37話 その幼虫に要注意
明日、第三の街で大漁殺戮を敢行する。
聞くだけで血の臭いがむせ返る犯行声明を受けた4人は、それぞれ思うところがありながらも街へと向かって一旦帰還。
「――なぁにが明日だっての、どうせ騙し討ちしてくるオチっしょ。ウチがあいつらならぜってーそうするし」
悪側というより暴力側なキャラクターたるマサムネは、そう相手クランの立場になって宣言の真相を考察したが。
「敵の言葉に絶対とは言えんが、信憑性はかなり高い。大々的に布告して回るからこそ、獲物とするプレイヤーをより厳選し多く誘き寄せられる」
「うわっ、そゆこと……」
「いかにもな手口だ。強者ぶるのも甚だしい」
ユロクの推測はマサムネの軽い考えを説き伏せた。
もしそうなれば弱いプレイヤーはどこぞへ避難し、戦意もある強いプレイヤーだけが集まりそうだが、ただキルするのではなく殺し合いになった上でキルを可能とする。
陰殺チームの実力の一端を表しているだろう。
それにあの宣言は、日程を指定していても時刻ははぐらかされているのが痒いところ。
不明の種を蒔いている部分もまた、宣言の説得力を補強させる。
まさに決行前から計画性が優れているクランだ。
4人はやがて大過なく第三の街に到着。
「ではハグたん君に諸君、ここからは別行動だが、儂は何時だろうとこの街にいる。些細なことだろうと、何かあればいつでも相談しに来たまえ」
「はいっ、それでは」
ユロクは腕に覚えのあるクランと糾合するために別行動となり、ハグたんら3人は今後の方針を相談していた。
「いやぁ、スケールのでかいことに巻き込まれちゃったでやすなぁ。そんでマリっさん、明日どうするん?」
マリーに目を向けると、選択するまでもないと言わんばかりに顔を傾げる。
「はぁ? バトルジャンキーな馬鹿じゃあるまいし、こんなの“関わらない”一択に決まってるじゃない」
マリーのそこのとこの価値観はドライであった。
あの宣言が意味するのは緊急クエストでもなくただの迷惑なトラブルであり、それに大それた理由もなく首を突っ込むのは命知らずだと。
ましてやハグたんらのパーティのレベルは平均して30弱。足手まといどころかレッドネームの養分にされかねない。それこそ愚の骨頂である。
ただし薄情なわけではなく、己を知り身の丈に合わないことをしないだけ。
ダンジョン内にて悲鳴が響けば助けに行くくらいには老婆心を焼くマリーであることは実証済み。
「いい? 強制参加でもないなら、こういうのは大人に任せるのが子供の権利よ」
「ウチら高校生って子供なん? お年玉まだもらえるん?」
「あんたは大人になんなきゃ困るけど、少なくともハグたんは子供でしょ」
「ひゃい……」
まだまだ怖気盛りのハグたん。
賛同を示すが如くマリーの方へと寄っている。
「ハグたん、まだ背の小さいハグたんには知らなくったっていい世界もあるの。だから第二の街まで戻って、明日はこのあたしとお裁縫とかお人形作りして過ごしましょ」
「ひょえええ……そうします」
「ふふん、いい子ね。というわけだから、ハグたんをいかにも危ない目に誘おうとかしたら、いくら仲間内だとしても承知しないわよ」
ハグたんの懐柔を完了し、マサムネに釘を刺す。マリーはハグたんに対して過保護に接する性質である。
だが、マサムネとて諦めていない。ましてや相手がマリーともなれば悪い意地が働き出す。
「へっ、これだから令和生まれの反戦系女子は。どうせゲームなんだし、死んだとしても危険の内に入らないって」
「はぁ? 決まったことに口出さないでくれるかしら」
市民的なマリーと違い、マサムネの戦意は高い。
「だってさ、あのレッドネームに懸賞金かかってるってさっき聞いたじゃん。ていうことはさぁ、これもう待ちに待った一山当てるチャンスじゃん?」
楽観的か、あるいはマリーとは別方向でシビアというべきか。どうも物欲のためにギャンブル気分で乗り気でいるようだ。
とはいえ難度の高い戦闘に無報酬で義務でもなければ誰もがやりたがらないだろうが。
ただし、マサムネが完全に金銭目当てかといわれればそうでもない。
「てかさっきのあのおっさん、ウチ知らなかったんだけどハグたんの友達でオッケーなんすよね」
「はい、たぶん。一緒に戦ったこととかはそんなにないんですけど……」
「ハグたんの友達なら、ウチにとっても友達同然! ハグたんだって、少しくらいはあのおっさんと友達付き合いってやつしたいよね?」
「ううんと、それもそうですけど」
恐いもの知らずのマサムネらしい頼もしさがあったがために、あるいはユロクのことを眼中に戻したハグたんは、マリーの方へ寄りつつあった歩を止めた。
マサムネはハグたんに冒険させたがる性質か。
「そう、戦争賛成! こっちには超兵器ハグたん爆弾があるんだし、欲張りすぎなきゃレドネの1人くらいは爆死までもっていけるさー」
「あんたねぇ……そんなあっさり上手くいくわけないでしょ! 無駄死にしたいならあんた1人でやられてきなさいよ!」
「あぁん? まさかウチらを見殺しに安全地帯で1人のほほるんすか? それがウチとマリっさんの篤い友情なんすか?」
「どの口が友情語ってるのよ!」
議論が白熱するあまり、とうとう険悪ムードを抑えられなくなってしまった2人。
まるで娘の育て方で激しく対立する勉強熱心な両親のようである。
「や……こんな時くらい喧嘩しないでください……」
「ハグたん……うし! ここは穏便に、ハグたんがどっちにハグするかで決めるべし!」
「ひょえ?」
そこはマサムネ、妙な提案を思いつくことに関してだけは頭が回りやすいようだ。
「ほい、ハグたんハグヒヤー!」
「ハグたん、こんな馬鹿の戯言に付き合わなくていいから、このあたしにハグなさい!」
「いやいやいや私は……」
あまりにも能天気なマサムネと、まんまと対抗心燃やし出したマリー。
2人とも正面を奪い合うように両手を広げ始めていた。
タカ派とハト派の対立の軍配を委ねられると、なんだか巻き込まれ体質が板についてきてしまったハグたん。
なお、やはりというべきかハグたんは2人の間でまごまごするだけだ。どちらかを選んでどちらかを切り捨てるには、信頼関係が構築されすぎている。
いよいよ埒が明かなくなってきたが、折良く助け舟がやってくる。
「急いで正解だった。我が居ない間に、どうして二人してハグたんをいじめているのだ……」
「いやぁごめんこ。ハグたんがかわいいもんでしてぇ」
「ちょっと誤解よ! このあたしはハグたんのためを思って……ああっハグたん!?」
気づけばハグたんは、クロの胸の内に泣きつくようにハグをしていた。
ハグ争いはクロの一人勝ち。2人の敗者はクロによって喧嘩両成敗の説教刑に処され、そしてハグたんは問題提起を再開する。
「クロさぁん……わわ私、どどどどうしたらいいんでしょうかぁ……」
「後悔のないよう、ゆっくり悩め。やったやらなかったの後悔よりも、他人に流されて決めた意見こそ後悔するのだからな」
己の選択は己で決めろ。オブラートに包みつつ言ったクロではあるが、それでもなかなか選択に踏み出せない人間もいる。
共に悩み、選ばれた道を整地することがクロの示した導き。
「そだよね、じっくり考えといた方がいいよねクーちゃん! 一応明日まで期限あるんだし、レッドネームに気をつけてレベリングしまくってからでも遅くないし」
「ふーん。ねえハグたん、あと何時間ログインしていられるのかしら?」
「あ、確認します……。あと……30分くらいです」
「おげっ? もうそんな時間だったんだ。ってなんか前にもやったくねこの流れ」
年長者3人それぞれ意見こそ違えど自分の意思を決めていたが、よりによって一番優柔不断なハグたんだけは残された準備時間は少ないのだ。
「ほらなさい。明日どころか30分ぽっちじゃ、今日のコーディネートさえ変われないものよ」
「ふえぇ……もっと準備したかったです……」
ここにきて不戦に流れが傾いてきたために、マリーは鼻先をあげて得意げだ。
この時間内は実力的な問題は解決不可。
そこでクロは、ハグたんには別のことをする方向へと思考を切り替えた。
「いや、30分あればせめて武器の新調くらいは可能だろう。CCOはひとたびカムイを喪えば武器社会、戦わないにしろ自衛のためにもそれなりの代物は新調しておけば憂いは減る」
「おっ、ハグたんの新しい武器でやんすか? こいつは盲点、百点満点の盲一点」
「はぁ、もう好きになさい。このあたしは今のうちから降りておくわ。おやすみ」
タカ派についていけなくなったハト派はここでログアウト。
この街全土が血で血を洗う戦場となる明日、長ければ事が終息するまでログインさえしないかもしれない。
「マリーさんおやすみです」
「んじゃうるさいのが落ちたところで、クーちゃんぱぱっといい店紹介してあげちゃいなよ」
「フッフッ、無論だ。昨日、他の街にはない素晴らしき武器店を見つけた故、そこまで我が道案内しよう」
よほど嬉しさでもあるのか、気取った微笑を浮かべながらクロは大通りを進み始めた。
「ほんとにいい店、なんですよね」
「クーちゃんなら問題ないっしょ。しらんけど」
「しらんけどって、そんなぁ……」
イントネーションが投げやりな「しらんけど」でハグたんは不安が噴出する。
言われるがままであるが、絶賛気が良くなっているクロに3歩ほど遅れて着いていく。
ややあって、2人が停止して向きを変えたその建物こそが目的地のはずなのだが。
「嗚呼、悦る……この禍々しさと滲み出る暗黒のエナジー。一目見ただけで心奪われ、我が血肉が円舞曲を踊りだす!」
「ねえクーちゃん。今度はクーちゃんがいじめるターンなん?」
普段デリカシーの欠片のないマサムネですら、ハグたんの気持ちになってこれに難色を示す。
その工房はまるで鮮血を彷彿とさせる赤黒い砂で造られ、ドクロだか霊魂だかをふんだんにあしらい、店名は『負けん』とまるでダイイングメッセージのようなフォントで文字が書かれている。
「こっ、ここここっ、ここ!?」
こんな武器屋どころかお化け屋敷の入り口のような所、ハグたんはニワトリみたいに鳴いて音を上げるだけとなる。
この時点でハグたんには卒倒に値するが、その所々亀裂が走ったウエスタンドアの向こうから金属を激しく打ちつける鍛冶の音と共に聞こえてきた男性の声。
「ヒッヒッヒッ……ヒャーヒャヒャヒャ! きたぜきたぜぇ……マァケエエエン! “魔剣”の完成だァァァ! これでお前の頭蓋骨カチ割ってウボオオオゥ゙!」
「ひょえええええっ! もひゃあああああっ!」
これはもう山姥の怖がらせるどころか研いだ凶器で殺しにくる妖怪が住んでるタイプの屋敷だと――耐えきれなくなったハグたん。
次にとった行動は極めて神速だった。
「かの店主、手ずから生産したいかなる武器にも魔剣と言い張る癖が難点だが、質は街一番と我が保証しよう。どうだハグたんよ」
「つってもクーちゃん、肝心のハグたんはハグれたメタルみたいに一目散に逃げ出した後でっせ」
「なっ!? 何故だぁハグたん! 何故このデスメタルチックの演出の素晴らしさが分からないのだッ……」
ハグたんはとっくに姿を消していた事実に、自分のセンスが拒絶されたクロはショックのあまり砂に顔を埋めるほど項垂れるのだった。
3人とも、ハグたんよりも歳上なだけでまだ間違えがちな子供なのであった。
▽▽▽
「ぜぇ、ぜぇ、あんなとこ入ったら絶対殺されちゃう……。私みたいなどんぐりなんて輪切りのどんぐりにされちゃう……」
適当にあった逃げ込めそうな狭い通路に野良猫のように入り込んでは、膝をついて息を切らし、1人うずくまるハグたん。
本来ここまで臆病は酷くないのだが、直近にレッドネームに襲われて以来緊張感が限界に達するまでの余裕が無くなってしまっている。
そうしてハグたんは、大体このタイミングで後悔を始めるのだ。
「……やっちゃった、私、逃げてきちゃった。きっとクロさん、怒ってるんだろうなぁ」
ただ相手が理解力不足なことでさえ自分の責任として背負い込み、されどハグたんには解決力が未熟なので途方に暮れるしかなくなる。
だからその引っ込み思案な性格がいつまでも身についてしまっているのだろう。
「もう私おしまいだぁ……一生ログイン出来ないぃ! あっ、いい匂い」
ふとハグたんは先程のことを頭から放り出し、しきりに嗅ぎ始める。
沈んだ気分を癒すマイナスイオン含む花の香りにあてられ、ハグたんは蜜に誘われる蝶のようにひらひらと歩いてゆく。
「ほわわ……キラキラしてる……」
辿り着いた場所こそ、先程の武器屋とは真逆。
チューリップにパンジーといった小学校の花壇に植えてある花から、おおよそ花かどうかも未知数な異世界の植物まで。和らいでゆく。
「へへっ、ここでずっと暮らしたい……こんな砂漠の街にお花畑があるなんて、思いもしなかったです」
「そうじゃろうそうじゃろう。なにせこのわらわが、ジョウロのカムイで水質から拘って育てあげた花じゃからな」
「そうだったんですか、凄いですね……うひゃあっ!? どなたですか!?」
いつの間にか隣にいたというのはハグたん目線。そのプレイヤーの方がハグたんの飛び上がる驚きように驚く始末であった。
「お客様ではなかったのかのう? わらわはこの生花店・ローゼンガーデンの店長なのじゃが……」
「店員さんどころか店長さん!? 勝手に私の場所にしてすみませんすみませんすみません!」
改めて花々を一瞥してみれば、それぞれに値札もついている。商品であることは疑いようもない。
お嬢様然としたサイドロールと家庭的なエプロンドレス姿のギャップが親近感湧かせる、その女性プレイヤーが営業する店であった。
このゲームは戦うだけではない。様々な条件をクリアすれば、プレイヤーだって自分だけの店を持つ資格を手に入れられる。
「まあよい、ここは冷やかしも歓迎じゃ。そちもそんな猛烈な勢いで謝らんでもよい」
「わわわすみません!」
言われた側から土下座し出す安定のハグたん。
店長が宥めたおかげでどうにか落ち着きを取り戻したハグたんは、直近の記憶が蘇る。
クロがハグたんのために武器店を紹介してくれたのに、無下にするような行為をしてしまったことについてだ。
「あの……花言葉が謝罪のお花とかありませんか」
「むむむ、類を見ない注文じゃのう。じゃがわらわは花を傷つける生き物以外には怒ったりせぬ、気にしなくて良いのじゃ」
「いえそうじゃなくて、私の友達になにか謝れそうなもの贈りたくて……」
「ほむほむ、つまりその友達と喧嘩をしたのじゃな」
店長が目利きを利かせてハグたんの深刻な背景を察し(なお両者共に勘違い)、豊満な胸を叩く。
「わらわに任せよ。仲直りのおまじないを兼ねた、その花言葉に適した逸品の花をオススメしてあげるのじゃ」
「ほ、ほんとですか」
その古風ながら頼りがいのある言葉に従い、ハグたんは少しだけ心を開いてその通りについてゆく。
ところが、僅か5歩ほどの時点でどうしてか店長は足を止めた。
「おお、そういえばそちはそろそろ品を選んだのじゃ?」
「えっ、私以外にもお客さんいたんですか?」
ここまでこの店内には店長以外の気配がまるで無かったがために、その思わぬ事実にハグたんは即座に聞き返した。
「――えっとね、まだ考え中なの。どんな花にすれば、キルしたひとを弔える感じになるかなって……」
そうおっとりとした声色と共に、屈んだ状態からひょっこりと顔を出したそのプレイヤーこそ。
「わはーい! さっきの爆弾の子だ! こんばんは」
「わぎゃああああっ! さっきのレッドネームうううっ!! ごほげほ……」
今日だけで何度も悲鳴をあげているせいで喉が枯れてきたのはともかく、意外な場所から意外な人物と運悪くエンカウントをしてしまっていた。




