第三十八話 旅立ち
虹剣1686年5月22日。
フラメナ達は前日の初仕事を機に、
ニ星級のパーティーへと昇格した。
特例ではあるがニ星級の依頼を余裕でクリアしたので昇格したのだろう。
四星級までのパーティーはどこのガレイルでも引き継がれる。
つまりフィエルテ王国でニ星級となったフラメナ達は、他のガレイルに行ってもニ星級スタートである。
となればフィエルテ王国のガレイルに依存する必要はない、現にここの依頼は簡単すぎる。
旅の準備を始めよう。
エルトレやラテラとは今日は別行動。
あの二人には旅の準備をしてもらっている。
今頃、旅に持っていく物などを決めている最中だろう。確実に言い合っている光景が目に浮かぶ。
フラメナはと言うと、本屋へと訪れていた。
「……あっ」
フラメナはある本を見つけ、思わず声が漏れる。
魔法辞典。
世界一売れた本だ。
フラメナはこの本を読み切ったことはない。
クランツが幼い頃に読み聞かせてくれたがあまり理解できなかった。
今なら読めるかもしれない。
フラメナは魔法辞典を手にする。
分厚いそれは重たく、表紙は年季が入っている。
それを店主の元に持っていくと、大銀貨を二枚支払い購入を済ませた。
そうして外へと出ると、何やら新聞を売っている者が道の端で人集りを作っていた。
大陸新聞。
全大陸での出来事を一ヶ月毎にまとめる組織。
情報を得る上でこれ以上のものはない。
それにしても、人が多すぎる。
フラメナは気になり人だかりに歩みを進めた。
少しすれば新聞を手にしてそこから離れ、内容を確かめる。
「剣塵……?」
内容としてはこうだった。
『中央大陸五人の君級、パーティー結成!
パーティ名は帝黎』
この情報が如何に凄まじいことかフラメナは理解していた。
まず大前提として君級には、
魔法使い七名、剣士五名の計十ニ名が存在する。
それはほとんどの人が知っており、
フラメナも知っている。
君級が滞在しない大陸は存在しない。
南大陸には剣士が一人。
フラメナとも関りがある元王国騎士団長、
閃裂、ヨルバ・ドットジャーク。
東勢大陸には魔法使いが二人。
凍獄、エクワナ・ヒョルドシア
海王、クラテオ・カルナルバ。
エクワナは三番目に強い魔法使いと言われ、
フラメナとも面識がある。
海王の名を冠するクラテオは水魔法使いの頂点とも言われる猛者。
パスィオン王国最強の魔法使いでもある。
中央大陸は魔法使い三人、剣士二人。
虹帝、ネル・レルスタミッド
枯星、ユマバナ・アルマレット
天戒、レスト・バレットメア
言わずもがな中央大陸は戦力がおかしい。
三名の君級魔法使いに加えて剣士も二名。
断罪、ガルダバ・ホールラーデ
不視、パラトア・シーファ
中央大陸が本気で世界を支配しようと思えば、
出来なくはないくらいの戦力である。
西黎大陸は魔法使いと剣士が一人ずつ。
剣塵、イグレット・アルトリエ
西黎大陸はかなり危険な大陸で、砂漠地帯は邪族の発生率が高いらしい。
幻想、レイワレ・グラステッド
魔法使いとして幻想を冠する君級がいるが、
どう言う魔法を使うのかはあまり情報がない。
北峰大陸には剣士が一人。
斬嵐、リルメット・アグラスト
もし魔王軍は動きを見せれば真っ先に動くのは彼であろう。
斬撃の嵐を放つ彼は殲滅力がずば抜けている。
邪統大陸には魔法使いが一人。
邪族を抑える最前線にて戦い続ける雷の魔法使い。
霹靂、メルカト・ガルティア
この十二名はどの者も規格外の強さを有している。
個々が一騎当千の実力者──そんな君級のうち、
五名が手を組みパーティーを結成したのだ
新聞を読み進めると理由が分かった。
中央大陸に記録された巨大迷宮を遥かに超える。
超巨大迷宮が中央大陸に出現したらしい。
放っておけば、入り口から邪族が次々と湧き出してくるという。
早急に迷宮を踏破しなければいけないが故に、
君級五名が手を組んだのだろう。
君級というのは基本的に弟子を欲しがる。
弟子が特に多いのは剣塵と天戒。
剣塵の弟子は平均的な級が帥級と高レベル、天戒も帥級レベルの弟子達ばかり。
やはり一つの天井に達した者は教えるのが上手いのだろう。
「……弟子」
大陸新聞というのは大体、
名高い魔法使いや剣士ばかりを取り上げる。
そのせいかよく君級の弟子達の話題が載っている。
その君級の弟子達の中でも、
最近話題の剣士と魔法使いがいる。
剣塵と枯星の弟子だ。
その二人は帥級ほどの強さらしいが、
どちらも自身の師から一目置かれているらしい。
歳も若く将来有望と言われている二人。
フラメナはそうして新聞を読み終えると、
馬車の手配と食料の買い出しを思い出し、新聞を急いで畳んで鞄へと突っ込む。
そうした後にフラメナは歩き出し、街中へと消えていった。
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「ノルメラ様、随分暇そうですね」
「そりゃあそうっすよ。あの二人がいなきゃ関わる人も少ねえですから。」
南大陸にてフラメナとルルスが旅立った後。
クランツやノルメラは少し賑やかな二人がいなくなって寂しさを感じていた。
二人はタオルを首に巻き、石の塀へと腰をかけており休憩しながら会話していた。
「最近は力仕事も増えましたよね」
「そうですね。王国再建も本格始動ですよ」
クランツやノルメラの背後には、大量の人が建築をしている姿があり、まだ不完全ながらも街が出来ようとしていた。
「そういえば、クランツさんは行くんすか?
“南大陸大遠征”。」
「……わたくしは行きませんよ。フリラメお嬢様を護衛しなければなりませんから」
「ははっ、まっそうっすよねぇ」
南大陸大遠征。
それはヨルバを筆頭に行われる遠征。
実は光が届かなかった地というのはまだ存在している。
もしかしたらそこに生き残りがいるかもしれない。
人がいれば連れて帰る。
それが大遠征の目的だ。
「……フラメナお嬢様は元気っすかね」
「元気ですよ。昔から適応は早い方ですから」
「クランツさんは寂しくないんすか?」
「……聞かないでください」
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虹剣1686年5月23日。
フラメナとエルトレ、ラテラは荷物を持ち、手配した馬車を待っていた。
「私、北部の奥は初めてなのよね」
「3年前って言ったら領土戦争真っ只中の時じゃん」
エルトレがそう言うとフラメナが言う。
「なんとかして北部に行こうとして、剣王山脈登ったのよ?すごい敵の数だったわ」
ラテラはそれに反応し、フラメナへと聞いた。
「その時って……そのフラメナさんの先生以外に人はいたんですか?」
「私の一個下の霊族の子と、二十歳なる前くらいの剣士の男の子がいたわ」
リクスとルルス。
思えばルルスとは会わなくなって一ヶ月程度しか経っていないが、リクスはもう三年も会っていない。
フラメナが指定した馬車は、リクスが滞在するハルドラ村へと向かう。
フラメナとしても挨拶でもしていきたいのだろう。
「あっ来たわよ!」
馬車が到着。
フラメナは代金である大金貨七枚を渡し、中へと入ると後続の二人も入っていく。
最終的な目的地はリシュス王国のユレント港。
そこから中央大陸へと渡る。
中央大陸はエテルノ国一つのみであり、北部と南部に分かれている。
中央大陸は殆どの土地に、知性がある者達の手が施されており、邪族もあまり存在しない。
なので、フラメナとしては中央大陸に着いたら即座に、西黎大陸に向かいたいところだ。
馬車の中でフラメナは魔法辞典を読んでおり、
ラテラはエルトレの膝に頭を乗せてぐっすり寝ていた。
フラメナへとエルトレが話しかけてくる。
「フラメナは旅は好き?」
「ん、私は好きよ。楽しいじゃない、自分の知らない光景をたくさん見れて」
フラメナは本にしおりを挟んで閉じると、顔をエルトレへと向けて話し出す
「私は怖いかな……正直世界中に怪物は存在するじゃん?自分が死ぬことなんて想像できない、フラメナは怖くないの?」
エルトレは死の恐怖を知っている。
死ねばその人はいなくなる。
考えも肉体も、いずれ記憶からも消えていく。
どんなに有名な者だって、その人の趣味のこだわりや性格の細かいところは残らない。
全てが時間と共に大雑把なものへと置き換わっていく。
エルトレはもう父親と母親の声があまり思い出せない。大雑把には思い出せるが、細かいことは思い出せない。
「毎日悲しくてしょうがなかった。でもあたしがラテラを支えなきゃいけない。そうして必死に生きてるうちに、もう声も忘れ始めてた……」
エルトレはラテラの頭を撫でながら話す。
「あたしは怖い、ラテラもいずれ……
怖くてしょうがないんだよね……」
フラメナはそれを聞いて南大陸が滅亡した日を思い出す。
見た目などはまだ脳裏に焼き付いている。
だがどんな話題で、どんな風に会話していたか、
もうほとんど思い出せない
私は……案外忘れている。
確かに怖い、死ぬことは怖い。
だけど私はもう結論に辿り着いたんだ。
死を恐れて止まることは良くないことだって。
歩みを止めることだけはやめた方がいい。
私だって死にたくない。
震えだって止まらない時がある。
私が死ねばどうなる?
いずれ忘れられてしまう?
怖くてしょうがない。
それでも私は旅をする。
歩みを止めたくない、私はいつ死んでもいいように常に人生を彩りたい。
「怖いよ。それでも楽しくてしょうがないのよ……
だってこの世界はあまりにも広くて謎が多くて、
色で溢れているから……」
エルトレはそう言うフラメナの顔が、いつもより大人びたような雰囲気だと感じる。
フラメナは多くを経験しているのだろう。
なんとなく彼女の過去を察するエルトレだった。
「……なんかごめんね、暗い話して」
ボソッとそう言うエルトレ。
フラメナはそれを聞いてニコッと顔を見せて、
エルトレの手を握る。
「私たちは仲間なんだからこう言うことを共有するのは悪いことじゃないわ。改めてって感じだけど、これからよろしくねエルトレ。」
エルトレは手を握り返し、頷き「うん」と言う。
この旅で得られるものはなんだろうか?
死と隣り合わせの旅。
とても怖い、だがそれでも三人は歩む。
この彩られた世界を堪能しきらないなど、
あまりにも勿体無い。
新たな道を進もう。
旅はまだ始まったばっかりだ。




