第百十九話 一瞬の幸せ
運命のシノは自身の家で椅子に座り、
机に置いてあるライメの転移魔法陣が書かれた紙を見ながら、あることを考えていた。
運命とは常に平等。
私がこの世に生まれ堕ちる前から……
私を生んだのは誰だろうか?
私を含めた執理政五人を生み出した親は誰なのだろうか。
気になってしょうがない。
「ねぇウィータ。この世界が生まれる前って何があったと思う?」
「知らん。そんなことを気にするよりも、
己の職務を全うしろ」
生命のウィータに話を持ち掛けても全く聞く耳を持たれない。
「″アンヘル″? あなたなら気になるでしょ〜?」
「ふふっ、えぇそうね。
私もそのことについては気になっているわ!」
天理のアンヘル。
彼女は運命と特に仲が良く、親友とも言える良好な関係だった。
「私は脳内に声が聞こえるのよ。
それが一体誰なのかはわからない。
でも、間違いなく私たちを創り出した存在はいる。
気になるわよね……私知らないことは知りたくなっちゃうから、こういうのは困っちゃうわ!」
笑顔を見せながらもそう言うアンヘル。
「もし……私が消えたら、その時はシノが解明してちょうだい。シノならきっとできるから!」
本当に……根拠のない自信ね。
すごく似ているわ。
これは古の記憶。
私が多くを経験し上書きされてきた記憶に、
まだ印象強く残り続ける記憶。
「アンヘル……貴女が託した未来は、
今になってもちゃんと受け継がれてるわ。
フラメナ・カルレット・エイトール……
なんで貴女に似ているんでしょうか……」
運命のシノはその温厚な性格とは裏腹に、
魔理へとあまりにも強い恨みを抱いている。
今すぐにでも殺してやりたい。
だが殺してしまえばこの世界は消えて無くなる。
この世界は魔力で構成され、
魔理によって安定を保っているのだ。
和解か、拘束。
しかし拘束は難しい話だろう。
魔理は人形などではない。
意思を持った一つの生命体。
どうしようもない絶望の中、現れた一人の少女。
和解なんてできるとは言わない。拘束ができるのであればそれを選択したい。
フラメナがいればできるかもしれないのだ。
天理の力は、他の理の管理。
天理の欠片を宿す彼女のみが魔理を拘束できる。
「……っふ〜」
シノは椅子の背もたれに寄りかかる。
フラメナさんにはいつか……
天理の力を使い果たしてもらわなきゃいけない。
素の魔法の才能はピカイチ、天理の欠片がなくたって世界最強になんてなれるくらいには強い。
でも……
天理の力を使い果たせば反動で彼女は″死ぬ″
世界のために彼女みたいな人が……
それでも……運命はそれを映している……
さて……いつ、伝えましょうかね。
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魔城島、黒城の地下にて。
「……魔理様、お身体は?」
憤怒のドラシルがそう言うとーー
「見てわからぬか? 全回復よ。
魔力はついに万全を迎え、私の悲願は達成される」
魔理は紫の結晶を破壊し、中から出てきた。
「ついに……全面戦争を?」
「前に言った通りだ。邪統大陸を攻め落とせ。
だがまあ、それはお前たちだけでいい」
ドラシルは魔理へと問う。
「魔理様はやはり天理の欠片を?」
「あぁもちろん。奴を仕留めねば話にならん。
圧倒的障害、消すしかないのだ」
魔理は拳を強く握り、口角を上げる。
その黒い髪の毛に真紫の瞳、オールバックの髪型である彼の耳には、黒いピアスが付いていた。
魔王トイフェル。長年三界に鎮座する邪族の王。
そんな彼の見た目は王とは見えぬものであり、
教師や教授のような姿でもあった。
だが溢れ出る圧は王そのもの。
傲慢のシルティが魔理を王と認める理由がわかるほどには、彼の辺りには重圧がまとわりついている。
「さぁ……なにも恐れることはない。
魔王側近を集めろ。新世界の幕開けだ」
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「ぉ〜……また負けたぞ〜」
「ふへへへ、鬼ちゃん弱すぎー!」
怠惰フェゴ・ガルステッド。
彼女は西黎大陸のメロディア王国の北部の森の中で、幼い少年とかけっこをしていた。
「おまえは速いな〜」
「鬼ちゃんが遅すぎるだけだよー!」
フェゴは幼い子供とよく遊ぶことが多い。
その真意は邪悪なものではなく、ただ純粋な子供と遊びたいからだ。
「……おまえは、邪族のことをどう思う?」
「邪族? 怖いけど……会ったことないし」
「……そうだよなーわかんないよなー。
私もわかんないぞー」
「鬼ちゃんが知らないなら僕も知らなーい!」
フェゴの倒木の上に腰を下ろし、
ため息をつく。
「私が邪族になったら、おまえはどうするー?」
「えー? 鬼ちゃんが邪族にー?
んー、僕が元に戻す!」
フェゴはそんな返答に無邪気に笑った。
「あっははは、おもしろいな〜。
邪族になったら戻れないぞ〜?」
「うー……なら! 邪族になっても仲良くする!」
フェゴは笑顔が少しずつ消え、少し驚いたような顔で少年を見つめた。
「……そっか。ふへへ……おまえならできるよ〜」
「なんか今日の鬼ちゃん変〜!」
「そうかぁ?」
フェゴはそうして少しすると、立ち上がって歩き始め、振り返って少年に言う。
「私はもう帰るぞ〜。
また一ヶ月後に会おうな〜」
「えー!! もう帰っちゃうの!?」
「親が厳しいんだぞー。また会えるから。
楽しみに待ってるんだぞー」
少年はそう聞くと少し不満足そうに、
手を大きく振って別れを告げる。
「じゃあねー! またここに来てよー!!」
フェゴは手を振り返し、森の奥へと消えていった。
「……ずうっとあぁやっていたいなー」
『お前たち、今すぐ魔城島に帰ってこい』
フェゴの脳内に響く声。
「まっ……生まれがダメか〜
ははっ、無理なのだー」
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「レアルトさん。頼まれてたものです!」
「そこら辺に置いといてー」
魔城島には本丸、二の丸、三の丸が存在しており、
本丸には憤怒・色欲・魔理が滞在している。
二の丸には暴食・怠惰。
三の丸は強欲・嫉妬・傲慢。
嫉妬は多くの部下を持っている。
傲慢のシルティが生きている時であれば、
どちらが理想の上司かとよく部下同士が競っていた。
「あぁちょっと待ちなさい」
「はい……? なんでしょうか」
レアルトは部下を呼び止めると、金貨を投げて渡す。
「それで好きなものでも買いなさい。
三の丸は随分と静かになってしまったから、
活気は良くあった方がいいわ」
部下はそれを受け取ると目を輝かせて頷き、
感謝の言葉を伝えて部屋を立ち去っていく。
レアルトは思うことがあった。
シルティとユーラル。
私はあの二人が嫌いだったわけじゃない。
むしろ少し仲間としては好きだったわ。
でも……もうその二人はいない。
悲しさとか怒りだとかはない。
少しだけ……少しだけ私は感じることがある。
羨ましい。普通に生きて、普通に幸せを謳歌する者たちの人生が、最近は酷く羨ましく感じる。
妬ましい、こんなに差が出るものなのかしら。
生まれが違えば、私たちだって普通に生きれた?
こんな考えは少数派なのだろうけど……
私はこの生き方が最善だったとは思わない。
正義を掲げ、こちらを悪として戦う戦士たち。
見るたびに思う。妬ましい。
正義の下に死ねるなんて、どれだけ幸せなの?
私はべつに魔理様を神格化してるわけじゃない。
むしろ少しだけ嫌いなのよね。
それなのに、私は側近として長年生きている。
魔理様の言う新世界に夢を抱いてしまった。
夢を抱くことに憧れていたから、
私はそんな言葉に釣られて今を生きている。
「……招集ね」
レアルトは椅子から立ち上がり、
本丸へと向かって歩き始める。
魔王側近が絶対悪なのは間違いない。
だが、あの者たちも生きている存在。
各々思うことはあるのだろう。
それを考慮しても魔王軍は滅びるべき存在だ。
一度悪に染まれば二度と戻ることはできない。
たとえ改心したとして、過去の行いは消えないのだ。
魔王軍も前を向いて歩いている。
後退の道は大昔に絶たれた。
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虹剣1691年9月12日。
フラメナは寝ているパフラナのことを見ながら、
これからのことについて考えていた。
ライメが言う邪統大陸の話……
シノさんが教えてくれた二つ目の運命がもし現実になるなら……私はこれからどうなるの?
パフラナを産んで、平穏に過ごすことも出来ないなんて少し、理不尽じゃないかしら?
そんなこと言っても無理よね……
邪統大陸に行くってなれば、私は南大陸を離れなきゃいけない。
……もうヨルバさんもいない。
年齢的にクランツがここに残るくらいかしら?
信頼はしているし信用もしてる。
でも……不安でしょうがないわ。
南大陸が滅んだ原因は、何者かによる魔法だった。
そう結論が出た以上、また起きる可能性だってあるわ。
「フラメナただいま〜」
家が大きいがゆえに聞こえなかったが、
ライメが帰ってきたようだった。
「あっライメ。帰ってきてたの? おかえり」
魔法中学校で教師をやるライメは、こうしていつも笑顔で帰ってくる。
これからの運命のことを考えると、
フラメナは常に不安を感じてしまう。
だがちゃんと幸せだってある。
この時だけは目を背けてもいいだろう。
「ライメ、今日はなにが食べたい?」
「久しぶりに魚が食べたいな」
「いいわね!」
翌日、フラメナの家にシノが訪れた。




