第三十一話 最も哀れな欲
今回から投稿ペースが落ちます。
毎日二話投稿から金曜のみ二話投稿の一話投稿になります。
14時更新(金曜のみ14時・18時更新)
フラメナは冷静だった。
高台の上に立つフラメナ。
邪族に囲まれながらも魔法陣を作り出し、
手を下へと向け呼称する。
「白環柳!」
手から溢れ出す白い火。
それは高台から下を埋め尽くすように広がり、
邪族を次々と焼き尽くしていく。
フラメナの白い火によって燃え尽きていくのを見る限り、邪族はかなり等級が低いようだった。
フラメナは高台から降りて着地すると、
空間を一気に火で照らし、どういった場所なのか調べ始める。
「……あっ」
フラメナは確信した。
この空間から地上に出る通路はないことに。
完全に閉じ込められたフラメナは、
光が届かない真っ黒な天井を見つめる。
「落ちる時間はそう長くなかったし……もしかしたら」
フラメナがそうして考えている間にも討伐隊には危機が訪れていた。
「栓を抜いたように出てくるっすね……!」
「明らかに……邪族が連携してますね〜」
ノルメラがルルスにそう言えばルルスは、この異常なまでの連携した邪族の動きに疑念を抱く。
この騎士達……距離の詰め方が完全に通常と違いますね~……もしかしたら本当に召喚魔法によって生み出された召喚体だったりします〜?
ルルスがクランツの言っていたことを思い出してそう思っていると、少し先で建物が崩壊した音が聞こえる。
ルルスとノルメラはその音の方向へと目を向けた。
そこには土煙を切り裂き巨大な斬撃を放ちながらも、素早く動いて将級邪族三体を相手にするヨルバがいた。
ヨルバも異常には気づいており、
いつもなら将級レベルの魔力を持つ邪族というだけで、実際は帥級程度の強さの邪族。
だが今回の邪族は将級レベルの魔力を持ち将級並みに強い。
動きが単調じゃないのだ。
あの結界……こちらを閉じ込める為のものか
ヨルバはそう思いつつ、次々と建物を破壊しながらどんどんと討伐隊から離れていく。
「おいおい……なんでこんな邪族が湧いてんだよ」
「タルワットさんこれじゃ話が……!」
タルワットとマルビアは邪族を討伐しながらも、この異常な量の邪族に困惑していた。
彼らはエルドレに利用されている。
フラメナが討伐隊から消えることは、
タルワット達の悲願である。
男とは女に弱い、唆されてしまえばリミッターとなっていた良心も容易に崩壊する。
「私の策でそのお嬢様を罠に掛ければ良いの。
討伐隊として討伐作戦に出て、
事故で死んだってことにすれば誰にもバレないよ」
「でも……そりゃあ殺しじゃ……」
「ふーん……じゃあ結婚の話はナシね。
不安を感じながら討伐隊に居続ければ良いんじゃない?弱々しい男は嫌いだよ」
「あぁやる!やるから!待ってくれ……」
エルドレは微笑み、タルワットの顎を触る。
「それでこそ私が惚れた男だよ」
タルワットは後悔していた。
フラメナという王族を間接的に殺したこと、
そして一人の女性如きに自分の人生が狂わされてしまった。
そう思っていると、突如後方の道から大きな魔力を感じて振り返る。
「いやぁ……思っていた以上に上手くいくねえ」
それはタルワットが惚れた女性、エルドレだった。
タルワットが出会ったエルドレは角も隠し翼も尻尾も隠している状態。
そして顔も中世的な女性。
「エルドレ……!」
タルワットがそう言う中、ルルスやノルメラも振り返る。
この世界において無知とは死である。
南大陸は非常に平和だ。
それ故に、魔王側近七名の名を知らない者は多い。
エルドレはあえて本名を教えておいたのだろう。
なぜならば正体を明かした時の絶望する顔が更に良くなるからだ。
「エルドレです〜……?」
ルルスが反応するとノルメラは聞く。
「ルルス先輩知ってるんすか?」
「……魔王側近、色欲のエルドレ・メラデウス」
「魔王側近って……!」
タルワットは冷や汗をかきながらエルドレへと近寄ろうと歩き出す。
「エルドレ、俺はお前に裏切られたのかと……」
「ああ勘良いじゃん。正解だよお馬鹿さん」
「え?」
突如溢れ出すのは近くにいるだけで鳥肌が止まらないような、全身を這う悍ましい魔力。
エルドレは隠していた角と翼に加えて蠍の尻尾を生やし、タルワットの首を片手で掴む。
エルドレは深く濁った桃色の瞳でじっとタルワットを見つめた。
「おま……ぇ、だれ」
「まさかとは思ったけどさぁ、本当に僕ちゃんを知らないなんてね。無知は怖いねえ」
「おとこ……?おん……な?」
「ざーんねん。あなたが鼻息荒くして追っかけてたのは男だよ」
タルワットは絶望する。
ただでさえ王族の子供を間接的に殺そうとし、
挙げ句の果てには惚れていた相手は男。
「教えてあげるよ僕ちゃんは、
魔王側近の色欲のエルドレ・メラデウス。
君級の邪族さ」
「ぁ、あぁ……ぁ!」
タルワットは魔王側近という言葉位は知っている。
エルドレがそれだと気づき、彼の精神は絶命した。
「じゃあね。来世でもよろしく〜」
そうしてタルワットは首を強く掴まれ、
骨が折れるとそのままエルドレは尻尾で腹を貫いて横の建物へと叩きつける。
「タルワット……さん」
マルビアは目の前で自分の兄貴とも言える存在が、無様に死ぬ姿を見て、体が固まり動けない。
タルワットとマルビアは昔からの付き合いだった。
一緒にガレイルなどでパーティを組み、長い間依頼を共にこなした。
マルビアは何度タルワットに救われた?
マルビアは何度タルワットを救った?
助け合う二人は兄貴と子分という関係のように見えながらも親友だった。
タルワットは荒い男だったが悪い奴じゃなかった。
困っている人がいれば助けるほどには、
自身の良心に従う男だった。
でもタルワットはたった一つの選択ミスで
その生涯を終えてしまった。
マルビアも同じである。
たった一回だけ判断を誤って今から死を迎える。
マルビアは後悔した。
なんでこんなことに協力したんだろう。
「ノルメラさん〜逃げますよ」
「でもルルス先輩……!」
「……あんなのと戦って勝てると思います〜?」
「それは……そうっすけど!」
ルルスはノルメラの手を掴み、走り出すとノルメラは思わず後ろを見てしまった。
十人ほどだろうか、エルドレの強烈な魔力によって動けずに、ただひたすらに死を待つだけだった。
マルビアはただ無心に、目の前の悪魔を見つめる。
「ぁ、まっ」
マルビアがそう言い切る前に、
エルドレの尻尾がマルビアの腹を貫いた。
そうしてマルビアを尻尾から抜いて、
エルドレは翼を広げて一気に飛び回り、十人ほどを尻尾で次々と貫いて絶命させていく。
「!」
ルルスは咄嗟にノルメラを横に押して自身は横に飛ぶと、二人を貫くように尻尾を向けるエルドレが現れる。
「あは、避けるかぁ」
「ノルメラさんはずっと走って、自分が戦います」
「で……いや、わかったっす!」
ルルスはいつもと違い語尾を伸ばさずにそう伝えると、ノルメラは頷いて走っていく。
さっきまであそこにいたのに……早すぎますね〜
ルルスはそう思いながらもブレード状の剣を抜くと、エルドレは尻尾を豪速で突き出しルルスを貫こうとしてくる。
それをルルスは間一髪かわすと、剣をエルドレへと投げた。
嘲笑するようにエルドレはクスクスと笑う。
エルドレは投げつけられた剣を容易く避け、
翼を広げてルルスへと一気に接近してくる。
「っ!」
ルルスは腕から伸ばしていたツタをエルドレの尻尾で切り裂かれ、剣が遠くに落ち、丸腰の状態となる。
「あはは、そんなに僕ちゃんは甘くないよ」
エルドレはルルスの腹部を蹴ると後方へと吹き飛ばす。
ルルスはそれによって建物の壁を突き破り屋内へと入ると、エルドレがゆっくり歩きながらそこへと向かっていく。
圧倒的な差。
ルルスは生まれて初めて、
完全敗北を予感する。
色欲のエルドレ。
魔王の左腕とも言われるほどの強さ。
彼の特徴はその速度だ。
他者を圧倒するスピードで戦闘を有利に運び続ける。
今まで情報が流れなかったのも納得だ。
こんな敵に狙われては生きて帰ることなどできないだろう。
ルルスは立ち上がり、自ら外へと足を運ぶ。
「まだやる気?剣ないからやめときなよ」
「うるさいですね~拳があるじゃないですか」
「君みたいなの僕ちゃんの仲間にもいるんだよね。
あははは、でも君じゃ拳でどうにかできる相手じゃないよ。だって僕ちゃん君よりも圧倒的に強いもん」
「そうですね……圧倒的に強いです~」
ルルスはその瞳でエルドレを見る。
「……差を理解しても戦うなんて、変な人族だね」
エルドレは翼を広げ、一気に地面を踏み込みルルスへと接近すると尻尾を向ける。
このままいけばルルスは腹部を貫かれて死ぬ。
体を動かそうにも、ルルスは先のダメージで動きが鈍くなっている。
死。
そんな言葉がルルスの脳裏に浮かび上がった。
だが運命はそれを認めていないようだ。
エルドレは自身の尻尾を弾いた刀を見て、後ろへと飛んで下がると余裕そうな表情が一瞬崩れる。
「……助かりました~」
「後は任せろ」
「将級邪族三体……もう倒したんだすごいね~」
現れたのはヨルバ・ドットジャーク。
「なぜ貴様がここにいる?」
「なぜって暇つぶしさ」
「……答える気はないということか?」
「そうとも言う」
ヨルバは刀を振り上げて構える。
「変な戦い方だね。そんな無防備じゃすぐ僕ちゃんが殺し……!」
ヨルバはその場から一気に踏み込んでエルドレへと接近すると、思ってもなかった出来事にエルドレは驚き、振り下ろされる刀が翼へと掠る。
エルドレは咄嗟に後ろへと下がった。
「……なんだ強いじゃん」
「弱くなくてすまんな。生憎私は強い」
「イイね。久しぶりに楽しくなってきた」
色欲と閃裂の衝突。
速さと力のぶつかり合いでもあるこの戦い。
南大陸にて規格外の戦闘が刻まれようとしていた。




