第三十六話 憂いに生きる
虹剣1686年5月20日。
フラメナはエルトレの家へと訪れていた。
王都に住む彼女らだが、そこは集合住宅で外装はかなり年季が入っている。
「貧乏くさいけど我慢して」
「別に構わないわよ!」
「意外……あんたってどっかの貴族でしょ?こう言うところも平気なんだ」
「平気平気!野宿もお手の物よ!」
フラメナと会話しながらエルトレは、
自身の部屋の前に立って鍵穴へと鍵を差し込み、扉を開けると中へとフラメナを招き入れる。
「ラテラー、帰ったよ」
エルトレは廊下を進んで奥の部屋に入ると、ベッドで横になっている少年が見えた。
「……お帰り」
「お客さんが来てるから挨拶して」
「やだよ……」
「いいからしなって」
フラメナはエルトレの背後から現れ、起き上がった少年を見て挨拶する。
「私はフラメナ・カルレット・エイトール、お邪魔してるわ!」
「……」
「ラテラ、挨拶しなよ」
「こんにちは……ラテラット・ミシカゴールです」
ラテラット・ミシカゴール。
ラテラと呼ばれる十三歳の彼は非常に眠たそうで、
とてもか弱く見える。
エルトレと同じで犬の耳と尻尾を生やしており
身長も低く、髪の毛はエルトレと同じベージュ色。
だが瞳は右目だけ黒く左目は橙色だ。
「エルトレ……流石にこの子を旅に連れてくのは……」
「旅……!お姉ちゃんついに旅に行くの?」
「あー……フラメナはちょっと待ってて」
フラメナはそう言われて少し下がる。
するとエルトレがラテラを寝室へと押し戻し、
扉が閉まって中から会話が小さく聞こえてきた。
そこから数分すると二人が部屋から出てくる。
「フラメナはラテラが旅について来れないと思ってるんでしょ?」
「まぁ……だって実際かなりキツいわよ?」
エルトレはそう言われてラテラへと目を向けながら話す。
「ラテラは攻撃魔法は全く使えないけど、この歳で上級治癒魔法を扱えるの……確かに体力はないし病弱だけど、最近は病気も罹り難くなってきてるし……それでもダメ?」
「……ちょっと待ってラテラで良いのよね?ラテラって何歳?」
フラメナはラテラの年齢をエルトレへと聞く。
予想は十歳に達しているかいないかほど、
だがエルトレからの答えを聞いて驚く。
「十三だよ。あたしと同じ」
「十三歳なの!?」
「そんなに驚く?あたしが9月生まれでラテラが12月生まれ」
「ガレイルのパーティー組む上での必須条件って知ってるわよね……?」
「?……戦えなきゃダメとかじゃないの?」
エルトレはどうやらパーティーを組む上での条件をよくわかっていないようだった。
それもそのはず、パーティーを組む必須条件など一般常識ではないため、ガレイルに自ら所属しようと言う気がなければ知ることもない知識だ。
「パーティーは最低三人必要で、歳が十歳以上だったら組めるのよ?」
「……そうなの?」
エルトレは静かに驚く。
「ならラテラが本当に戦いについて来れるか試すために、パーティー作って依頼でも受けに行きましょ!」
フラメナのその発言にラテラは胸を高鳴らせて目をフラメナへと向ける。
パーティーを組み、依頼を受けるのは翌日。
今日はフラメナとラテラの初対面ということで、
互いのことを話す時間とした。
「何話せばいいんだろ……?」
「なんでもいいわよ!」
「じゃあ……フラメナさんは旅って何回したことあるんですか」
フラメナはそう聞かれると右手を突き出し人差し指と中指を立てて言う。
「今回で二回目よ!一回目は十歳の頃に私の先生と三年間旅したの」
「その旅って辛かったんですか……?」
「辛かったことも多いけれど楽しいことの方が多かったわ」
ラテラの夢は冒険者である。
冒険者とは言い方を変えた旅人のような者で、
各地を巡りその場にあるガレイルにて収入を得て生きていく。
日々戦いに明け暮れるのが冒険者だ。
「僕は戦える魔法が使えなくて……唯一使えるのは治癒魔法だけですし……旅は僕の憧れなんです」
「……絶対に連れて行くとは言えないけど、
明日の依頼でのラテラの動きで私を納得させれば良いのよ!」
フラメナはニコニコとしながらそう言うと、エルトレが頷きながらフラメナの背後に立ち言う。
「攻撃魔法が使えないって言ってるだけで
“反治癒魔法”使えるくせに……」
「反治癒魔法……?」
フラメナは初めて聞く魔法に反応する。
「治癒魔法は魔力を流して体に刻まれた遺伝子を元に再生する……
これを反転させると相手の遺伝子を元に、
最も有害な魔力として性質を変え、
細胞を崩壊させる。
それを反治癒魔法って言うんですよ」
反治癒魔法。
防御魔法の治癒魔法から派生した魔法。
部類としては防御魔法だが極めて攻撃性が高い。
反治癒魔法は性質ゆえに使いこなせる者は殆ど存在しない。
攻撃の内容としては魔力を流した部位を塵のように崩壊させることができる。
その攻撃性ゆえに崩壊魔法だなんて呼ばれたりもする。
歴代の君級魔法使いにこの魔法を使っていた者は、
君級治癒魔法使い、元三界の癒王のみ。
「すごい魔法ね……初耳だわ」
「珍しい魔法だし、知名度もないから知らなくて当然って感じもするけどね」
エルトレがそう言うとフラメナが聞く。
「ラテラは魔法は独学?それとも誰か先生がいたの?」
「魔法小学校に通ってた時の先生が教えてくれてたのが最後です……反治癒魔法は独学で使えるようになりました」
「すごいじゃない!難しい魔法なんでしょ?」
「まぁ……このくらい出来なきゃ見合ってないんですよ」
ラテラが表情を曇らせてそう言うとフラメナは首を傾げる。
「三大難病って知ってます……?」
「病名は知らないけど……総称は知ってるわよ!」
「悪性魔腫瘍、魔力不全、慢性魔侵病」
「難しい名前ばっかね……」
「僕は慢性魔侵病……自分自身の魔力に適応出来ずに二十歳を迎える前に死ぬらしいです」
「……それって治せないの?」
ラテラは諦めたように言い切る。
「治りません……でもこの病気のおかげで魔法が使えるんです」
エルトレがラテラに続いて話し出す。
「魔法が使えたって体が保たないんじゃ意味ないし、 それに魔力ばっかに力が向いて免疫とかも弱いから他の病気に罹りやすい……
メリットなんてほぼないじゃん」
エルトレは悔しそうにそう語った。
この三代難病はどれも治療方法が存在しない。
悪性魔腫瘍は魔力が一箇所に固まり腫瘍となる。
取り除こうにも触れた瞬間破裂し、魔力が身体中に飛び散るため結果的に死に至る。
魔力不全は最低限必要な魔力が失われていくもの。
生涯魔液を注入して生きることとなる。
そして慢性魔侵病。
生まれた頃から罹っているものが多く、
体内での魔力が多すぎるがゆえに他の細胞の繁殖を妨害してしまう病気。
こうなってしまうと死産等が多く、運良く生まれても何かしらの障害を持って産まれることが通例。
そして二十歳を迎える前に体が魔力に耐えきれず死亡する。
ラテラは自身の右目を閉じて手を当てて話す。
「僕は右目が見えない……病気のせいなんです」
「……ラテラの夢はやっぱり夢なの?」
「……はい」
フラメナはそれを聞き、ラテラの右目の前にある手を優しく退け、目を見て言う。
「なら絶対、明日私を納得させなさい。これを逃したら旅なんて出来るかわからないわよ……!」
フラメナのその言葉は少し遠回しながらもラテラを心の底から応援するものだった。
「……絶対納得させてみせます!」
エルトレはそんなことを言うラテラを見て、
嬉しさと不安が交差しながらも驚いていた。
ラテラは生まれてから基本的にやる気がない。
しょうがないだろう。
二十を迎える前に死ぬと言われ、
やる気が出る者など多くない。
それでも、ラテラの今の目はやる気に溢れるものだった。
そんな目をエルトレは初めて見た。
なんでフラメナはこんなにラテラの気持ちに沿えるんだろ……フラメナも魔法に関しては異常だし……
ラテラの気持ちわかるのかな……
ラテラの夢は旅……
ここを逃したら、もう機会はない……だからーー
「……合格してよ絶対に」
ボソッとそう言うエルトレ。
ラテラにとって、
人生のターニングポイントが明日訪れる。
彼は魔法に拒絶された者に力を示す。
生に拒絶された者の底力をーー




