第二十話 凍獄という師匠
エクワナ・ヒョルドシア。
現存する七人の君級魔法使いの中で三番目に強いとされている。そんな彼女は困り果てていた。
あたしは二年間迷宮から出れてない。
正直言って自分がどのくらい方向音痴かと言うのを分からされてイライラする。
この迷宮はあたしを完全に閉じ込めてる。
罠である転移魔法陣は、最奥に来てから様子が変わった。場所が変わるようになって魔力も感じられない。こうなるとほぼ確実に罠にかかる。
もう何度も転移しては歩き、戦ってとやってきた。
一年前くらいは頭おかしくなりそうだったけど、最近は慣れてきてもう何にも感じない。
「だけどまぁ……少年はどうしてるかな」
リクス。霊族の男の子が居た。
その子は両親がいなくて、新しく家族として人に迎え入れられたと思えば、親という名を被った者に使われるストレス発散機。
あたしはリクスを連れて行こうかと思ったけど……それを拒まれた。
「俺は大丈夫、迷惑はかけたくない」
立派すぎるんだよね、あの少年は……何度も説得したがダメだった。
あたしが先に折れて一ヶ月に一回、帰ってくることを約束し旅に出た。
でもまあ…結局のところ、こうして迷宮に迷い二年も年が経ったんだよね。
でも二年という時間感覚があっているかも分からない。
もう出れないかも?
そんな考えは、もう何百回したか覚えてない。
あたしは一人でも主は倒せるけど、ここまでギミックが難しいと困ったもんだよ。
「はぁっ〜あ〜、今機嫌悪いんだよね」
現れたのは大量の上級邪族。
エクワナは魔法球と呼ばれる球体を鞄から取り出し、手の上に置くと、その球体は浮き始める。
あたしは多分寿命か病気で死ぬ。
でももし、このあたしが書いた日記を誰かが見つけたのであれば……あたしの死に様を色んなやつに伝えてほしい。
君級だって無敵じゃないんだよ
そう思いながらもエクワナは魔法球から大量の氷柱を放出して邪族を凍らせながら貫いていく。
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一方、フラメナ達は迷宮へと迷い込んで三日が経とうとしていた。
「やはり上層はあまり敵も強くありませんね」
「今何層目です〜?」
「四とかだろ」
「リクスさんの言う通り四層です」
一方、水を飲みながらフラメナは、壁に刻まれた模様を見ていた。
この模様……何かしら?
四人が一つを囲んで何かをしてるっぽいけど……
それにそこら中にこんな感じの模様があるし。
「ねぇクランツ、この模様って何?」
「道中にある模様のことですね。生憎わたくしも知りません」
「クランツでも分からないってことは……すっごく難しいことなのね!」
フラメナがそう判断して壁から離れる。
「クランツさん〜この迷宮って何層あると思います〜?」
「一般的な数だったら十二層ほどですが……十四層とかでしょうか」
「自分は十六層だと思います~」
「多いですね……」
そう話してるとフラメナが道を進み始め、振り返って「何層でもいいから早く行きましょ!」と前向きにそう言った瞬間。
フラメナは突如三人の目の前から姿を消してしまう。
「フラメナさん~?」
「フラメナが消えた……?」
「転移魔法陣を踏んでしまったそうです。わたくし達も踏んでフラメナ様のところに向かいましょう」
クランツ以外の二人が頷くと、三人はわざと罠にかかり転移する。
「あっ!来てくれたのね!」
転移先ではフラメナが嬉しそうに皆を迎えており、そこは特に邪族が大量にいるわけでも、罠があるわけでもない、ただの通路だった。
「なるほど……これで完全にどこにいるかわからなくなりましたね」
「うへぇ~迷っちゃうな~」
転移迷宮は五種類の迷宮の中でも、二番目か一番目に攻略が面倒くさい迷宮だ。
「……とりあえず進みましょうか」
「そうだなー」
リクスがクランツの提案に賛成して四人はまた通路を進む。
迷宮探索は冒険者の憧れだろう。
だが実際に経験すると、面倒くさくてしょうがない。
三日、一週間、一ヶ月。
そうやってどんどんと時間が経っていく。
四人が迷宮に迷い込んでから一ヶ月が経った
「髭剃るのって大変そうね」
「髭は中途半端にすると不潔ですから…」
クランツは髭をナイフで剃っており、ルルスは剣を磨いていた。
「今って何層目かしら?」
「十六層目だね~ここまで長いと笑っちゃうね~」
「長すぎだぞ……」
正直、四人は疲れている。
慣れない環境で一ヶ月も行動していると、体力的な話ではなく精神的に疲れ始める。
クランツはナイフをしまって、水魔法で出した水で顔を洗い、タオルで顔を拭くと、迷宮について話し始める。
「この迷宮、部類としては巨大迷宮ですが…転移迷宮でもある。恐らく二つの迷宮が合体しているのかと……聞いたことのない事例ですがありえなくはない話です」
「そういえば、リクスの師匠のエクワナって人見ないわね!」
四人はエクワナにはまだ会えていない。
「でも絶対師匠の氷だったぞ」
「エクワナ様のことですから、最下層付近までは辿り着いてるのでは?」
「私が見た感じはまだオーラが凄いのよね。多分まだ下があるのよ!」
「うぇ~面倒くさいな~」
四人は休憩を終えて立ち上がり、また歩き始める。
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「はぁ……」
エクワナは壁にもたれて休憩していた。
この迷宮は全十七層……最下層以外は余裕でクリアできたけど…
やっぱり転移魔法陣がサイテーだね。壁画には火の魔法で魔法陣を焼き払ってるように見えるから、それがヒントだと思ってこの階層の全てに火を放ったってのに……全然消えないじゃないかい
てか換気されないから煙で死ぬかと思ったけど、そんなこともなかった。どこから空気来てるのよ。
迷宮ってのは長年謎が多い、海、空、地中、迷宮。
この四つはまだまだ謎が多い…研究者たちが血眼で研究する理由がわかるよ。ここまで謎だと解明したくなる。
まああたしはさっぱりなんだけどさ。
「独り言増えたな……」
エクワナはそうして今日も道を進む。
少し歩くと恒例の転移が起きてまた位置がわからなくなった。
「ッチ……」
軽い舌打ちが出るほどにはこの罠が嫌いなエクワナ。
「……?魔力?」
エクワナは振り返って後方を確認するが、そこには邪族も人もいない。
「まさかね……」
そう言って前を見ずに歩いた途端、何かが腹部に軽く当たる感覚があった。
不思議と思い視線を下にやると、見覚えのある灰色の髪の毛を目にした。
「いて……転移先が壁とか……ツイてない……な?」
「少年……?」
「リクスさん~大丈夫で……」
少し前に三人が転移してきた。
「師匠……?」
「リクスかい……?あたしの幻覚じゃないよね……!」
「師匠!やっぱいた!ほら皆やっぱいたぞ!」
リクスはエクワナに持ち上げられ、エクワナは再会に歓喜する。
「少年ー!!ごめんね二年も音信不通で!」
四人は遂に失踪した魔法使い、エクワナ・ヒョルドシアを見つける。
彼女は、茶髪の長い髪を持っており、瞳は黒だ。
特に見た目に奇抜さはないが、溢れているオーラの量が段違いである。
「すごいオーラ……戦ってもないのに」
「……なんとか見つけれましたね」
「良かったね~リクスさん~」
エクワナはリクスを降ろして三人を見ると、走って近づいて話しかけてきた。
「あんたたちがリクスの面倒を見てたんだね!それにしても感謝しかないよ!ひっさびさだよ、こうやって会話できるなんてさぁ!」
エクワナは非常に嬉しそうにしながらそう話しかけてくる。
「エクワナ様はやはりこの迷宮に二年間も……?」
「名前を知ってくれてるなんて嬉しいね。そうさ、二年間ここで一人だよ」
「災難ですね~」
フラメナがエクワナに問う。
「あなたって強いんでしょう?なんで二年も迷ってるの?」
「ここは最下層、この層から転移魔法陣は見えないし感じない、避けようがないんだ。そのせいでずっとあたしはここにいるってわけ。」
「だから最近邪族を見ないのね!」
「復活してもすぐ出会っちゃうから常にいないようなもんだよ」
クランツはその軽々しく発言するエクワナに若干引いていた。
この十六層でも上級……強くて帥級上位の邪族がいたというのに…復活した瞬間倒してることか?
「でも、あんたたちも不運だね。この転移迷宮、ほぼ詰んでてね……主の部屋は確実にこの層にあるんだけど、転移魔法陣が多すぎて辿り着かないんだ。壁画に火属性魔法を転移魔法陣にぶつけてるのがあったから、その通りにしたけどダメだった」
「詰んでますね~」
少し絶望感が漂う中、フラメナが言う。
「私は火属性魔法使いだけど……私のならいけるかも」
「フラメナ様、よろしいのですか?」
「嫌われてもやらないよりマシでしょ?」
「……フラメナ様」
エクワナはそれを聞いて首を傾げる。
「白炎道」
フラメナは横の通路に向けて手を向けると、真っ白な火が一直線に放たれて床を這うように進んでいく。
その白い魔力にエクワナは無言のまま、ただ見つめてるだけだった。
「……フラメナって名前かな?」
「そうだけど……」
フラメナはあまり期待もせず、振り返るとエクワナが手を差し出してくる。
「え?」
「よーく見な、魔法陣が燃えた跡がある。あんたの白い魔法は初めて見るけど、あたしは偏見なんてしないよ。いっぱい色々と言われてきたんだろ?胸張りな!良い魔法なんだからさぁ!」
魔法陣が燃え尽き、白い光がフラメナの背中を照らす。
フラメナはそんなことを言われて、非常に嬉しそうにエクワナの手を握る。
「……嫌われると思ってたのに!そんなこと言われたら嬉しいじゃない!」
「あっははは、お嬢様って感じだね」
フラメナの魔法が転移魔法陣に効くとなれば、この迷宮は攻略できる。
偶然が重なり合って遂に希望が見え始めた。
「さぁパパっと攻略しよう!」
迷宮探索はつまらない。
だがここで得られたものは多いだろう。
白い炎が道を照らし、四人は目にする。
君級の実力をーー




