表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/57

46.5話 真の邪悪

 ハグたんが率先して少年を連れて歩く。並んで歩いてみれば、ハグたんよりも少年の方が背がほんの少し低いことがよく分かる。


 ともかく、ここに留まっていても聞き分けのならないモンスターが出没するためそれはそれで危険とし、近場である第二の街を目指して2人は黙々と進行する。


「あぁん? まさかこいつ、レッドネームじゃねえか?」


 なおその道中でプレイヤーとすれ違う度に、レッドネームを理由に少年に対して摩擦が起こりそうになっていたが。


「こ、この人は大丈夫な人です。危なくないです」

「そうか? まあ、あんたがそういうなら……」


 レッドネームではないハグたんが前に出るだけで、相手は引き下がらざるを得ない。要するに抑止力だ。


 よほど手負いで倒しやすそうならばまだしも、万全の状態であるレッドネーム相手にデスペナルティのリスクを負ってまで争うくらいなら自衛したいプレイヤーが多数派。ましてやレッドネームでない者とつるんでいるなら、それだけ不本意に攻撃名分を手にする敵プレイヤーが増えるということ。


 とはいえ、それに当てはまらない好戦的な少数派の人物がこの先現れないとも限らない。


「えっとジャティスさん、なるべく顔を出さないようにして、あと私の後ろに隠れて下さい」

「ひいいっ!? 分かったから何とかしてよおおおっ!」

「わわ! 騒いだら隠れる意味なくなっちゃいますって!」


 顔どころか全身を隠し、泣き言を繰り出しながら背中から抱きつき、もはや全身全霊でハグたんをあてにしている。

 そもそも異性相手にかなりのスキンシップなのだが、相手もトラウマに必死なためハグたんは責められない。


 そうして薄暗い街の端を目立たないように歩いていると。


「おおっと! そこの坊やに嬢ちゃん! ちょっくら寄ってくれないかい!」

「ひょげえっ!?」

「うわぁっ!?」


 ハグたんも少年も、いきなり日焼けした筋肉質の男性プレイヤーに声をかけられれば飛び上がって驚いてしまう。


 一軒の武器屋の前に立つその呼び込みであろう男性は、構わず口を開く。


「自慢みてぇになるが、今ウチの店は開店1周年なんだがねぇ、その記念で1人1回くじ引きキャンペーンをやってるんだ」

「そ、そうなんですか。けどいま持ち合わせがそんなになくて……」

「いやいや、くじ引きだけならお代は結構! この大チャンス、拾いにいかなきゃソンだよお二人さん!」

「ええと、ジャティスさんどうしましょうか」


 少年はハグたんにホールドしているばかりで反応がない。


 いくら人とのコミュニケーションが苦手でトラウマがあるといっても限度があると、ハグたんは思いつつも相手を待たせないことにする。


「それじゃあ、私達2人、くじ引きさせてもいいですか」

「まいどっ! 2名様ご案内でぃ!」


 無料より高いものはないということわざがあるが、無料より安いものもないのも真理。

 押しに弱いが故に、少年とのコミュニケーションが難しい故に、また無料なら損にはならないからと、ハグたんはそのまま男性の後ろに着いていった。


 なお、カウンターに武器がこじんまりと並ぶ店内に着く頃には、少年はいつの間にやらハグたんから体を離して口を開けたまま辺りを見回していた。


「くじ引き、興味あったんですね」

「ひいっ!? やめてえっ! 僕をいじめないでええええ!」

「ええ……私、ただ聞いただけなのに……」


 最早少年の心は療養も困難なほど凄まじく荒んでいるようだ。


 気を取り直してハグたんも景品表の貼り紙に目を通してみれば、5等の回復ポーションセットから2等の本店専用1万ゴールド値引き券までが当選済となっている。

 ちなみに1等の景品なのだが、当てた人のみのシークレットにしたいのか黒く塗りつぶされており、他にもラストワン賞まで用意されているところはよほど気合を入れて広報活動をしているのだろう。


「いらっしゃいませお客さん! 早速だが、この箱の中にある紙を1枚だけ手で取っていってくれ。そんじゃまず、どっちから先に行くんだい?」

「どっち……どっちからにしましょう」


 そう隣にいる少年と何気なく相談しようとした時。


「ぼ、僕が引くんだっ!」

「はわっ!?」


 ハグたんを突き飛ばす勢いで割り込み、そのまま箱の中へと右腕を入れる。


「慌てなさんなって、クジは逃げたりしないよ」

「ええとええとええと、ここ、これっ!」


 箱の中を執拗なほどかき混ぜた末に手に取った三角形に折りたたまれた紙、それをたどたどしい手際で開く。


 その内側に手書きで書かれていたものこそ、手の運を証明する結果。


「『ハズレ』?」

「あぁっと残念賞! ま、こんな日もあるさ。物はついでに何か買っていかないかい?」


 そう店員が、他の客にも何回もやった後であろうことを示す乾いた笑いで箱を置く。


 ところがだ。少年はハズレの紙きれを握りしめたまま、汗がにじみ出て異常なほどの過呼吸となる。


 異変が起こるのは、いつだって突然だ。


「そそ、そんなことない! 僕は当たるん  だ!」

「うぉぉい!? お前さんクジはもう引いただろ!!」

「ちょっジャティスさん!? ここで暴れたら本当に危ないレッドネームって勘違いされちゃいますって!」


 思わぬ方向からの危機に、ハグたんまでパニックが伝播する。

 腕を振り回し駄々をこね出した少年が箱の中身をひっくり返しそうになるほどの乱痴気騒ぎとなりかけ、ハグたんが割り込んで慌てふためきながらも説得し、どうにか互いの矛を収めさせた。


「じゃあ次、そっちのお嬢ちゃん。ハズレだったとしても暴力だけは勘弁ですぜ」

「はい……どうせ私もハズレです……」


 自信のない呟きと共に、少年の分の申し訳なさも含め、適当に掴んだ紙をパッと引き上げる。


 そうして開いた時に見えた文字は。


「ええっと……『1等賞』。え!?」

「大当たりィー!! 1等の大当たりィー!」


 店員が片手で力強くベルを振り鳴らし、ハグたんの結果を街の隅から隅にまで目立つほどの大声で祝福した。


「おめでとうお嬢ちゃん! 今日一番のラッキーガールは、きっと嬢ちゃんのことだろうねぇ!」

「そ、それほどでも……へへっ」


 面と向かってここまで盛大に褒められる経験が少ないハグたんなので、喜びよりも照れ笑いが隠せない。


「1等……どんなもの貰えるんだろう」

「おっとっと、1等の景品だったね、聞いてぶっ飛ぶなよ? ほい!」


 そう店員がカウンターの下にある物置から、なんだか1等というには扱いが悪いその景品を取り出し、それを広げた姿をハグたんに見せつける。


「1等の景品は……世界に一つだけ、当店オリジナルの手作りペナントだよ!」

「ほえっ?」


 予想の斜め逆さまに行くその代物には、ハグたんは思わず素っ頓狂な声を上げた。


 馬のようなトカゲのような動物の柄が個性を出す三角形の織物。だがこんな高校文化祭レベルのクオリティの物体では、装備にもならなければ売り値もつかない。


 はっきり言って2等の景品の方がまだ有効に活用出来そうなほど。されどハグたんは空気を読んで口には出さないようにした。


「大事に飾っておくれよ。ワッハッハ!」

「ええ……はい、そうします……」


 ハグたんにとってのハズレでも、店にとっては丹精込めて作られた思い入れのある1等賞。

 複雑な思いを買わされながらも退店しようとした時。


「ハグたん……クジ当たったんだ」

「あっジャティスさん」


 店の入り口の中央で待っていた少年の目線が、ハグたんが持つペナントに一点集中していた。


「ねえ、それ僕にも見せて。いいよね」

「それくらいならいいですけど……へわっ!?」


 少年に手渡そうと、というより少年の方から力ずくで奪うように取られてしまう。

 感情のが制御不能なのは今に始まったことではないので、そんなに大事なものでも


「なにこれ、すごいな……」


 大したことのないものでも、1等という箔がつくだけで輝いて見えてしまうのか。


 少年はペナントを食い入るように凝視し、指紋まみれになるほどに触り、いわゆるお日様の匂いも折角だからとばかりに嗅いでいる。


 ハグたんのものであるペナントに興味の矢印が指し込んだかのように。


 ハグたんのことなど一欠片も眼中にもない様子で。


「あのぉ、ジャティスさん、もうそろそろいいでしょうか」


 不安に駆られたハグたんがおろおろしながらペナントに手を伸ばした瞬間、少年の目つきが嫌なものを見るかのようになる。


「なな、何するんだよ!!」

「ひやっ!? すみません、けどそろそろ返してくれないかと」


 一応自分の物だというのに恐る恐るとなって訊く。

 驚かせてしまったからだと解釈した故だったのだが。


「やややや、やだ! 何で返さなきゃいけないんだよ!!」

「へっ!? いやだって私がくじ引きで当てたものだから」

「だからなんなんだ! ハグたんが後に引いたから当たったんじゃないか! 僕が後に引いてさえいれば、1等は僕のものだったのに!!」

「それはそうかもしれないですけど! あっ!?」


 ペナントが皺だらけになりそうなほど乱暴に抱きしめながら、少年はハグたんからの問答から背を向けてどこかへと駆け出したのだ。


「待って下さいって! どうしちゃったんですか!」

「ひいいいいっ!! 来ないでええええ!!」


 何を問うてもひたすら怯えて街中を脱兎の如く疾走する少年と、その背中を見失わないようひたすら追走するハグたん。

 走る速さは全プレイヤー一律なので、決着のつかない追いかけっこである。


 ただでさえレッドネームなのに叫んでばかりなため、行き交う人々も道を開ける始末。

 


 だがやがて、レンガの壁が囲う袋小路に少年が行き詰まる。


「えっえっ何でだよ、これじゃハグたんに追いつかれるじゃんか! なんで僕ばっかりこんな目に……いひいっ!!」


 ハグたんに追いつかれたことに気づいた少年は、意味が無いと知ってか否か咄嗟にペナントを背中に隠す。


「やめてえええっ!! 僕をいじめないでええ!」

「いじめてないですよ!? あとそれ返して下さいって!」


 ハグたんはあくまで寄り添うつもりだった。

 事情を聞きたがっていただけだったが。


「ここ、これは僕のものなんだぞ!! 泥棒だぞ!!」

「ひょえっ!? 泥棒!?」


 自分のものだと、あまつさえハグたんをまるで悪人みたいに貶したのだ。


「誰か助けてええええ!! この女の人に襲われてるんだあああああ!!」

「ちょ……なんで私が!?」


 もはや訳が分からないまま訳が分からない事態に。

 少年はコロリンの時と同様、ハグたんのことを加害者呼ばわりしてきたのだ。


 辻褄を合わせる気がない身勝手な叫び声に呼応するように、街の目抜き通りからぞろぞろと駆けつける足音がなる。


「どうしたどうした?」

「ケンカか? カムイバトルか?」

「わわわわ!? ち、違います誤解です! ジャティスさんが何故か言い出したことで……」


 そう言いきる前に、ハグたんは背中から猛烈な敵意を感じ取った。

 少年の、またしても泣きべそをかきながらも今度は逆上しているかのように眉をつり上げているその表情が迫り。


「僕は弱いんだぞ! ただのんびり平和に生きたいだけで、何も悪いことなんてしてないんだ! なのになんで、みんな僕にばっかり酷いことしてくるんだあああああああ!!」




《ハグたんは死亡状態になりました》

《デスペナルティとして、レベルが下がりました(25→23)》

《はじまりの街でランダムリスポーンします》




 ハグたんがキルされたことに気づいたのは間もなくであった。


「……え」


 情報の流れる勢いが強すぎて、全容を掴めていない。ひとつ掴めたとしても、無料より高いものはないという皮肉なことわざだけか。

 世界の常識が滅茶苦茶になっているかのような錯覚だけが、ハグたんの頭脳を支配する。


 そして頭を殴られた感覚だけが手に入っているハグたんは、リスポーン先であるはじまりの街の門前でただ呆然としていたところ。


「わ! やっぱりハグたんここにいたころす」

「ひょげえコロリンさん!?」


 まるでハグたんがこうなることを予見したかのように、コロリンがはじまりの街の門をくぐって到着していたのだ。


「あわわさっきのことは、その……」

「さっきのことだよね、あの男の子のこと」

「えっ」


 ハグたんを責めないのはこの際ともかくとして、最初はコロリンも少年に同行していた。ハグたんに対して心底同情する目線を向けられているのはそのためだ。


 コロリンとて、あれからただ指をくわえて趨勢を眺めていたわけではない。


「その男の子ってね、迷惑プレイヤーを晒す掲示板で昨日くらいから叩かれてる札付きのヤバいひとなんだころす」

「もしかして私、取り返しつかない勘違いしちゃってました……?」


 ハグたんは度を超えて優しかった。だが他人からそう確信づくように言われたおかげで、ようやく少年を疑うようになった。


 第一印象こそ可哀想を絵に描いた弱者であった少年の、おおよそ人のものとは思えない醜悪な内面を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ