吸収し、
中央大陸に残る唯一の国となった。
7月13日。
四人は中央大陸中心部へと辿り着く。
テルエド港もかなり栄えた町だったが、
それとは比べ物にならないほど、ここは栄えている。
人の数も多く、店も全てが有名店ばかり。
また歩く者達の多くが高そうな衣服を纏っている。
フラメナ達はこんなに大陸によって変わるのかと思っていると、馬車が止まり、馬車を持つ男が布を開けて停止した理由を話し始める。
「お客さんすまねえな。
帝黎パーティーがちょうど帰ってきちまってよ。
道が塞がってるんだよな……ちょっとしたら道も開くから待っててくれよ」
それを聞いてフラメナが言う。
「なら私たち少し、馬車を離れても良いかしら?」
「構わねえが……戻ってきてくれよ?」
「先払いなんだからここでどっか行ったら私たちが損するだけじゃない。戻ってくるわよ」
そう言うとフラメナは三人に声をかけて、
中央大陸の商店街へと進もうと、布からフラメナが顔を出す。
その際高い位置から帝黎パーティーが見えた。
思わず少し意識して見てみると、
妙に懐かしいオーラと髪の毛が見える。
「え?」
忘れるはずもない。
あの髪の毛、オーラの色。
「ちょ、フラメナ!?」
エルトレがそう言うと、フラメナは既に馬車から飛び出し、走って人混みへと突っ込んでいく。
無理矢理押し返して進み、どんどんと帝黎パーティーの元へと近づいていくフラメナ。
この瞬間は何も考えず、
ただただ足が前へと出ていた。
なんで……!まさか……まさか!
フラメナは思い出す。
『またいつかこの場所で』
そんな言葉を発した親友、ライメ・ユーパライマ。
蘇るライメに関する記憶の全て。
フラメナは遂に人混みを抜けて帝黎パーティーの元へと足を踏み入れる。
圧によって人が避けている領域に、
フラメナは足を踏み入れたのだ。
「……?」
帝黎パーティーのメンバー含め、民衆が困惑する。
汗をダラダラと流しながらも必死に息を整え、
フラメナは一人の青少年を真っ赤な瞳で見つめる。
「……え」
向けられる視線はトヘキ。
「やっぱり……″ライメ″よね……!!」
ライメ……?
その名前は、僕に言ってるのか?
……その名前は、僕のじゃない。
「僕は……トヘキだよ」
「はぁ……?どう考えたってライメでしょ!
冗談なんてキツいわよ!せっかく……!再会できたんだから!」
「……貴女の名前は?」
その言葉はフラメナの心を深く抉った。
「……は?」
「ごめんなさい……本当に思い出せないんです。
それに……僕はライメという人じゃな……」
フラメナはそれを聞いて早歩きで近寄り、
胸ぐらを掴み泣きながら激怒する。
「忘れたってわけ……笑えないわよ……!!
忘れたなんて言わせない……!!」
「……っ」
今にもフラメナが殴りかかりそうな雰囲気を見て、
帝黎パーティーの剣士が、フラメナをトヘキから剥がそうとする。
「触わらないで!!」
この状況を理解できている者など存在しない。
「ねえライメ!なんで……本当に思い出せないの?
私よ……フラメナ・カルレット・エイトールよ!」
トヘキはその言葉を聞いても無言のまま。
そうしているとフラメナは遂に、
無理矢理剥がされてトヘキから離れていく。
「ちょっと!何すんのよ!!離して!離しなさいよ!」
泣き声のような怒号が辺りに響きながら、どんどんとその場から遠ざかっていく。
トヘキはフラメナという名を聞いて固まったままだった。全く思い出せない……にも関わらず体が彼女へと手を伸ばしたがっている。
わからない、何もかも、わからない。
トヘキは無意識に伸ばしていた手を下げ、
フラメナという女の子に背を向けた。
この複雑な感情を抱えながらも、
トヘキはユマバナと共に家に帰るのであった。




