第三十話 色欲
冬が終わった。
長い冬だった。
私にとって確実にこれ以上濃い冬はなかった。
クランツは研究と討伐隊で大忙し。
ルルスはよく一人でパルドシ港から離れ、
散歩と言い邪族を狩っている。
お姉様は王国再建で常に頭を使ってる。
たまに私を呼んで癒しを求めてくるけど、
私が頭を撫でたら大体復活する。
クランツからも言われたけど、
これは溺愛されてるらしいのよね。
私もお姉様が好きだから全然良いわ。
ノルメラはいっつも魔法の練習をしてる。
一緒に魔法の練習しようかと思って誘ったけど断られたのよね。
「お嬢様に火当てたらマジで洒落にならんすから遠慮しとくっすよ」
なんて言われたけど……そんな荒い練習なの?
私は魔法の練習。
最近は港に商人が来て本を売ってくれるのよね。
それを買って読んでるのだけど……
「難しい言葉多すぎよ……!」
全くわからないのよね。
何言ってるかさっぱり、クランツに聞きたいけど忙しいから聞ける機会もあまり多くないから困ったわ。
「はぁ~……」
フラメナは本を閉じてベッドに飛び込み、
肌触りの良い布団に顔を埋める。
ライメとユルダスがいたらな……
フラメナはそう思いながらも目を閉じて次第にうとうととして、眠りにつく。
フラメナが眠りについてから
再び目を覚ませば夕暮れ時の中。
その頃、パルドシ港の外れにある路地裏にて。
「んだよおまえ……」
「だぁかぁらぁ……私はあなたが好きなの」
「……そ、そんな言うなら?まぁこの、タルワット様がお前を嫁にしてやってもいいぞ」
「えへへぇ?やったぁ」
ニマニマとする中性的な女性、
タルワットはその者に恋をしていた。
タルワットは一週間ほど前に酒場でこの女性と出会った。
「あぁやっぱ嫌なもんだ。早く抜けれねえかな」
「でもタルワットさん。
今抜けたら周りの視線が痛いですし……」
「ばぁぁか!抜けねえよ……
それに案外報酬もうめえし、報酬がなきゃこうして酒場には来れねえからな」
「本当にあのお嬢様さえ抜けてくれたら……ですね」
タルワットは酒を一気に飲み干して、
腕で口元を拭くと言う。
「王族なんだから大人しくしててほしいもんだぜ」
するとタルワットは肩に感触を感じて振り返る。
「ハロー、お兄さん楽しそうだね」
「なんだお前……」
「特に用事はないんだけど、
私と一緒に飲まない?」
タルワットは顔を見るなり、話しかけてきた女性が美しいことを確信した。
中性的な顔をして妖艶な雰囲気を纏っている。
「タルワットさん行っちゃってくださいよぉ!」
「いいか?」
マルビアは多くは語らず、
拳を突き出して親指を立てる。
「……マルビア」
そうしてタルワットは席を立ち、
その中性的な女性と一緒に店を出た。
「なんで俺なんかを誘ったんだよ?」
「そりゃあもちろんイイ男だからよ」
「……へへ良い目してるじゃねえか」
それから二人はバーのような場所に入り、
長時間会話をしながら酒を飲む。
「悩みってなぁに?」
「そりゃぁ……いや……言うなよ?」
「言わないよ。私とアナタだけのヒミツ」
「……討伐隊に王族の魔法使いがいんだよ」
タルワットは悩みについて話し始める。
「その魔法使いの性格とかが嫌いなわけじゃねえ……でもそいつの扱う、”真っ白な魔法”が不気味でしょうがねえんだよ」
「……へぇ、じゃあやめさせられないの?」
「無理に決まってんだろ……相手は王族だ。
なんかしてバレたらただじゃ済まねえよ。」
「……ふーん」
この中性的な女性、言わずもがなこの者こそが、
色欲のエルドレ・メラデウスである。
角も翼も尻尾も隠した彼は中世的な女性にしか見えない。
シルティが狙ってるのは今出てきた真っ白な魔法を使う子か……
興味なんてあんまりないけど、殺したら殺したらでシルティが怒る姿が想像できるしなぁ……
こうしてこっちに早く来たのは僕ちゃん。
シルティと違って僕ちゃんは飛んで移動できるからね。
この男は普通にタイプだし、
利用しまくって僕ちゃんが先に殺しちゃおうかな?
虹剣1684年4月19日。
「わっ!おはよ!」
「っ、びっくりしました~」
「ははは、やっぱりかかったなルルス先輩」
今朝は快晴、今日は討伐隊が討伐作戦を行う日だ。
今日はヨルバ率いる討伐隊と共にゼーレ王国跡地へと向かう。
大きな魔力の反応があったらしく、邪族の等級は将級レベルだと言われている。
そんな情報が流れていても討伐隊に緊迫した空気は流れていなかった。
ヨルバがいるからである。
クランツはフリラメの元で護衛をしているためこの場にはいない。
そうしている間にメンバーが揃い、ヨルバが全体に向けて軽く注意を促す。
「今日はかなり長い作戦になる。
くれぐれも油断はしないように」
ヨルバがそう言えば全員が何かしら返事の反応を見せ、馬車を使って討伐隊はゼーレ王国跡地へと向かった。
「さぁて、上手くやってくれるよね」
エルドレはゼーレ王国の跡地にて紙に魔法陣を書いていた。
討伐隊はゼーレ王国の跡地までは特にトラブルもなく、長い移動の果てに到着する。
「何度見ても慣れないわね」
フラメナがそう言うと、ノルメラはフラメナが強く握る拳を見て、崩壊したままのゼーレ王国を見る。
半壊しつつも形は元のままで、城に関しては損傷もあまりない。
「王国内に入る。いつでも戦えるようにしておけ」
ヨルバがそう言うと全員が武器を取り出し臨戦状態となり、王国の中へと続々と入っていく。
王国内には何体か騎士の邪族がいたが、
等級も高いわけではなく討伐は容易だった。
フラメナは隊の最後尾におり、街並みを見ながら歩いている。
「え?」
地面がぬかるみ、足を取られたかと思いフラメナは地面を見た。
「……穴?」
真っ黒な穴、その中に抵抗する暇もなくフラメナは落ちていく。
それを見てノルメラが名前を叫ぶと全体が異常に気が付いた。
「フラメナ!……クッソ落とし穴ってマジかよ!」
ノルメラは地面を蹴って穴を開けようとするが、地面は全く穴ができる様子はない。
穴へと落ちたフラメナ。
このままでは落下して死ぬと思ったのだろう。
短縮発動でフラメナは草魔法を発動し、クッションのような葉っぱを大量に纏って落下する。
「……ここどこ?」
真っ黒な空間、フラメナは白い火を放って部屋を照らすと、周りには大量の騎士の邪族が待っていた。
「これって……もしかしてマズいかしら?」
フラメナがそう感じると、邪族が何体か動き出してこちらへと走り出してきた。
とりあえず土属性魔法で高台を作りその上に立つと、フラメナはどうしようかと頭を悩ます。
「これ……どうすればいいのかしら?」
フラメナは危機的状況に陥ったが、討伐隊も少しピンチを迎えていた。
「この量の将級邪族は……流石に面倒くさいな」
ヨルバは正面から歩いて来る三体の将級邪族を見つめそう言葉を漏らすと、刀を握り上へと振り上げて構える。
「さて、僕ちゃんも行こうっか」
エルドレは魔法陣を書き終わり、その上に立って魔力を流すと王国を囲むように巨大な結界が出現する。
傲慢よりも早く行動を起こした色欲。
フラメナはこの危機的状況から抜け出し、エルドレに命を取られずに済むのだろうか。




