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35話 忍び寄る影

 4人は声に従い駆ける。蟻の巣の如く入りくねった通路を直感でひた進む。


「うわあっ!?」

「させないわ!」


 途中ハグたんが転んだ拍子に落とし穴の罠を作動させてしまったが、マリーの人形が即座に巧く拾い上げる。


 よって行軍に遅れを生じず、そうして何度か角を曲がった先にいたのは。


「ちきしょお、もう諦めるしかねぇ……」


 緑の肌の小鬼のモンスター・ゲブラーゴブリン計10体の群れによる1人への包囲網。

 それらに追い込まれている者、ギザ歯が特徴の女性プレイヤーがへっぴり腰をついて絶望感に苛まれていた。


 モンスター達がその手に持つ樫の棍棒を一斉に振り上げ、プレイヤーをデスしようとした寸前。


「もう大丈夫! ウチがキターン!」

「何故1人……いや、1()()()()()()()()()


 割って入る形で幼馴染コンビが到着し、瞬時に状況を把握。一拍置いてマリーもやってきたため、マサムネ達は外敵排除のためすぐさまカムイを構える。


 今にもHPを全損させんが如きモンスター達だったが、攻撃対象を変更しマサムネ達へと唸り声をあげて威嚇を始める。


「いいね、こういう時は真面目に出し惜しみナシで」

「誰に言ってるのかしら? 半端な力で助ける方が相手に失礼ってものよ」


 軽く頷いて意思統一し、モンスター達の獰猛な一斉攻撃に対して、各々が最近習得した最大火力のアーツを発動する。


「まずはこのあたしから【舞闘会の伍小隊(レギオドールアサルト)】!」


 あの一件から1体多く補充したマリーの人形達が捕捉した目の前のモンスターの周囲に展開し、オールレンジから目まぐるしいほどの怒涛の連携攻撃。

 これにより1体を撃破。


「次クロノ! 頼んだわ!」

「黄泉路を惑え【無窮の暗落死(ナイトメアパライソ)】!」


 間髪おかずクロの発動したアーツ。

 紫色の粘液が滴る球体が現れ、波のように目の前の相手を飲み込むとモンスターは暫く苦悶の声をあげ、最後には低確率で発動する【即死状態】の追加効果が運良く発動し死亡。


「マサムネ、好きなようにせよ」

「それでは必殺〜! 【乱れ五月雨阿弥陀スクランブルスクラッシュ】!」


 滅多矢鱈に刀を振るうだけ。だがアーツの効果で攻撃判定が倍近く伸びた上、目にも留まらない速度で全方位に振るうために相手は手も足も出ない。

 そんな雑技を大胆に次の相手の懐で放ち、斬り刻まれた1体を倒す。


 クールタイムに糸目をつけない最大威力のアーツの連打によって、モンスターらの耐久性もさるものだったが3体は撃破。


 だが、これらはモンスターの注意を本命から逸らすための前座に過ぎない。


「いい感じ! シメはもちろん、ウチらのハグたんで!」

「ひょえぇ、上手くいって下さい……」


 残り7体となったところで、ハグたんが敵の群れの意識の外側から参入。


 不安がっている様子だが、今回発動するのはお馴染みの自爆ではない。新しく習得したアーツだ。


「【心地よき心爆音(バーボンボンバー)】!」



 アーツ【心地よき心爆音(バーボンボンバー)

 効果∶広範囲にSTRの777%の無属性ダメージを与え、自身のHPは0になる。

 その後、与えたダメージの半分のHPを回復する(CT2222秒)



 攻略サイト曰く、爆弾のカムイで数少ない有用と称されるアーツ。


 自分を中心とした広範囲の敵を爆発に飲み込むという、一見すると通常の【自爆】のアーツと変わりない。

 違いとしては、ハグたん自身に黄緑色の光の粒のエフェクトが包みこんでいたところか。


 上手く範囲内に収めた7体を一網打尽にしたため、ハグたんは自爆したにもかかわらずHP満タンを維持するという初体験を成し遂げた。


「すごい……ほら私、動けてます」

「やるぅ! ハグたんのパワフルな戦い方がヒーリングな方面にも進化したんだねぇ」


 マサムネは腕を組んで頷きながら感心。かっこつけてるとはいえ、その内心は歓喜の勢いでハグたんを胴上げしたい気持ちで一杯一杯だ。


 こうして4人は被害や犠牲無しにモンスターの群れを壊滅。


「た、助かったのか、お前らがオレを助けてくれたのか……」

「もう大丈夫よ。ってこのあたしとしたことが、あいつのふざけた台詞と被っちゃったわ」


 どことなくマサムネと思考が似てきたと頭をかかえたマリー。


 一方でクロは、先程襲われていた女性の元へと振り向いた。


「ひとまず、そなただけでも大事はないようで何よりだ。我はクロノワール(略)。そなた、名は」


 まるで今後も長い付き合いにでもするかのように真意を伏せて自己紹介し、ついでに相手のプレイヤーネームを聞きながら右の手を握る。


 そう、あわよくばハグたんの友達候補として数えたいため。


 打算の真意があれど、今からきっかけ作りに励んでいるのだ。


「本っっっっとうに助かった! おめぇらとの奇跡の出会いに感謝と感激だ! 愛してるぜ!」

「む、むう。大袈裟だ」


 簡単には離さないほどの腕の力でいきなり握手し、そのまま千切れんばかりの勢いで上げ下げされれば誰だって面食らう。


 少し癖のある人物程度の印象をもったが、不審感までは抱かなかったクロ。ところが。


「ああそういえば名前だったっけな。オレはなぁ、まあ名乗るほどのもんでもねぇが……」


 どこか含みがあるように言い淀んだ後、口端を釣り上げる。


 まるで、一息ついて油断しているクロを嘲笑うかのように。


 クロの死角となる箇所から、そのプレイヤーは空いている左手に取り出した得物を携え。


「こういう者だッ!」

「なっ!? ぐぬうっ!」


 危機感を察知し反射的にクロはサイドステップ。

 しかし握手ということは即ち敵に手が握られており、つまり簡易的だが逃げられない程度の拘束をされていたために、手から肘ほどの長さのサバイバルナイフで手首を切断されてしまったのだ。


 これによりクロの右手は黒く変色し、部位使用不可状態へと陥る。

 そうなった手は、そこに何も無いかのように何かを触ろうとしてもすり抜けてしまう。レーティングの都合上欠損が描写されないだけで事実上のそれである。


「うわわわぁ! クロさぁん!?」

「レッドネームだ! こやつは我々を襲う敵と見做せ!」

「マジぃ!? 宣戦布告なしのガチのレドネ!? フォーメーションA!」


 陣頭指揮担当マサムネが慌てながらも指示。判断力の高さはここでも冴え渡る。


 マサムネを中心に左右にクロとマリーが並び、後方にハグたんを置く。

 正面の敵から秘蔵っ子ハグたんを守りやすい陣形を組んだ。


「へぇ、早いじゃねえか。1人くらいはキルできるって思ったんだが、こうも対応が早いとなぁ……まぁいいや。CTの重いアーツを使わせただけ御の字にしてやっか」


 彼女がモンスターに襲われたのも、今にも生存を諦めていたのも、消耗や消費を辞さないほど親切心を引き出させた獲物を狩るための演技であり策略だったのだ。


「謀ってくれたな。我……いや、『混濁の虹(フラグブラック)』のこの腕は代償として厳に戒めとしよう」


 二つ名がいたく気に入ったクロはそう御託を並べて杖を左手に持ち替える。


「アーツが一つ冷却中だとしても、こっちは4人がかりなんだし丁度いいハンデね。それどころかこのあたし『人形番い(パピートゥパペット)』だけでもワンサイドゲームは余裕まであるわ」


 マリーもクロに倣ってか、数の利を誇示しつつ勝ち気に二つ名の名乗りをあげる。


「ダッハッハのハ! ぬか喜びしやがれい地球全生物! 百億万点の超一点、『三日月宗正(リトライエッジ)』のこのウチがケチョケチョにする瞬間を――」

「えぇとっ、わ、私も二つ名紹介した方がいいんてしょうか……」

「いんやハグたん、ウチらノリで言ってるだけだからお好きにしていいよ」


 本来ハグたんは流されやすい性格だったが、二つ名を名乗る意味もないし恥じらいが勝ったので取りやめた。


 するとハグたん、前に冒険者ギルドでマサムネが突拍子もなく変なポーズをしたことについて、もしかしたら自分を恥ずかしさから庇ったのかと――おちおち思っていられる現状ではない。


「前言撤回だ、威勢だけの奴ほど一番自滅しやすいってな。まだオレ様のカムイすら見せてねぇのに、おめでたい奴らが釣れたってもんだぜ」

「なるほど、ナイフのカムイではないか。だが如何なるカムイが立ちはだかろうと、この4対1の数の差で挑んだのが貴様の運の尽きだ」


 クロは泰然と言い返す。

 どれだけ人数差があろうと、このパーティに手加減はない。

 相手からすれば、まさに無謀な戦いといえよう。


 だが相手は、逃げる素振りすら見せない。


 それはつまり、この数の差を覆すほど強力な手札があることを意味する。


「1人ずつ順番だ。てめぇらは影すら残さず全員キルされる! 来い、神威(カムイン・カムイ)!」


 機先を制し相手がカムイを召喚。

 何やら全身が漆黒の闇に包まれるというクロの契約した闇のカムイと似た演出だったが、その実態はまるで異なる。


「マリー、奴を目で追えたか!」


 瞬き一つとて視界を塞がなかったクロだったが、突如として相手の姿が視界から消えていたのだ。


「このあたしみたいに上……じゃないようね」

「マリーも見失ったか。奴はどこへ……」

「下っ! 下ですっ!」


 2人が相談する後ろで、一歩分離れたところから確認出来るハグたんは一部始終を何もかも見えていた。


「マサムネさんの下! そこに隠れているんです!」

「なんだと!?」


 まるで地面にでも潜っているかのような口ぶり。


 いやそれよりも、自分の下だというのに確かめようとも喋ろうともしないマサムネの様子が明らかにおかしいことに気づく。


「……こいつやべぇ。ウチ、体乗っ取られちった」

「ヒャハハァ! 一番強そうな奴の影踏んだっと!」


 まるでそこが水面であるかのように、マサムネの影から濡れた髪と頭だけを出す相手。


 まさしくハグたんのように勘の鈍い者でも一目で判る、そのレッドネームの契約した能力の全容を物語っていた。


「オレの二つ名は『影鏡被水(シャドウジェイド)』。そしてこれは影のカムイの基本形アーツ【繰り影絡道化(ダミーアーミー)】でこいつの影に潜入し、その体を内臓以外好き放題操ってやってんのさ」


 すると相手は、影を波立たせながら髪の毛一本残さず完全に潜水し。


「ざっとこんな風になっ!」

「にょわあああぁなんですとおおお!?」


 マサムネの袈裟に振るわせられる刀が頭上からクロを両断。


 未だ呆気に取られていたクロなので、躱し損なってしまったのだ。

 元々手首を攻撃されてHPが削られていたために、一撃で仮死状態に追いやられてしまった。


「見誤った。奴の手口、確実に殺し慣れている手合いだ……」

「うわあぁクーちゃんがぁ、ウチのせいでぇ……」

「おっと安心しな、キルペナは操り主のオレ1人だけに付与される。何のリスクも無しでダチをぶった斬れるなんざ、最高の気分だったんじゃあねえか?」


 どこも最高でもないこの恐るべき能力。追い打ちとばかりに仮死状態のクロの喉元に刀を突き立てられ、死亡状態となり消滅。


 マサムネの心証に胸糞悪さを残すには十分だろう。


「さてさてさぁて、4対1の大差が2対2に並んだところで、お次の獲物は……」


 影から頭だけを覗かせ、次に同士討ちさせようと決めた相手こそ、マリーにバックハグをしたまま「あばばば」と鳴いて臆してしまっているハグたん――を背に隠させたハグたんの友達。


「賢明ね。このあたしをデスさせない限りは、ハグたんに指一本触らせないわ」

「おっ? 次はマリっさん()るんすか?」


 何故かマサムネの声色が喜色に満ちた時そのものとなる。

 いや、何故かとは言うまでもないだろう。


「プギュープークス! こりゃいけませんぞ〜。またウチの大事な友達をウチの手で泣く泣く傷つけちゃうなんて、心が痛んじゃう〜、泣く泣くでシクシク〜」


 擬音を口に出しても隠しきれない白々しさ。目だけで泣き、顔で笑うという小器用な仕草をとりながら。


「は、はぁ!? このあたしの時だけ乗り気になるなんて、あんた頭の中まで操られてるわけ!?」

「うるせーバーカ! この極大馬鹿呪文バカムーチョが! 何のペナルティもなしにこのフィクション大魔王をぶったキルなんて、最高の気分なんだよーだ!」

「ほんとなんなのよあいつ信じらんない!」


 案の定、マリーへ襲いかからせる以前に、そこには既に仲間割れが勃発していた。


 操られているので仕方ないという免罪符を得たマサムネなので、先程の惨劇を上書きするほどに無敵化している。


「なんだか分かんねぇが、狙った獲物は1人残らずぶったキルだけだ」

「お願いしやすぜぃ! ウチとダンナの友情パワーで、ガミガミメスガキ分からせホリデーだぜぃ!」


 体が自由なら自分からマリーに中指立てていてもおかしくないほどの意気である。

 使命を頭から放り投げるほどに、とことんマリーを毛嫌いしているようだ。


「あんた分かってんの!? このあたしがやられたら誰がハグたんを守るのよ!」

「あ……そういやそっか。マリっさんなんとかなんない?」

「あんた分かってなかったの!?」


 そう悶着している内にもマサムネの体が動かされ、マリーめがけて疾走されている。


 マサムネが何を煽って何を困っていようと、肉体の操作権は影のカムイの使い手にある。だとしてもマリーはマサムネのIQの下がり具合に沸騰するほど熱が上がっていたが。


「ほんとあいつ常々だけど一等腹立つわね! ただでさえレッドネームの操り人形にされて……閃いたわ」


 次の瞬間、マリー4体の人形全員が糸が切れたかのように地面へと座り込んだ。


 文字通り人形を繋ぐ操り糸が取り外されていたのだ。

 だがカムイを解除したわけではない。


「な、なんだ? 石化状態食らったみてぇに、こいつの操縦が効かねぇ」


 10本の操り糸は、どれもマサムネの体の至るところに繋がっていたのだ。


 ただしマサムネのことは動きを止める以上の変化は起こらない。


「おげげげげ、あっしは人形じゃないっすよぉ」

「そうね、操れるのは人形だけ。けど人間相手でも動きをある程度制御するくらいは造作なくてよ」


 こうなれば相手とのSTR比べだ。

 とはいえこの綱引きでマサムネの動きこそ封じられたが、マリーの糸は全て使ってしまっているためこれ以上は手が打てない。


 ただ千日手に持ち込みたいわけではないので、すぐさま背中の友達へアイコンタクトを取る。


「さ、今のうちよハグたん」

「ばばばば……な、何がですか」

「自爆で勝負を決めるチャンスってことよ。このあたしが動きを止めてる内に、そっと近づいてさっとやる。いいわね」


 やはりマリー、口喧嘩において相手だけを負かそうとするマサムネとは違い、ハグたんを使う小賢しさがあった。


「それに相手の影の能力、きっとダメージフィードバッグくらいのデメリットも隠してるはずよ。まさに自爆がうってつけの出番のはずだわ」

「だっ、だとしても……マサムネさんを倒しちゃうなんてできませんって」

「このあたしが提案したんだから、ハグたんは何の責任もないわ。安心してあの鳥以下の頭をアフロにしてきなさい」


 マサムネもろともレッドネームを倒す秘密の作戦。マリー自ら責任を負う形にすることで、尤もマサムネ相手に責任も何もあったものではないとはいえ、これでハグたんの精神的な足取りを軽くする。


 励ましの口調も相まったおかげで、ハグたんは声に出さずに頷いて返事が出来た。


「いやよくねー! おいこの影の愚図! あんなスポイト以下のクソ糸のカムイに力負けすんな! マリっさんドヤ顔エンドになっていいんか!」

「あぁ? 喚くんなら1人で喚け。なんで操ってるオレがてめぇに指図されなきゃなんねぇんだ」

「聞けし! 早くしねぇと死ぬし! ウチの自爆オチはなんかマンネリしてきてんだろがい!」


 最早そっちもそっちで仲間割れである。元々マサムネも最後にキルする相手なのだが。


 だからこそ、ハグたんは自爆の範囲内には十分となるマサムネの眼前まで忍び寄る事ができた。


「すみませんマサムネさん……」

「ハグたんサマぁ、どうかお手柔らかにお願いしまっせ……」

「手加減できないアーツなんです。【自爆】」


 心の中でマサムネを哀れみながらアーツを発動。


 轟音と共に爆炎の花が咲き、マサムネも、PKプレイヤーも、人の影よりも濃い硝煙がそれらを覆い隠していった。

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