46.9話 本当に助けが必要な人間ほど
「プレイヤー・ジャティス。卑屈ぶって助けを呼んでおきながら、助けた人に寄生しては過剰に怯えてばかりで、しまいにはちょっとしたきっかけで不満をもっては助けた人にいきなり逆ギレする繰り返し。酷い時には殴ってくる、みたいだころす」
掲示板での情報収集が習慣になっているコロリン。その迷惑プレイヤー晒し掲示板の文をそのまま読み上げた。
所詮は匿名の書き込み。とはいえここに被害者が現れている以上、少年がこれまで――というほどの日数はないが、どれだけ迷惑行為を働いていたかを赤裸々に示す証言としては有力となっている。
「コロリンもね、その男の子とドロップアイテムの取り合いになっちゃって……公平に分けようって言ったんだよ? そしたら何故か、勝手にコロリンの方が悪いことにされちゃったんだころす」
「私も、そんなパターンです……」
被った理不尽な迷惑を、げんなりしながら愚痴り合う。
たとえそこに悪意があっても無くても、関わる様々なプレイヤーを混乱させ、ついにはデスをも生んだ。
最早2人には、なあなあで済ますなどという甘やかす選択肢は無くなっていた。
「ハグたん、とにかくもう1回、その男の子から話を聞き出そうころす」
「私もそうしたいですけど、でもその人の場所も分からないですし……」
「分かる。ああいうのはね、元の人気のない場所に戻ってくるって決まってるんだころす」
「そ、そんな根拠で大丈夫なんですか」
推理にもなってない自信満々なコロリンの勘が、マサムネの妄言レベルにいまいち信用ならないでいる。
ただ、このまま迷っているほどそれこそ捜索が困難になると憂いたコロリンに引っ張られ、ハグたん達は走って第二の街に帰還。
その足のまま、最初に少年のいた森の中へと突き抜けて行くと。
「ひいいいいいっ! 殺さないでえええええ!! 誰か助けてええええ!!」
「ほ、ほんとにいました!?」
コロリンの元レッドネームの勘は、こうした心理学に長けているのだ。
ところが、そこにいたのは少年1人だけではない。
「ようやく追い詰めたぜクソガキ……」
「ヒーヒー言ったって、テメェの助けは誰も来ねぇよ」
「なあ、なんであんな大嘘ついた? 俺たちゃそれを聞きてぇだけなんだわ」
どうやら人相の悪いいかにもな大人の男性3人がかりで尋問している最中らしい。
そのため少年は堪らず必死の形相で助けを呼んでいる。初めてこの光景を見る者ならば、少年を救出するために3人の男性を通報するだろう。
だが、一度騙されているハグたん達にはそんなありふれた先入観など通じない。
「もしやあんたらもこのガキにデタラメなこと言われてんのか?」
「うん、あり得ないデタラメ。ハグたんと物申さないと収まりがつかないんだころす」
「なんで、私のペナント返さないんですか。欲しいなら欲しいって言ってくれれば渡したんですけど」
コロリンの表情には苛立ち一色が、ハグたんには戸惑いと温情の二色。
男性達の側につき、少年に真偽や目的を問い詰めようとしたその時。
「君達、何をしている!」
「ユロクさん!?」
更にもう一人、ユロクまで第三の街の方向からやって来てしまい、事態はますます混迷を極める。
「おじさん助けてえええ! この恐い人達が僕に酷いこと言ってくるんだあああ! 僕は何も悪いことなんてしてないのにいいい!」
自分のための思わぬ救援と認識した少年は、ユロクの腰にすぐに飛びつこうとしたが。
「その男の子から離れるころす! ジャティスって名前、聞いたことあるよね!」
「ジャティス……!? まさかこの子供がか!」
「へぶっ!」
コロリンの咄嗟の機転、ユロクが迷惑プレイヤーに関する情報に精通していることへの賭け。
その甲斐あって、少年は勢い余って頭から転倒する。
「えっえっええええ!? おじさん僕を助けてよおおおお!」
「信じるなよこいつの言葉を! 俺達はなぁ、こいつの被害者ムーブに踊らされた街の奴らからボロクソに非難されたんだぞ」
「信じられっか? 俺は武器を置いて話し込んでいただけだってのに、こいつがいきなり武器をスってきやがったんだぜ!」
「まあ不用心ではあったがよ、にしたってこいつ『僕のもの僕のもの』だのボケたこと連呼してんだ! ふざけんなって話だ!」
自分達の被害の程を嘘偽りなく報告。
これが真相であればとんでもない災難であり、男性達の方が勝訴は確定だろうが、少年の反論はというと。
「なんでだよ! 僕が自分の力で見つけたんだから僕のものなんだ! 僕が弱いからって、僕のものを奪おうとするなんて卑怯な泥棒だ!!」
「だから所有権は俺のもんだって! クソッこいつジタバタすんじゃねえ!」
「うわあっ!? 離してえええ!!」
堪忍ならなくなった男達は3人がかりで少年の体を上から抑えつける。
最早少年が黒だということなど疑う余地もないだろうが、ただユロクにはまだ知るべきことがあった。
「ハグたん君も、この子供に何か被害を受けたのかね」
「ひっひっひええええ!! やめてハグたああああん!!」
「隠さんでもいい、ここはありのままの意見が必要だ」
生命力が尽きる勢いのまま足掻こうとする少年の顔を手で隠すようにし、ハグたんをこれ以上余計に動揺させないように努める。
ここで本当のことを言えば人を地獄に突き落とすみたいなので暫し目を泳がせていたが、それでも決心する。
「はい……私、くじ引きで当てたペナントをジャティスさんに急に取られまして……何を言っても返してくれない上に、いきなりキルされたんです」
「だそうだ。ジャティス君、これが本当だとしたら何故ハグたん君に返さない? そうまでする理由はあるのかね」
まるで子供同士の喧嘩を仲裁する態度で。されど凶悪犯に対する事情聴取の態度も含めて。
ここは少年にとっての岐路だ。ここで正直に吐いてしまえば、まだ善の心を取り戻せただろうが。
「ああああうるさいうるさいうるさい!! 僕が持ってるんだから僕のものに決まってるだろ!! それなのにハグたんがいきなり僕をいじめてくるせいだ! 全部ハグたんが悪いんだ!!」
「笑止!!!」
「ひっ!?」
子供には真似できない鬼の如き剣幕からくる鶴の一声に、少年は金縛りにあったかのように微動だにしなくなる。
「何故そう人のせいにしてばかりなんだ。君は、これまでに助けられた相手に恩で報いようとしたことはあるか? たとえ行動で示せなくとも、そうしたいと思ったことは一度でもあるのかね?」
今度は静かに咎めるように、だが返答次第で先ほどの剣幕が瞬時に再来すると確信してしまうほどの気迫で。
「もちろん思ってたんだ! けど僕はただでさえ弱いのに、みんなが僕にばっかり意地悪してくるせいだ! 僕はなんにも悪くないのに……! 僕は世界一不幸せな人間なんだああああ!!」
「不幸せではなく当然の帰結だろう。はぁ……悪徳を飼う自覚の無さ以上のどす黒い『悪』は他にないな」
責任転嫁も自己憐憫も止める兆しを見せない少年に、救いようの無さを感じ取ったユロクはとうとう匙を投げる。
「他力本願ばかりで努力をしない、それは最早、ゲームすらしていない。そのVRMMOプレイヤーにあるまじき卑劣な所業は、たとえレッドネームに対してさえ失礼千万! 運営に通報する他なし」
「運営!? そっそっ、それだけはいやだああああ!!」
「いだっ! なっ!?」
少年は自身を抑えつけられている手を歯で噛みつき、拘束が緩んだ隙をついて邪魔な手を振り払おうと藻掻き始めた。
「ハグたああああん!! こいつらみんな狂ってるんだ! 早くなんとかしてええええ! 僕を助けてくれるのは、もうハグたんしかいないんだよおおおお!」
「ハグたんに近づいたら容赦しないんだころす!」
カムイを出したコロリンが敢然と立ち塞がる。
それでもハグたんに向かって這い出そうとしていたが、男性達が体格差を活かして少年に覆いかかりそれを許さない。
「駄目だハグたん君! 今回ばかりは受け入れてはならん!」
「もう僕にはゲームの世界しか安心できる場所がないんだ! お願いだから早く助けてよおおお! 僕達友達だろ! 一緒にいてくれるって、言ったじゃないかああああ!!」
少年は絶叫する。
ただ目の前から迫る現実から逃れたいがために、ユロクのことなど顧みず助けを求め続ける。
他人を裁いたりする権利もない少女に必死に泣きつこうとするその姿は、なんと滑稽か。
そんな哀れさが極まった少年のあられもない姿を見たハグたんは、判決を下す。
「もっと、自分のことをしっかり見つめ直した方がいいと思います」
そう嫌気のさす目で真っ向から拒絶した。
後ろ暗いものを抱える相手をハグで受け入れてきたハグたんでも、この少年だけは許してはいけないと。
弱気でありながら強欲、罰から逃げるためなら恩人をも悪人扱い、被害者意識の高さに反比例して増大する加害性は、どれだけハグを重ねるとしても矯正など不可能だろうという失望。
本当に助けが必要な人間ほど、助けたくなる姿をしていないのであった。
あらゆるプレイヤーから見限られた少年は、今や報いを受けるのを待つのみ。
「うわあああああひどいひどいひどいよおおお!! なんでハグたんまで僕のことを見捨てるんだよおおお!! 僕は弱くて情けなくて、世界一不幸せな人間だから誰かに助けて貰わなくちゃならないのに!! みんなが助けてくれないせいで僕は1人で何とかしなきゃならなくなったのに! おかしいじゃないか! たった1人で一生懸命生きることのどこが悪いんだよおおおおお」
最後まで叫びきる前に、少年の体がポリゴン粒と化してゆくが、その破片が真っ赤に光っている。
運営が通報を正式に受理したためだ。
この少年は、健全なゲームプレイを乱す違反者として認められたようだ。
まさしく現代が生んだ妖怪の然るべき処遇に対し、男達やハグたん達の体にはどっと疲れがのしかかる。
「決着なされど落着か」
ハグたんほど年齢の幼い子供であるため出来る限り寄り添って解決するつもりでいたユロク。
それが水泡と化したのだから、徒労の程は計り知れないだろう。
「ある意味強敵だったけど、ハグたんが無事でいて安心したころす。ハグたん?」
「コロリンさん……ごめんなさい」
突然ハグたんはコロリンに丁寧に頭を下げていた。
怒りが冷めたばかりだというのに、その体の震えは、その瞳から溢れる熱いものこそ、申し訳無さが口以外からも漏れ出ている証拠。
「私、あの時煙幕を使ってジャティスさんの手を取ったのは、一瞬だけコロリンさんのことを信じきれなかったからなんです」
「ううん、気にしてないよ。あんな迫真の演技されれば誰だって疑っちゃうもん」
「でも、全部私のせいなんです……私が、見ただけの印象で思い込んじゃうくらい馬鹿なせいで……っ」
ハグたんの嗚咽の声が、胸の中にしまわれて小さくなる。
先週ハグたんがやってくれたように、コロリンがハグたんのことをそっと抱きしめたからだ。
その見るだけで憂鬱となりそうな薄幸少女の有り様となったハグたんに、男達3人は涙を誘われながら空気を読んでこの場を後にし、ユロクはハグたんへ近づく。
「何となく買ったものが粗悪品だったとしても、買ったハグたん君が責められる謂れなど微塵もない。泣いても良い、そして今日のことなど悪い夢として忘れるのだ」
「うううっ……ううっ……」
アドバイスされただけですぐさま忘れられるほどハグたんは単純ではない。コロリンの胸の中で、ハグたんはとめどなく溢れて止まらない感情を解放させた。
あの少年のような己の間違いを棚に上げる独善的な涙ではなく、自分の頭の中で1人反省会を繰り返した末に、自己嫌悪を膨張させた果ての悲壮感。
「コロリンさん、私、最低なんです……。あの人を見てたら、私もみんなから助けられてばっかりでまともに恩返しも出来てないことに気づいちゃったんです……」
「いいんだよ、ハグたんは一生懸命努力して悩んでるのは伝わってるから。だからコロリンは、ハグたんを守ってあげたくなったんだころす」
「いっ……私なんて守られるほどいい人じゃないのに……」
「よしよし、いい子だって自信もてるようになるまで守ってあげるから。それでもしあんなのがまた出たりしたら、今度こそコロリンが追い払ってあげるころす」
先週の時とは真逆の、ハグたんの表裏一体の表側の顔を見せられても尚、コロリンはハグたんへの好感をますます高めていた。
ハグたんも、優しさ故にめそめそするしかない時もある。
そんな時に、ハグをして慰めてくれる友達がいることの何たる幸福か。
プレイヤー皆々が少年少女に対して優しく接してくれるこのゲーム。
彼らも人間なので無理とする場合もあるが、ハグたんが友達を作る努力を投げ捨てない限りは、相手から根気よく親身になってくれるだろう。
「いっぱい泣いたね。もう恐くなくなったころす?」
「はい……」
目の中に溜まってあるものが枯れ果てたハグたんは、コロリンの慈愛に満ちた顔をやっと見ることが出来た。
なお、あの少年がCCOに帰ってくることは、二度と無かったという。
「よっすハグたん! と、そちらさんのチビスケさんは誰さん?」
「ええっと、コロリンさん、こちらが私のクランメンバーです」
紆余曲折を経て、ハグたんとコロリンは絆を固くしたままマサムネら3人に合流。
あまりにも後味の残ることが起こってしまったが、これから始まるクラン正式登録というこのゲーム随一の盛り上がり所は、きっとハグたんの口直しに一役買ってくれるだろう。
次回は金曜日に




