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45話 機械的な幸福論

 コロリン、その二つ名は殺尽平均(キラーマージン)


 その本名は霧崎(きりさき)こゝろ(こころ)


 2人の兄と1人の姉という4人兄弟の末の子である彼女は、家族で最も小さく最も後に生まれたこともあり、そのふんわりした愛嬌さを振りまくだけで家庭内でも近所でもどこにいても溺愛されてきた。


 そこに不自由もなく、暮らしに不足なく、ともすればわがまま娘に育つかもしれなかったが、そうならなかったくらいには彼女は聡明であり、何よりも自分なりの処世術も編み出していたことが大きいだろう。


「こゝろぉ〜、今日は父さんが子供の頃やってたゲームをやってみないか? 『雷山のほとりへ』っていうんだがね……」


 恰幅の良いその父親が勧めてきたものは、父親の趣味でもある某家庭用ゲーム。


 だが、肝心の彼女は少し難しい顔をする。

 本当は、外で体を動かす遊びの方が好きだから。

 勉強も運動も好きで得意な優等生たる彼女なので、こうした娯楽はあまり性には合わなかったものの。


「わぁい! こゝろ、それやってみたかったんだ!」


 そう本音を偽り、コロっと意思を変節させた。

 誰かに教わったわけでもない、ここで本音を呈せば相手を困らせてしまうという直感故。


 そうとも、自分1人が父親に合わせればそれでいい。

 父親がやっているなら自分もやるまで。


 なお、いざやり始めてみれば時間を忘れて熱中するほどに楽しめたのは幸運だったろう。


「ほぉらここちゃん、このお洋服もそろそろ着れるんじゃないかしら」

「懐かしー! これ私が昔着てたやつじゃん!」


 母と姉がそう誘うように揺らしたのは、祖母自らが編んだという時代を超えた思い出の詰まった紫のパーカー。


 末っ子の定めか、与えられる服は兄や姉のお下がりが主。この物持ちのよさが、代々受け継がれる。


 ただ彼女は、母と姉の笑顔を見れば見るほど段々と渋い顔へと変貌してゆく。

 本当はデパート等でもっと可愛い服を選びたかったのだが、その気持ちをおくびにも出さず、表情に出されるよりも早く口を開き。


「嬉しいなっ! これ着たら、こゝろもお姉さんみたいになっちゃうよ〜」


 そう表面を装い、否とも言わずパーカーに袖を通していた。


 自分1人が母と姉に合わせればそれでいい。

 母と姉がやっているなら自分もやる。


 幸いにも着心地は良かったし、彼女自身も幾度か着てゆく内に愛着が湧いたので愚痴を零す理由はなくなっていた。


 自分に遠慮するこうした生き方は、小学校でも変わらない。


「みんな昨日のあのドラマ見た? あの俳優、超イケメンよね〜」

「あの人のことね、うちのお母さんが一番メロってたし!」

「ほんとそう! ねえ、コッコも見たでしょそのドラマ」


 あだ名で呼ぶ友達からそう訊かれたのだが、彼女はその時間は夢の中だったため反応に困っていた。


 元より彼女は、そんな興味もないドラマよりも痛快なアニメの話を弾ませたかった。

 だが逆の立場に置き換えてみれば、ドラマを見るくらいには背伸びしたい年頃であるみんなにそんな子供っぽい番組を勧めたところで、間違いなく自分のような表情になるだろうと予感し。


「うーんと、録画とってなかったから、帰ったらチーバーで見逃し配信見てくるね」


 そう友達と約束し、その日のうちにその通りにテレビをつけた。


 自分1人がみんなに合わせればそれでいい。

 みんながやっているなら自分もやる。


 なおドラマをいざ視聴してみれば、予想に反してドがつくほど夢中になったために、自分から話を打ち出して会話に加われていた。

 おかげで彼女はクラスの女子グループに入れ、いつしか周りには多数もの仲の良い友達と繋がりを広く保てていたのだ。


 流れには逆らわず流される、自分が他人に合うように変わる。

 右にならう同調の精神で選択を決め、どんな未開の海原が相手でもみんなに流されるまま乗り出すまで。これが彼女の処世術。


 苦痛はない、むしろ何をされても楽しめたという幸運、いや、幸運もここまで連続すれば才能の1つに含めるべきだろう。

 それに気づいた彼女は、相手から誘われた時点で喜んで興味を持てる社交性を身につけられたのだ。


「コッコってさ、ほんとみんなの中でも話しやすいよね」

「それ分かる! なんていうか副会長ポジションみたいな感じ!」

「こういう子が1人いるだけで、どんな話でも賑やかになる的な?」

「にへへぇ、それほどでもないよ〜」


 自由を感じることを引き換えに得た、充実感に満ちた毎日。みんなと仲良くしているこの時が心地よい。



 ところが、そんな才能の値打ちなどやはり幸運で紡がれているだけだったと発覚する事件が起こる。


「ジャン! 今日このコスメをつけてみました〜」

「そのコスメやっば! どこで買ってきたの?」

「てか昨日遊びに行ったあの店のじゃん? っていうか今月お小遣いないんじゃなかったの?」


 小学六年生になったある日、一人の友人が見せびらかす化粧品を皆が羨み、持ち上げ、彼女自身もにこやかに頷きながら聞いていた時。

 自慢げに見せつけていた友人は、照れるように口角をつり上げると。


「ここだけの話さ……実際お金無かったから、あの店からこっそりとってきちゃった」

「やばー(笑)得しちゃったじゃん。よくバレなかったねほんと」


 あろうことか、万引き自慢をひけらかし始めたのだ。

 たまたま彼女だけはその店に同行していなかったために知りもしなかったことだったために、ただ1人絶句するほど。


「そうそう全然バレないの! だからみんなもやってみようよ。スッとポケットに入れて帰るだけで余裕だし」

「えぇ? やるっていっても、これもし誰かがバラしたら大騒ぎになっちゃうかもしれないし……」

「バラさないバラさない! だってうちら()()()()友達じゃん! 明日の夕方くらいにさ、どうよ」


 並んで歩いてる他の友達は、さも日常的なテンションで談笑を交わし続ける。

 みんながやるという、普段なら意思を変節させてでも乗るべき流れが作られる。


 それでも彼女1人だけは、自分が友達としてどんな行動を選択するかは天秤にかけるまでもなかった。


「それは……絶対駄目だよ」


 いくら何でも、たとえ友達のしたことでも、こればかりは看過出来なかった。


 これを一緒になって笑ってしまえば、今後の人生で罪悪感を失ってしまうだろうという危機感。自分のために心を鬼とする。


「コッコ? いやいや駄目じゃないって。だってこれそんな値段しないもんだし」

「お金の話じゃないよ! 盗むなんて悪いことなんだよ! 今すぐお店に返してごめんなさいしなきゃ!」

「はぁ? ちょっとなんで! 腕引っぱらないで!」


 力ずくで店まで連れ、騒ぎ立てる友達に対しても「駄目だ、絶対駄目だ」と聞く耳を持たないように徹する。


 結果、盗んだ張本人だけでなく、他の同行していた友達も共犯として学校に連絡されることとなった。


 なお防犯カメラには霧崎こゝろだけは映っていなかったため、無罪になるどころか店員から感謝されたほどだが、そこに幸運だとか嬉しいという気持ちは起こらなかった。


「こいつのせいで! こいつが裏切ったせいで1日中ずっと怒られたじゃんか!」

「ここだけの話ってみんなで約束したのに! ほんと最っ低! このチクリ魔!」

「あんたん家は金持ってるから涙出ないんだろうけど、この子の家は貧乏なんだよ! 分かる!」


 論点をすり替え、罪を棚に上げて口々に罵倒する友達を見て、彼女は思う。

 自分だけ得をするくらいなら、連帯責任としてみんなと一緒に罰を受ける方がマシだったのではないか、と。


 彼女の学校生活はあれから一変。友達だったクラスメート達からは徹底的に無視され、仲間外れにされ――もはや流れに流れたくても混じれない。崩壊した友情からくる敵意をまじまじと味わわされた。


 その一方で、万引きした友人だけは学校生活でいかなる事があろうと一切喋りかけられることがなかった。

 一言の会話も拒むほど嫌悪されたのか、気まずいだけなのか。ただ、中学三年生頃に一度だけ、その友人が彼女に対して口を開いたことがあったが。


「もし私が高校進学できなかったら、あんたのせいなんだからね!!」


 その逆恨みの一声が、霧崎こゝろの心の奥底に深く強く突き刺さった。


 自分自身の正しさのために、みんなやっているから自分もやるというコミュニケーション術に叛いた代償にしては、あまりにも理不尽だろう。


 その中で彼女のあずかり知らぬ最大の不幸があるとするならば、みんなと一緒にやる以外の生き方を知らないところか。


「なぁこゝろ、父さんが気に入ってるこのVRMMOなんだが……」

「……うん、やる。もうパッケージだけで面白そうなゲームだって分かっちゃうよ」

「お、おぅ」


 処世術を継続しても、自主的にではなく脅迫的に合わせるようにすり替わった。


 楽しいと思えていたこと尽くに苦痛の分量が上回るようになり、要するに繊細になってしまったのだ。

 いくらこれまで通りを取り繕ってもその影響は伏せきれず、段々と家族との会話量が減っていた。


 紛らわすようにこれまで以上に勉強に打ち込むようになり、卒業と共にクラスメート達とは離れ離れとなり、いつしか彼女は真っさらな高校1年生に。


 そんな現在でも、犯罪行為を許さないことは変わり無い。

 だが法に接触する一歩手前くらいの悪事であれば、無感情に流されてしまうかもしれない。


「ココロンってさぁ、趣味ってなんかあんの?」

「ないよ、なんにも」

「まじ!? じゃあ最近バズってるこの絶対儲かるビジネス入ってよ! なんか友達紹介するだけで金入るらしくてさぁ、()()()()やってるしさぁ」

「みんな? いいねそれ! よくわかんないけどなんか楽しそう〜」


 彼女にはこれしか生き方を知らない。


 これから先も、みんなに合わせて始めたことが楽しいと思えるようになるまで、そこに至るまでに苦痛を感じないようにするため、煩悩を捨て去る僧侶の修行のように様々な感情や意見を埃として掃除し――やがてそこには、空洞の瞳を持つ自分だけが残っていたのだった。


 不幸を覆い隠せている幸福の膜に一箇所でも突き刺してしまえば、最早その穴は際限なく広がってゆくだけであった。



▽▽▽



「だいたいどこで決めつけてるんですか! コロリンさんが人を殺した証拠なんかどこにもないのに!」

「証拠が必要ありますか? 本を焼く者はやがて人をも焼くように、ここで人を殺すような輩はすぐにゲームの外でも人を殺すものデスよ」


 マスターは、かつての自分と似ていた。

 悪行を許さない人として当然の倫理観に則り、親しかった人間を容赦なく裁いた自分のようだったからこそ、コロリンには言い返す資格がないと思い、閉口したままとなる。


「そんなことない! コロリンさんは誰も殺してなんかない! 誰も殺さない!」

「まぁったく理解力の足りないガキだこと! 安い同情心にまんまと絆されるあなたのような人間こそ、犯罪者予備軍と呼ばれるとお分かりデスか?」

「ふっ、ふざけないでください! 私にはあなたの言うことの意味が分かりたくもないです!」


 ハグたんは、かつての自分以上だ。

 自分にとっての理想や正しさのために、悪に着いてでも巨悪に対峙している。


 コロリンはハグたんと僅かな時間でしか会話をしていない。ハグたんがどれだけ臆病で内気で、傍若無人な恐ろしい大人相手に本来なら秒で屈するどころか気圧されないでいるのが、どれほど革命的な変化かを知らない。


 それでも、自分にはない勇気を示しているところは、コロリンには自棄にならないだけの期待を受け取っていた。


「私はハグたん、その二つ名は『着火繚乱(キラキラクイーン)』! どうしてもコロリンさんを悪いって言い続けるなら、あなたに『宣戦布告』です!」

「クラン未所属、その二つ名は『陥陣懲悪(デリブルクラッシャー)』。教育的指導のお時間と致しましょう。このケーキの切れない非行糞餓鬼がァ!」


 混迷が極まった大漁虐殺もいよいよ最終局面。

 そのトリを飾る演目として行われるのは、偽善と偽悪による真の正しさを懸けた一騎討ちだ。

 万が一にも会いたくない人がいると、あだ名でもPNをそのまま使わないようになるよね。

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